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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 歴史と伝統?スペイン医師のすばらしさ  
コラム名: 自分の顔相手の顔 432  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/05/15  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   毎年春に、視力や身体に障害のある人たちと、イスラエルとイタリアに旅行していたが、今年はパレスチナ情勢が不穏なので、聖ヤコブ信仰を持つ人たちが辿るスペインのサンチァゴ・デ・コンポステラヘの巡礼路を行くことにした。スペイン領内だけでも九百キロのバスの旅である。

 今でも大きなナップザックを担いで、パリからだったら二千キロを越すという巡礼路を徒歩で巡礼している人たちがいる。一日二十キロを歩くとして百日の行程である。そういう人々から比べれば私たちの旅はふざけたもので、寒い風が吹き冷たい雨が降っても、バスの中で「エアコンをもう少し暖かくしてくれませんか」などと注文して居眠りをしていれば、どんどん目的地に近付くのである。

 私はEメールなどもっていないので、旅の途中でも手書きの原稿をファックスで送る。

 スペインは観光立国を目指しているというのに、ファックスは原稿用紙一枚送るのに、日本円で千九百円だという。十枚送ったら二万円に近い送信料になるから、その「暴利」に腹が立った。それを聞いた仲間も「ソノさん、原稿送ったら足が出るんじゃないの」と同情してくれたので、私は「じゃ『原稿高くて送れません』と出版社にファックス打ちます」と言ったが、そのファックスで二千円近く損をするわけである。

 目的地に無事着いて、喜びを分け合うお別れの会の最中、Yさんの車椅子が後に転倒し、Yさんは数秒間意識を失った。何でもないというが、後から異変が起きてはいけない。現地通訳と、日本財団の職員と私とで、夜半近く土地の公立病院の救急センターに行った。頭のCTスキャンを撮り、ていねいな問診をし、指の握力や、顔の筋肉の動きや、眼の機能の検査もしてくれた。異変はどこにもなく、担当医師は紙にぎっしりと診断を書き、CTスキャンの写真二枚も渡した。それでいて、診察料は無料であった。

 古くは、サンチァゴ・デ・コンポステラ詣での夥しい巡礼者たちに、沿道の人々はパンを渡し、宿泊所でもあった修道院や施療院は、食物と寝床だけではなく、簡単な治療さえもした。その歴史と伝統の名残りを見る思いだった。何よりも、私はスペイン国に旅人を優しく処遇してくれたことに対してお礼を言いたい。医師はすばらしく誠実であった。Yさんも私もどこかで、このことにお礼をするだろう。ファックスのばか高いのに腹を立てたことも、帳消しにしなきゃ、と思っている。
 



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