共通ヘッダを読みとばす

日本財団 図書館

日本財団

Topアーカイブざいだん模様著者別記事数 > ざいだん模様情報
著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 高度の精神性?パラリンピックで占う観光業  
コラム名: 自分の顔相手の顔 94  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/11/03  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   長野の冬季オリンピックの一カ月後に行われるパラリンピックのための設備が、あまりにもお粗末だという記事を十月八日付けの毎日新聞(東京発行14版26面)が書いてくれた。
 私はオリンピックには行かないが、パラリンピックには行くつもりで今から日程に入れてある。オリンピックはただ少し国力があればできるが、パラリンピックは、迎える側に深い人間としての気持ちがあるかないかが如実に出るチャンスだから、はるかに高度の精神性に支えられた催しだ。今までその意識がなかったのなら、長野は今からでも急いでその重大さを知るべきだろう。
 実はパラリンピックは本来は純粋に障害者のためのものなのだが、今後の高齢者社会に向けて、観光業が生き残れるかどうかを占うきっかけになる。私たちは老人になると、誰もがどこか体が不自由になるからだ。
 私は幸運なことに、昨年ひどい足の骨折をし、数カ月間、車椅子と松葉杖の生活を体験できた。まだ手術後五日目に、ギプスをはめたまま、仕事で旅行した。もちろん車椅子を押してくださる人はあったのだが、その夜は地方のホテルに泊まった。しかし最初の一流ホテルは、どうしても車椅子が浴室に入らず、私は諦める他はなかった。電話をかけて別のホテルに行き、あまりよくできているというわけではなかったが、とにかく才覚を働かせれば、なんとかその晩は一人でお風呂にも入れる部屋に泊まれた。つまり最初のホテルは、老人用・障害者用の部屋を持っていなかったから、確実にその晩、一人の客を失ったのである。
 今後、老齢化が進むと、多くの人が部分的に障害を持つようになる。そういう時代に、健康な人が使う部屋だけしかない旅館やホテルなど、欠陥宿泊施設ということになる。
 私は毎年、障害者の方たちとイスラエルへ旅行しているが、キブツの経営しているゲストハウスには、必ず障害者用の部屋が何室かある。そういう部屋へ車椅子の方を案内すると、一目中を見ただけで、
 「ああ、もうここなら大丈夫です。自分で全部できますから、おいて行ってください」
 と言われる。障害者も旅の途中で少しは一人になりたい。自分のテンポでシャワーも浴びたい。その代わりお風呂は浴槽に入らなければ入った気がしないなどという贅沢は言わない。調節のよく効くシャワーなら、充分温まりもするし、清潔にもなるのである。そして障害者が一人でいられると、付添いの人もその間、充分に休むことができる。
 障害者用の部屋は、同時に敬老ルームなのだ、ということを忘れてはいけない。そういう設備のある部屋を用意していることは、ホテルの品格を示す。観光業がもっと当てにしていいのは、時間が充分に使える老人世代である。だから障害者が楽に使える部屋を作ることは、同時に高齢者の観光に備えることになり、業界での競争力を強めることになる。
 



日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION
Copyright(C)The Nippon Foundation