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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 通信傍受?国家の保護を期待するなら  
コラム名: 自分の顔相手の顔 243  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1999/06/07  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   組織犯罪の摘発を可能にするために通信傍受を可能にする法案が可決されたことを反対する人たちの意見を、ていねいに新聞で読んだ。「自分が悪いことをしなければ大丈夫、というものではない。やばいことをしている友達と電話で話しただけで、私生活を記録される。ぶっ殺してやりたいと言っただけで、犯罪に関係あるとされる」などといろいろなケースが挙げられていたが、どうも納得ができないことが多い。
 国家が勝手に個人の生活に侵入する恐れがあるというのだが、今すぐ国家が私の家に盗聴器をしかけていい、ということになるわけではない。「組織的に行われた殺人など」一定の犯罪についてのみ、「裁判所の令状に基づき」、傍受期間を最長三十日と限定して、電話、ファックス、インターネット通信などが、傍受できるようになる。ただし、その場合でも、第三者である事業管理者の常時立ち会いが必要で弁護士を立ち会わせる動きもある、という。
 このごろ、時々投書などで、「うちの子が小学校に上がることになると、急にダイレクト・メールで『お入学用品』の売り込みが来る。どうしてうちに学齢に達した子供がいるとわかるのか、個人のプライバシーを握られているようで薄気味悪い」というような文章を読むが、これは一種のファッショナブルな意見だと思う。
 私の夫の父親は無政府主義者でイタリア語学者だったので、夫が生まれても出生届さえ出さなかった。子供が学齢に達した時、やっと両親は、夫を小学校に入れるために止むなく出生届を出した。当時は戸籍のない子は就学できないだけだったが、今なら予防注射も税金の控除も受けられないわけだ。
 健康保険、義務教育、年金、すべて国家がプライバシーの一部を握っているから受けられる制度である。自分のことを全く知られずに、国家に保護を期待することはできない。税金で賄われている国家の出費は、相手と目的が明瞭でないものには出せないからである。
 もしプライバシーを絶対に侵されたくないと思ったら、まず夫の家のように、自分の家で出産し、出生届もしないほかはない。そこまで行かなくても、病院で健康保険を使おうとしてはいけない。国民健康保険には、個人の名前と病名を記録するのが不可欠の条件だから、それだけで個人がどういう病気をしたかは、記録されるのである。
 前にも書いたことがあると思うのだが、私は家で、ほんとうにはしたなく、くだらないことを喋(しゃべ)っている。あまり聞かれたくない内容ばかりだが、どの話題も、現世で考えられる程度のことだろう、と思う。傍受されて困ることというのは、やはり破壊的なこと、法に反することにつながっている。全く破壊的要素はなくても、商売の秘密とか、どうしても聞かれたくない内容なら、相手と道を歩きながら話す。スパイでなくても、それくらいの用心や知恵は働かして、世界中が暮らしているのである。
 



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