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著者: 笹川 陽平  
記事タイトル: 日本人妻里帰り問題 2)  
コラム名: 地球巷談 31  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 1997/08/03  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  反感解消に「500人」主張
 前回は日本人妻の里帰り問題について金正日書記の側近中の側近の北朝鮮労働党幹部と会談したこと、そしてトップ、またはそれに準ずる人物と話さなければ問題解決の糸口が見いだせない理由を話しました。
 私が話し合った労働党幹部の名前は、先方との約束もあり、現段階では明かせません。朝鮮半島には武士道に似た花郎道(ふあーらんどー)という言葉があります。信義を違(たが)えないことが大切です。仮にA氏としておきましょう。
 六月二十三日、大同江畔の牡丹峰(モランボン)迎賓館での会談は午前十時からのべ十数時間に及びました。議題は日朝関係、米朝関係を含む国際情勢全般に及びました。率直な意見交換ができた裏には、九二年に私が故金日成主席と腹蔵ない会談をもっていたことを、北朝鮮側が評価していたのかもしれません。しかし、会談が和気藹々(あいあい)で進んだわけではなく、時には先方から怒気含んだ言葉も飛び出しました。
 私は現在の両国関係を少しでもノーマルな状況にするためには、日本国民の北朝鮮に対する反感をまず解消する必要があり、そのため無条件で五百人の日本人妻の同時里帰りを認めるべきと主張しました。五百人という数字は、大型ジャンボ機一機に乗り込める人数を頭に描いてのものでした。A氏は、五百人は無理であり、また、それによって日本政府のかたくなな反北朝鮮政策が変わるはずがないと主張します。A氏の頭には日本すなわち“政府”であり、“世論”という概念がイメージできないようでした。
 私は今、日本の“世論”は対北朝鮮不信という皮に覆われたソーセージのようなものであり、日本人妻の同時里帰りの実現が、プツンとソーセージの皮に穴をあけることになると説得しました。
 押し問答の末、A氏から申し訳なさそうに「約千八百人の日本人妻の半数近くはすでに物故者でしょう。生存者の意思確認、健康状態などのチェックを考えると一気に五百人の里帰りはとても無理、数十人ではいかがでしょう。とりあえず、二、三人の日本人妻をお連れになってはいかがですか」との提案がありました。しかし、二、三人の里帰りについては政府間非公式交渉で北朝鮮が打診済みの話でもあり、私は丁重にお断りしました。A氏は人道上の問題である日本人妻の里帰りを食料援助ほしさから応じたととられることへの危惧(きぐ)を繰り返し主張しました。儒教的色彩の濃い誇り高い朝鮮民主主義人民共和国としては、かつての侵略国日本に食料と里帰りをバーターしたと喧伝(けんでん)されることだけは避けたいとの強い姿勢を感じました。
 



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