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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 教室?「強さ」ではなく「弱さ」  
コラム名: 自分の顔相手の顔 36  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/03/25  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   私がテレビの話を書こうとすると、ほとんどの場合、番組をタイトルからではなく中途から見ているので、様々なことが正確に書けなくて恥ずかしい。番組に出ている土地の名前がわからなかったり、有名なキャスターだとお顔は知っているのだがお名前がわからなかったりする。
 これも途中から見たので、それがどこの土地の話なのか今でもわからないままなのだが、小学校の裏山が突然崩れて来て、教室の壁をぶち抜き、机の半分を埋めた。数教室がそうした被害に遇ったが、明け方のことだったので、子供たちの被害は一人もなかった。ほんとうによかったのである。
 その後、何年生と何年生とかがよその建物を借りて授業をした。しかし残りは半分土砂に埋まったままの校舎で、その後、何日だか何週間だか授業を続けたということらしい。
 テレビ局と父兄の一部は、そういう危険の迫った校舎で子供たちの授業をしたのはけしからん、と、市だか町だかを非難している感じであり、それに対して自治体側はできるだけの対策は水面下でしており、何もしないで手を拱いていたのではないと反撥している。
 現場を見たり、専門家の意見を聞かなければわからないことだが、私が少し驚いたのは、父兄の中で、自分の子供が事故後、そのような教室で授業を受けていたことを全く知らない人がいたことだった。
 裏山の崩落は、子供にとっても親にとっても一生覚えているようなできごとだから、私が親だったら、翌日から学校帰りの子供を捕まえては根掘り葉掘り様子を聞くので、さぞかし嫌がられるだろう、と思う。足りない机はどうしているのか、トイレは使えるのか、お掃除はみんなで手伝ったのか、とか、それこそ数日間、話題はそのことばかりだろう。
 しかし親の中には、子供が別の場所で授業を受けていたと思っていた人もいた。親子の断絶もかなりのものである。
 それとは別に私の見ていた限り、そこで全く話題に出なかったことがある。校舎が危険なら、校庭の安全な所で授業をする、という発想である。まだ寒い日もあるかもしれないが、テントでも張って防寒具を着れば、北海道や北陸ではなさそうだったその土地なら、何とかやっていけるはずだ。
 世界中でそんな学校はいくらでもあるのだ。一本の菩提樹の下の大地に黒板一つを立てただけの完全な野外小学校もある。椰子の葉葺きで、壁には苫(とま)を張りめぐらしただけの学校はアフリカでは極く普通である。トイレも電気もない暗い馬屋のような一部屋だけの学校で、子供たちは泥を固めた教室の床に坐り、膝の上に本を拡げて勉強しているところも珍しくはない。
 校庭での授業を、臨時の教室として誰一人思いつかないという状況が、日本人の豊さと強さをではなく、精神のひ弱さと想像力の貧しさを端的に表している。
 



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