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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 普通の生活?毒カレーと国民総背番号制と  
コラム名: 自分の顔相手の顔 183  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/10/19  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   和歌山県のヒ素入りカレー殺人事件と関係あるかもしれないとして、生命保険会社で働いていたことのある妻と、元白蟻駆除会社の社員だった夫が逮捕された。皆が驚いたのは、こういう生保の通の手にかかると、当人が知らないうちに生命保険がかけられるという制度だった。これは非常に不気味なことだ。
 主義主張というほどのことではないけれど、私は趣味として入らない団体がある。そういう団体に「会費はこちらで払うんだから、黙ってソノアヤコを入れたって悪くはないじゃないの」などと言われるとやはり困る。
 障害者手帳など、もっとちゃんとした審査があるべきだろう。あれほどいい加減に認定がもらえるとは思わなかったという人は私の廻りにもたくさんいる。
 こういう犯罪をなくすには、やはり国民総背番号制度を導入するほかはない。それで脱税も、権利の乱用も、すべてが追跡できる。
 背番号制度をプライバシーの侵害のように言う人がいるが、私はいつも不思議に思う。私たちは既に国家にある程度のプライバシーは知られているのだ。子供に義務教育を授けようと思えば、出生届けを出さなければならないし、家を建てても、外国へ出ても、記録は残る。
 国民健康保険がその最たるものだ。病気は他人に知られないようにされるべきだが、健康保険を使えば、この人はいつ何の病気にかかったか、すべて記録される。つまり私たちは国家に守られながら国家に秘密を持つわけにはいかないのだ。
 指紋押捺を非人権的な扱いだと言う人がいるが、私は昔運転免許証を取った時、十本の指全部を登録した。おかげで私は変死体になっても指一本でも残っている限り、私であることを見つけてもらえる。外国人の指紋押捺をやめるより、むしろ日本に住む人全員が指紋ないしは眼紋(というのかどうか私にはわからないのだが)の登録をするべきだろう。そうでないと、事故の時個人の識別ができなくなり、引いては個人の生涯を大切に扱えなくなる。
 電話の盗聴もいけないし、マスコミお得意の盗み撮りも品性の下賤さを思わせるが、たいていの人は自動車電話や携帯電話を盗聴されてもおもしろくない話しかしていない。私の場合なら、夕方のおかずの用意を頼んだり、「雑誌社へ電話して、原稿が遅れておりますが、カゼをひきましたので、ってことにしておいて」などと言っている。この程度の嘘は、ばれてもどうというほどのことはない。私が銀行強盗や麻薬の密売をしようと思えば、携帯電話や自動車電話で喋ったりしない。
 背番号制度は、ちまちまと小心に普通の生活をしようと思う人にはメリットの方がはるかに多いはずだ。記録されることと、それが不必要に洩れることに対して厳重な予防方法を作り、万一不法に洩れた時は厳しい罰則を加えられるような制度を作ることとは、決して対立しないはずである。
 



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