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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 大臣の言葉?どうしてそんなに美しいの  
コラム名: 自分の顔相手の顔 376  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/10/04  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   先日ペルーで、アマゾン川の源流に近い村に入った時のことである。
 そこはまともに行けば、地方の都市まで週に数便しかないローカル線で行き、それからアマゾンの支流を船で数時間、さらにそこから田舎のバス(一日に何本あるかわからない)にかなり乗らねば着かない所だという。私の働いている財団が、希望する夫婦だけがしてもらえる家族計画の手術費用を拠出したので、その確認にペルー政府が軍用ヘリを出してくれたから日帰りで行けたのである。
 同行してくださったのは厚生大臣で、昨夜遅く大統領とアメリカから帰って、家に着いた途端、明日私たちと同行しろ、と電話で言われたというのだから、お疲れのはずだが、ポロシャツ姿でさっそうとした中年であった。もともとドクターなのだという。
 ヘリはアマゾンの支流を眼下に見ながら遡って、原っぱに下りるのだが、ほんとうの田舎で、中にはほとんど部族の言葉だけで「スペイン語さえ解さない人たちが住んでいる村もある。女性たちもインディオ独特の服を着ている。厚生大臣が来ちれる、というので、すこしお洒落をしているように感じられた。
 大臣は、自然に愛想よく彼女たちに何かを言い、私たちの通訳さんは、
 「大臣は『どうしてあなたがたは、そんなにいつも美しくしていられるの?』って聞いておられますよ」と内通してくれた。
 「返事は何ということでした?」と私が聞くと、
 「それは魚とバナナとキャッサバを食べているからです、って」
 確かにそれだけで完全栄養だろうという気もする。
 しかし私は他のことも考えていた。
 それは日本の政治家の中には、これだけの愛想のいいことを、あまり厭味や見え透いたお世辞と取られずに言える人がどれだけいるのだろうか、ということである。
 何しろ何にもない村だ。雑貨屋はあるのだろうが、喫茶店も、レストランも、美容院もブティックも見当たらない。やっと財団のお金で整備したクリニックだけがきちんとした建物として村の中心にあるだけだ。
 突然現れた厚生大臣に、あなたたちがきれいなのはなぜだ、などと言われれば、村の婦人たちは、その日一日、いや、当分の間は幸福な気持ちでいられるだろう。
 ものは、遠くて運べない。運んでも恐ろしく高くなる。高いものだけでなく、安いものでも、現金収入がないから売れない。
 そんな村で幸福になるには……つましい食事、月光と風、セックス、深い健康な眠り、木陰のお喋り、それと誰彼からとなくかけてもらう優しい言葉、ということになるだろう。女性を褒めればセクハラと思われるか、選挙目当ての巧言令色と受け取られる日本人の暮しには、気の毒な面もあるのだ。
 



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