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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 人類の崩壊?ロボット犬飼育って気味悪い  
コラム名: 自分の顔相手の顔 246  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1999/06/15  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   「たまごっち」騒動が収まったと思うと、今度はコンピューターで動く犬が発売された。まだ外見は飽くまで犬風ロボットだが、飼い主の扱いによって性格も出るのだという。怖がって後ずさりしたり甘えたりするのだそうだから、ロボットというものに興味を持つ人には魅力的だろう。二十五万円もするのにインターネットで売り出されたら、あっという間に売り切れたという。二十五万円あったら、一家が七、八年暮らせる国はいくらでもあるのだ。
 考えてみると、こうしたロボットの飼育というものは少々気味が悪い。ロボットを愛するというのは、実に自己中心的な思想が基本になっているからだ。
 赤ちゃんを育てるのが大変なのは、赤ちゃんが大人を支配するからである。赤ちゃんはこちらが眠い夜中でも泣いておっぱいを欲しがる。とうぜんウンコをする。病気になればとにかく赤ちゃんをお医者に連れて行くのが優先だ。職場が中退や欠勤に煩(うるさ)いところだと、お母さんは泣きたい思いになる。
 赤ちゃんは親にとっては大切な存在だが、幼い兄弟の間ではしばしば嫉妬と面倒な者として扱われた。昔は学校へ行く時も妹をおぶうように命じられ、学校が引けて畦道で遊ぶ時でも、そのまま背中に妹をおぶっている子はいた。
 命というものは、待ったもなく、お休みもなく、こちらの都合も考えないものだ。しかも「命は美しい」といいながら、命は絶えずあたりを汚している。排泄をし、呼吸して炭酸ガスを出し、衣服を垢で汚し、動作によって周囲の物質を破壊する。その自然の営みを、全面的に受け入れてこそ、ほんとうの命のいとおしみ方を知る。
 しかし電気犬の恐ろしさは排泄もせず餌代もいらないことだ。生殖もしない。都合の悪い時には吠えず、しかもこれほど柔順なものはない。電気を絶てば永遠に静かにしている。
 これらの利点はすべて生きものにはない。
 人は最早、自分にとっていささかでも不都合な要素を持つ存在に係わりたくなくなったのだ。ペットはあくまで自分の命令を聞き、育てるための一切の義務はなく、都合の悪い時は死んだようにしておけるものがいいのだ。
 人類の崩壊の予兆はこんなふうにして始まっているのかもしれない。今に生身の夫や妻より、電気夫、電気妻の方がいいということになるだろう。金も使わず、口答えもせず、病気にもならず、食事も与えなくて済み、ただ性のお相手だけし、終始持ち主の考えを支持する。生身の異性なんてよくあんな厄介者と付き合っていた、ということになるだろう。
 そういう恐ろしさを、人間の知性がどこまで自制できるかが、人間社会の存続の可否にかかっている。
 我が家の二十歳の老猫に向かって、夫は、「お前を二十年飼い続けるより、計算したら電気犬の方が安いことがわかったゾ」と愚痴を言っている。アフリカの飢えた人たちに対して、猫を飼うことはずっと後めたかったのである。
 



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