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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 財布の紐?お金を使うのが「国のため」  
コラム名: 自分の顔相手の顔 171  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/08/25  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   世間の不景気はすべての職種に及んでいるといい、特に不急不要のものから、人たちはお財布の紐を締めている。しかし私はささやかなお金は使うことが今、「お国のため」だと思うことにしている。昔私の母たちは大東亜戦争の時「お国のため」に、指輪を供出した記憶もあるので、古めかしい発想である。しかし指輪を出すより、買い物をする方がずっとけちな人間にとっては楽だろう。
 何を買うか、と言ったら、「要るもの」を買えばいいのだ。必要なのに我慢することはない。オイル・ショックの時、「いったい、電気は使った方がいいのですか? 使わない方がよろしいんですか?」と素朴な質問をしたら、「必要なだけは十分にお使いになって、無駄はなさらないように」というのが電力会社の友人の名返答であった。それと同じことだろう。
 観光地も閑なのだという。そういう時こそ、知人の温泉宿になど行かせてもらいたいのだが、一つだけ困ることがある。私はもう畳に座ることが苦行なのである。畳に座ったり立ったりが脚を鍛えるのにいい、ということはわかっているが、私は数年前に脚を怪我してからまだ正座ができない。畳に座ってご飯を食べるだけで苦痛で味がわからなくなる。温泉でだらけた気分にして頂こうという時にまで、苦行をする気にはならないのである。
 これからは、高齢者が増えて、私のような部分的障害を持つ人はどんどん増えるだろう。畳に座らないと落ちつかない、という人もいることはわかっているけれど、一方で日本旅館が畳だから行きたくない、という人も増えているはずだ。やや低めの椅子とテーブルに日本料理を出してくれたら、もともと温泉好きなのだからすぐにでも出掛けてしまいそうな気がする。
 飛行機に乗る度に思うこともある。通関と飛行機との間で手荷物を運んでくれる空港版の「赤帽さん」がいてもいいということだ。それから飛行機の中では、上空に上がってから、めいめいの座席から電源を取ってコンピューターなどを使える装置があったら、その飛行機会社を選んで乗るだろう、と思う。
 土日と夜間専門の修理屋さんとか、何の資格もなくても、月に二回くらい来て家の軒下の雑草取りとか、植木鉢の植え替えとか、電球の切れたのをかえてくれるような人を派遣する会社とか、外国で日本人が万単位で住んでいるような町で家屋や電気関係の修理や引っ越しなどをすべて引き受けてくれる会社とか、商売になるだろうと思われる仕事はいくらでもある。ことに元気な人なら高年でも十分に勤まる職種は多い。
 もう既に、これに近い会社がないわけではないことも知っている。私がこういうことを言うと、秀才ほどすぐできない理由を滔々と述べる。しかしこれからは、できない理由を言っている人ではなく、今までむずかしかった難関をかいくぐって、何とかできるようにする人が経済的に生き残るだろう。
 



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