共通ヘッダを読みとばす

日本財団 図書館

日本財団

Topアーカイブざいだん模様著者別記事数 > ざいだん模様情報
著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 反対派?言う通りやってみるのも面白い  
コラム名: 自分の顔相手の顔 224  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1999/03/23  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   私は実際の眼が本質的に強度の近視の構造を持っているので、自然に「近視眼的」なものの見方をしてしまう。それだけでなく、他人の顔を覚えられない、という恐さのために、私は人に会わなくて済む作家になった。今臨時に人とたくさん会う仕事をしているが、いつかまた人に会わず海辺や森の中に住める生活に戻れるだろう、と思うと心が躍る。
 私だけでなく、もしかすると、人間は本質的に遠くは見えない、理解できないものなのかもしれない。
 川の護岸に反対。産廃や原子力発電所の廃棄物処理場建設に反対。家庭用のごみ処理場建設にも反対。空港・鉄道・道路の建設にも反対、の人がいかに多いことか。実際にそれらを建設すれば、膨大なお金もかかる。無駄遣いだ、官が業者と癒着している証拠だと反対派は言い、「専門家」だという人たちは、建設の必要を感じるからその計画を立てたのだ、と対立する。
 この問題はしばらくの間、徹底して反対派の言う通りにしたらどうだろう、とこの頃私はしきりに思う。反対派の特徴は、代替の案をほとんど示さずにただ反対することで、これなら、私にもできるという親しみもある。
 反対派の指示に従うとさしあたりお金がかからなくて大変よい。ただ、まもなく市民の日常生活は冒されて来るだろう。産廃と家庭のごみは何としても出るし、それが捨場がなくてその辺に放置されると、市民の健康も当然悪くなる。しかし悪いことばかりではない。景気がよくなれば電力は足りなくなるだろうが、不景気が続けば「ほれごらん、これでよかったじゃないの」ということにもなるのだ。
 空港は手狭になって飛行機は長く長く待つようになるだろうし、運が悪ければ衝突事故も起きるかもしれない。そういう空港を持つ国は、三流国どころか、五流国、六流国だと思われ、次第に国家としても衰退するだろうが、それも我々が自ら選んだ運命だから甘んじて受けよう。五流国、六流国には、またそれなりの気楽さもある、ということを、私は実感として知っているのである。
 昔は、他者のために自分の利益を犠牲にすることは立派なことだ、という価値判断があった。しかし今はそんな判断は日本では裏切り者の思想である。外国では決してそうではないが、日本人は利己的なことを恥と思わない。
 長い年月、日教組系の教師たちは「自分の不利益になることには黙っていない」ことが人間の当然の権利だと教えた。個人が現状よりいささかでも損になることには、いかなる意味ででも意味を見つけてやらなかったから、(死んだり、大きな損になったりしない程度ででも)社会のために犠牲になれたら、それはすばらしい行為なのだ、などということは全く思いつかない人ばかりになった。
 そういう人の主導権で経営する社会の、行き着く先を見て死ぬのもまた、私は老人だから、人生最後のショーとしてはおもしろそうだと思うのである。
 



日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION
Copyright(C)The Nippon Foundation