共通ヘッダを読みとばす

日本財団 図書館

日本財団

Topアーカイブざいだん模様著者別記事数 > ざいだん模様情報
著者: 笹川 陽平  
記事タイトル: ハベル・チェコ大統領 2)  
コラム名: 地球巷談 44  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 1997/11/02  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   チェコの首都プラハに民主化運動が禁じられていた時代の地下出版物を収めた「秘密出版物図書館」があります。共産党政権下にあっては、マルクス・レーニン主義は無謬絶対のものであり、共産主義礼賛以外の書籍はすべて発禁。知識人たちは発禁本を地下出版することで抵抗しました。
 当時はチェコが生んだ世界的作家たちの作品はすべて発禁でした。カフカの「城」や「変身」、ハシェクの「兵士シュブェイクの冒険」、みな発禁でした。チェコの知識人たちはタイプライターにカーボン紙を使って一回三冊程度の書籍を手作りし、回し読みしたのです。マッチ箱大の書籍もあります。
 この「秘密出版物図書館」にはハベル大統領が三十歳代に翻訳、タイプ出版したスペインの画家サルバドール・ダリの「芸術論」が収められています。当時は読むことは無論のこと、一番の罪は出版することでした。通常、地下出版では出版元を明記しません。ところが、ハベルさんが翻訳出版した本には直筆署名がなされています。ハベルさんは、執筆を禁じられ、ビール工場の作業員を命じられ、さらには入獄出獄を繰り返しながら、頑として反共産主義を貫いたのです。
 私はその勇気と信念に驚くとともに改めて政治家ハベルさんの真骨頂を見た思いがしました。ハベルさんと弟イワンさんは二歳違い。獄中にあった兄を常に励まし、その後の政治家ハベルを育てたのがイワンさんです。チェコでは二人の兄弟愛はつとに有名です。一夕、私はイワンさんと食事をともにしながら大統領の子供時代を聞きました。
 「よく取っ組み合いのけんかをしては母にしかられたものです。文学少年でもありました。カフカやチャペックの影響も受けていますが、彼が劇作家として最も尊敬しているのはノーベル文学賞受賞者のサミュエル・ベケットですよ。兄の作品の諧謔(かいぎゃく)はベケットから学んだものです。出世作『園遊会』などはその典型です」
 兄を語るとき、カレル大学で教べんをとる人工知能学者イワンさんは誇らしげでした。
 獄中にあったハベル大統領をイワンさんとともに励まし続けたのが奥さんのオルガさんでした。捕らわれの身のハベルさんに代わって地下出版を続けたことでも知られています。獄中のハベルさんとオルガ夫人との書簡集はいまなお、チェコではベストセラーです。
 しかし、オルガ夫人は昨年病死、その後ハベル大統領はチェコの有名な美人女優ハブロバさんと再婚しました。さすが美人女優だけあって蠱(こ)惑的という言葉がピッタリ。ついついハベルさんの健康に思いがいってしまいました。
 



日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION
Copyright(C)The Nippon Foundation