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シンガポールに来ると、よく私の友達の運転手さんつきの車に乗せてもらう。シンガポールというところはバスも地下鉄もよく整っているので、車のない私たち旅行者には大変便利なのだけれど、ワープロのプリンターのインキが切れてしまって、それを工業地区と呼ばれているかなり離れたところまで買いに行かねばならなくなった。そこで友人の車を貸してもらうことになったのである。 友人の家の運転手さんは、代々なかなかの知識人で、今の人は中国系の仏教徒だが、前の人はマレー系のイスラム教徒だった。 私が数カ月ぶりでシンガポールに行くと、彼らはまず必ず「その後のニュース」を聞かせてくれるのが習慣になっていた。 「インドネシアのニュースは日本でも入っていますか。こちらも一時大変でした。三月頃には、インドネシアから、不法労働を目的に移民がたくさん入ってきたんです。それを政府はすべて強制的に送り返しました。 中国系のインドネシア人がたくさん、今度の騒動では帰ってきました。中国系の人達にとっては一九六六年のスカルノ失脚の時と、二度目の大きな試練です」 彼の言葉で明らかなように、東南アジアでは、国籍への帰属より中国系という分け方の方が強い。 「彼らの中には既にここで家を用意していた人もいますが、あの騒ぎでたくさんの人が今度、シンガポールに家を買いました。いえ、不動産の値段は上がってないですよ。今は彼らはインドネシアにお金を取りに帰ってます」 「今、子供たちは夏休みですが、それでもうちの次男は学校へ二時間だけ行っています。八時から十時までですけれど。一定の点がとれなかった生徒には、学校が補習をやってくれるんです。教育は大切ですからね。教育がないとアフリカの国みたいに殺し合いをするようになるんです。 上の息子は十八歳ですから、来年から軍隊です。いいことですよ。うちにいればどうしても訓練ができません。ベッド一つきれいに整えられません。しかし軍隊に行けば、しつけもできるし、辛いことにも耐えられる大人になって帰ってきます」 兵役の義務のことをこの国では「シビル・サービス」に行くという。シビライゼーション(文明)を維持するための奉仕という意味だろう。軍国主義を教えるとか、戦争を学ぶなどという感覚は全くない。シンガポールの国家そのものが、狭い海峡一つで隣国と隣り合っている。自国を守る軍事力なしで国家を考えることはできない。 彼の言葉には庶民の素直な響きがある。働き口はまず自国民に与えられるべきだから、不法労働者は強硬に締め出す。学校の補習は少しも恥ではなくて、学校のいい配慮だと評価する。そして軍隊の訓練が人間を大人にすると喜ぶ。日本では皆が建前でものを言うから、こういう自然な心情を表す言葉はなかなか聞けないのである。
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