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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 殺しの原則?原則は「殺せば殺される」  
コラム名: 自分の顔相手の顔 67  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/07/22  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   中曽根元総理とバール元フランス首相が提案された日仏フォーラムに出たおかげで、生まれて初めて七月十四日のフランス独立記念日のパレードを見た。私たちの席は前列から二番目で、最前列は多分外交団、右は百人を超す世界各国の武官の席である。勲章も派手で、これだけ世界の軍服を一堂に集めて見られる場所はそうそうないかもしれない。
 私の隣には、頭にキッパと呼ばれる小さなお皿のような帽子をつけた、巨人のようなユダヤ教徒が坐った。イスラエル大使館の関係者なのかもしれない。それで私は「ボケルトーフ(おはようございます)」と挨拶した。私はヘブライ語など十くらいしか知らないのに臆面もないことである。
 すると彼はびっくりしたような顔をし、初めはおっかない人に見えたが、パレードが始まると、行進して来る軍の見方を教えてくれるようになった。
 私が「私はいつか軍事スパイになりたいと思っているので、よく教えてください」などと言うと、彼は大きな目玉をむき出して笑い、ますます親切にポイントを掴んで短い説明をしてくれるようになった。
 マスコミにも最も人気があったのは、外人部隊である。正規軍の最後、特車部隊の前に、きちんと彼らの出番が用意してある。ただし外人部隊の場合だけ、正規の軍楽隊は演奏を止め、外人部隊は彼らだけの鼓笛隊で、工兵部隊は斧を担いで行進する。
 フランスは、徴兵制度だから、正式に宣戦布告した国にでなければ、正規軍は出せない。それ以前の状態で危険を伴う地域の戦闘には、契約で合意した傭兵である外人部隊を投入する。彼らは国籍の如何も、過去の犯罪歴も問われない。そして彼らは、他の部隊が素人集団の要素を持つのに対して、自分たちは本当に志願してその道を選び、厳しい訓練に耐え抜き、死を恐れぬ戦争のプロであり、卑怯者ではないという誇りを持っていると言う。
 神戸の「殺人を趣味とする十四歳」を、日本人はどうして再生させたらいいのだろう。
 彼が二年後に出所して来た後の責任を取れるという人は、日本にはほとんどいないような気さえする。
 もしかするとこういう外人部隊に預けることがいいのかもしれない。そこで彼は、初めて死と殺しとはいかなることかを知るだろう。そして殺す以上、自分の死がかかっていることも知らされるだろう。自分が危険なく殺すだけのゲームなど人生では許されないのであって、どうしても殺したければ、殺される危険をも承認するほかはないという原則も知るだろう。
 カンボジアのタケオ駐在国連PKOのフランス軍は外人部隊だった。日本の青年もいて、私は彼とほんの一言二言口をきいた。司令官は紳士的で、訪ねてきた私に恭しくチョコレートを出してもてなしてくれた。
 人は一人一人思い思いの生を生きる。ドラマを見るような思いである。
 



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