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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 外国旅行?高齢者・障害者のスターたち  
コラム名: 自分の顔相手の顔 43  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/04/21  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   今、私はこの原稿を、イスラエルの死海の朝陽の中で書いている。健康な人たちが、病気があったり高齢だったりする人たちを支えて旅をしているのである。
 この旅行は十四年前に始められた。年に一回ずつだから、今年で十四回目になるのだが、毎年自然にグループの研究テーマが与えられるのもおもしろい。重度の脳性小児麻痺の男性が一人で参加されたこともある。去年は盲導犬が同行した。
 今年のハイライトは、九十六歳と八十歳の車椅子の方が同行されたことである。総勢六十二人のうち、車椅子は四台、歩行はできるが全盲が二人、弱視が二人。
 九十六歳で外国旅行が楽しめるかどうか、これは一つのギネスブック的実験だが、旅の半ばまで来たが支障は全く起きていない。この方は、何にでも興味があり、好みがはっきりしており、決して遠慮せず、よく食べ、よく御礼を言われる。
 今にして思えば、この障害者の旅行が成功したのは、お世話をする方もされる側も、費用を全く同額に設定したことだった。お風呂一回入れてもらうといくら、という形で契約をして、介助をしてくれる人に障害者が払う仕組みを取っているところもあるそうだが、そういう制度を取るから、不満や不平が起きるのである。払っているのにやり方が悪い、というわけだ。しかしこの旅行では、すべてが好意なのだから文句が起きにくい。ボランティアというものは、周辺を制度化すればするほど、その精神は失われるだろうと思う理由である。
 この旅行はそもそも視覚障害者のためのものだった。朝顔を合わせると毎回皆が自分の名を名のる。これが弱視の人には気楽なのである。私が眼に見えるものを口で描写する。ガイドさんのキリスト教の講義は、大学か大学院クラスの高度なものにする。
 旅の途中で死んでもいいという人は、別に誓約書など取らず、どんな病人でも高齢でも受け入れる。行動はすべてゆっくり。「早くバスに乗って下さい」とせかすようなガイドは許さない。宿泊は可能な限り同じ土地で二晩以上。ただし自分の年齢や体調が手助けをできるのに、人の世話は一切したくない、という人が来たら、グループの中で居場所がなくなるだろう。
 今度の旅にも、車椅子の婦人をお風呂に入れる時、介助の実にうまい女性がいた。「お母さまのお世話をなさったの?」と聞くと、「主人の母です」と言う。
 団体で旅行をすると必らずカラオケが出るそうだが、カラオケは自分がハイライトを浴び、賞賛を得られる機会なのである。
 しかし私たちの旅では、同室の障害者の夜中のトイレの世話をする人や、オンブの力持ちや、入浴介助のベテランが、深い尊敬を持って見られる。カラオケの機会など作らなくても、スターばかりなのである。
 



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