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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 勲章?外国勤務者には特別制度を  
コラム名: 自分の顔相手の顔 72  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/08/11  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   七月初め、日仏フォーラムという会議があってリヨンに行った時、日本・フランス両国の各界の代表者に会った。夕食会の時、その方たちの背広の上着の襟には、いっせいに小さなリボンのようなものが着けられる。勲章の略綬である。
 もちろん私には、その色や形から、どんな勲章をお受けになったのか推測もできない。しかしまあそれは一種の保証書のようなもので、少なくとも、この方は何かの分野で、長い年月大きな仕事をして来られたということを物語っている。
 最近、日本で勲章という言葉を二度聞いた。或る人が、役所のためにしきりに動いているという話の後で「あの方は今勲章が鼻の先にぶら下がっているから」と誰かが言った。つまりその人の仕事と関係のある官庁に、いい印象を持たれ、できれば恩も売って勲章をもらいたいのだということである。
 もう一度は、私の書くエッセイについてである。私は時々、中央官庁が、ご機嫌悪くなるようなことも書くので「そういうことをしていると、クンショウをもらえなくなるでしょう」と言った人がいたのである。私は一瞬、勲章を薫蒸と聞き違え、どうしてこの人は私が畑仕事が好きなことを知っているんだろう、と煩悶したのである。
 私が働いている日本財団の主務官庁は運輸省なのだが、先日財団は、評議員の人選問題で、運輸省相手に訴訟を起こしている。しかしその後、この問題は運輸省が賢い判断を示して、きれいに和解した。おかげで「裁判費用を使わなくてよかった」と私は喜んでいるし、その後少しもしこりを残していない。
 他の官庁についてだって、感謝もすれば、イヤミも書き、ワルクチも言い、褒めることもある。
 勲章を意識して、言動が変わるようでは、あの人はそういう程度の人だったのか、と言われる。しかしリヨンにいた時にも思ったことだが、日本大使の胸に勲章がないのはいけない。軍人とか外務省とか閣僚とか、対外的に出て行くチャンスの多い人には、どんなに若くても、せめてその任務にある間だけ勲章をつけさせるような、一種の在任勲章のような制度を作るべきだ、と改めて思った。
 勲章など、役に立つなら、大いに使うべきだ。略綬はきれいな色のゴミを丸めたような小さなものである。作家などはそんなものがなくても仕事にはいっこうに差し支えがないが、役人だって、軍人だって、偉そうに見えた方が仕事がし易い人には、どんどん与えたらいい。それが外国人なら、日本から勲章をもらえば確実に日本びいきになるのだから、やはりどんどん出したらいいのである。こんなお金のかからない平和外交はない。
 今までの私の観察では、自分が勲章が欲しくて仕方のない人ほど、勲章制度に反対を唱える。権力主義者の一つの裏返しの表現である。
 



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