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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 観光旅行?今こそ北海道に行く時です  
コラム名: 自分の顔相手の顔 329  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/04/25  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   四月十五日の産経新聞朝刊によると、有珠山の噴火で北海道の観光が、大きな被害を受けているという。
 有珠山から五十キロ離れた登別温泉でも四月に入ってから五千人の宿泊客がキャンセルしたし、二百キロ以上も離れた函館市の湯川温泉でさえ噴火から五日間で二千人が予約を取り消したという。
 今は大げさなくらい、危険地域の住民は立ち退かされている。だからその指定がないところは安全なのだ。
 有珠山だけでなく、理由を自分で考えて立ち止まったり、避けたり、拒否したりするのではなく、何となく評判が悪いもの、危険に近いもの、周囲が「やめとかない? おっかないもの」というものは、さっさと避けようという空気は、私たちの周囲にかなり濃厚だと思う。ようするに、無難が第一。人と違うことをするのはソンというだけのことなのである。
 昭和天皇のご不例の時にも、国民が自粛などしないように、という陛下のご意志があったと聞いているが、それでもあの時も行楽地はあちこちで自粛に泣いた。とにかく、人にいささかでもとやかくいわれそうなことはしないという姿勢なのである。
 こういう大人が多いのに、子供にだけ、苛められている子を庇いなさい、個性豊かな人格を育てなさいなどと言ってもできるわけがない。「下手に庇ったりすると、こっちもやられるからね。知らん顔をしていた方が無難なんだよ」という親がほとんどだろう。
 私は今までたくさんの途上国を旅行したので、その中には政変が起きて戒厳令や午前零時からの外出禁止令などが出ている国も多かった。こうなると、たいていの日本人観光客は、行くのをやめてしまう。しかし私はそれでほっとし、家族もむしろ安心して送り出してくれた。戒厳令が出れば、治安は厳しく取り締まられるから、スリもドロボーも減ってかえって安心なのである。夜遅くまで遊んでいたい人は外出禁止令は不便かもしれないが、私のように夕食後は大体自室でノートをまとめているような暮らしをしている者にとっては、何の妨げにもならない。
 北海道に客足が少なくなりそうな時こそ、北海道に行くべきなのだ。そういう時にはたいていの宿屋でサービスがよくなる。客が少なければ、大風呂もゆっくり入れてこの上なく気分がいい。お土産物屋さんもサービスしてくれるだろう。電車も道も空いていて、いいことずくめである。
 人と同じことをしていたら、人と同じにしかならない。ほんとうは人と同じであることは偉大な幸福なのだが、それを自覚する人はまた少なくて、多くの人が何とかして人よりいい生活をしたがっている。人より金持ちになり、人より出世したい、のである。
 しかし勉強でも技術でも人と同じことをしていて人より抜きん出ることなどできるわけがない。今年は北海道旅行に最適の年なのである。
 



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