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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 原潜の衝突?謝らない米国のデモクラシー  
コラム名: 自分の顔相手の顔 413  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/02/28  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   二月二十二日の毎日新聞で最も印象的だったのは、「えひめ丸」を沈没させた事件のアメリカ側の事後処理の態度についてである。交渉のためにホノルルに滞在中の加戸守行愛媛県知事は、ブレア米太平洋軍司令官とファーゴ太平洋艦隊司令官に会った。その時、ブレア軍司令官はこう説明したのだという。
 「えひめ丸」を沈没させた原子力潜水艦「グリーンビル」のワドル前艦長は「個人的には謝罪したいのかもしれないが、アメリカには、法的に守られる権利があり、第三者が謝罪を強要できない」
 ほんとうにすばらしく正直な言葉だ。アメリカでは「人権」が「謝罪」をしなくていいようになっているのだ。大東亜戦争中の、我が国の残虐の罪を謝れ、という進歩的日本人は多いが、戦争は、お互いに殺し合いをする異常な事態と心理の期間である。そのような時に起きたことにさえ謝れ、謝るのが当然だ、と彼らは言ったのだ。
 しかし今度の「えひめ丸」事件は、戦時でもない時に、水産の技術を学ぼうとする若者たちの船を原潜がぶつかって沈めた、というケースだ。悪いのは一方的に軍艦の方である。それでもアメリカの人権は謝ることを強いないのだ、という。
 いつも書くことだが、謝るということは、同時に金を出すということなのだ。口で謝るだけで済む国際関係など、ほとんどないとみていいだろう。だから謝ったら補償の金が高くなるし、謝りたくても、金がないか、出ない場合が多いから、人はめったに謝らないし、謝れないのである。
 そういう世界的に普遍的な真理(同時に心理)というものを、日本人はよく理解しない。日本人は悪いことについては幼児のごとく最初から理解しようとしない性癖を持っているのだ。
 しかし人間は、まともな大人なら、いいことも悪いことも理解しなければならない。理解することと、価値を判断することとはまた別のものである。人間は、悪も善も正視して、そのことに軽々に動かされないような、強い性格と冷静な判断を持たなければならない。
 もう一人、ファーゴ司令官は、「自分に不利になることは言わなくていい。それがアメリカのデモクラシーだ」と解説してくれた。
 実にすばらしいテキストである。今まで日本人はデモクラシーを誤解していたのだ。デモクラシーは、自分の不利なことでも証言したり、謝ったりするものだ、と日本の「人権派」や「正義派」は考えたのだ。
 しかしそれはまちがいであった。デモクラシーは特に倫理的ではなかった。デモクラシーは、良くも悪くもない、その辺のおっさんとおばさんの、生きるすべを教えているに過ぎなかった。
 生徒の一人が、アメリカ側の原潜に客がいて、船内の機器に触っていたことについて、「僕たちですら、舵にも触らせてもらえないのに」と唇を噛んだのが印象的であった。
 



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