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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: メインテナンス?家庭や国家繁栄の基本だ  
コラム名: 自分の顔相手の顔 283  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1999/11/01  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   私は幼稚園のときからカトリックの修道院の経営する学校に入れられたのだが、そこで徹底的に外国人修道女の先生たちに教えられたのは、清潔にすること、物を粗末にしないように、磨いたり修理したり、つまりメインテナンスをよくすることであった。
 制服は紺サージだったが、ある日私はコンクリートの運動場で転んで、スカートを破った。当然足もすりむいたと思うのだが、その方は記憶にない。母はその日のうちにスカートの破れ目につぎを当ててきれいに補修してくれた。私はつまりつぎの当った服を着ていたわけだが、それを友だちに嘲られたり、自分からひけ目に思ったという記憶もない。
 母の古い日本的道徳の中にも、西欧的キリスト教文化の合理主義の中にも、ついだり張ったり磨いたりして、よく手入れして使うということは、一種の誇りであったようである。私たちの学校のシスターたちは、必ず前日の残りものをうまく使ったお料理を寄宿生たちに食べさせていたし、母は銘仙の着物を薄布団に仕立てなおした。今どきの人が見たら、そんなものは美徳や豊かさとは関係なく、貧乏たらしいみじめなことに映るのかも知れない。
 しかし、そうしたメインテナンスにかける情熱、メインテナンスが可能である、という社会的状態がどれほど大切なことかは、アフリカの多くの地方に行けばしみじみわかるのである。
 アフリカでは、各地でこのメインテナンスがうまく行っていない。多くのものが壊れっぱなしである。お湯が出ない。出ても錆色の水が出る。お湯が出ると水が出ない。浴槽の栓がない。排水がうまく行かない。タオルが白くない。
 部屋の電球が切れている。椅子の足がすぐ抜ける。冷房機が動かない。動けば水が室内に洩れてくる。天井板や壁紙がはがれている。
 私はこうした不備を面白がる癖もついた。いくつ機能しないものがあるか、ホテルに入る度に楽しみなのである。栓がなくても私は自分で持っている。シャワーさえも出が悪ければ、洗面台に溜めた水を気持よくかける手桶も持っている。
 しかしメインテナンスをきちんとするということは、一家、あるいは一組織、さらには一国の経営の基本である。この資源も何もない日本が、たった一国アジアの中でG7に入っている、というのは、おそらく西欧とは別のルートから、この経営の基本に到達したのだろう。
 私は今、三十七、八年も経つ古家に住んでいる。夫が我々が死ぬと同時にこの家を壊すとまことに合理的だ、と言うから新築の予定はない。
 その代わり、私は常についだり張ったり磨いたりしている。食堂の椅子を物置台代わりに使ったり、冷蔵庫の上を貯蔵棚にしたりしない。そんなことをしたら、古家は家中が物置になるからだ。電球が切れたら、そのとき取り替える。それがひとつの日本魂(古い言葉だ)だと思っているのである。
 



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