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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: テレビの台詞?大人になるほど低い声になる  
コラム名: 自分の顔相手の顔 436  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/05/29  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   この頃、私はほとんどテレビを見なくなった。前はもう少し見ていたのである。今ではBBCとCNN、それに「ディスカバリー」というチャンネルくらいなものになった。

 おもしろくないことを数値で科学的に示す方法はないし、単に私が老化して社会の流行について行けなくなっただけかも知れない。しかし私なりの理由ははっきりしている。テレビ一般がますます表現がオーバーになり、それと比例して内容が空疎になって来たのが目立つようになったからである。つまり大人の世界で通用するような内容を持つ台詞が、めっきり少なくなったのだ。

 女性のアナウンサーは甲高いきんきん声で、たかだか空がきれいだというくらいのことにさえ「もうすっばらしい晴れ方です!」と叫ぶ。昔左翼系の代議士が一種独特の甲高い声で大仰な抑揚をつけて演説をするのを聞くと(今の北朝鮮のニュースのアナウンサーの□調がそれとよく似ている)うんざりしたものだった。代議士さんの演説はさすがに声が低くなったが、テレビはその反対の道を辿っている。場面が変わる度に、キャスターたちは子供でもないのに、画面に向かって指を突き出したりする。何にでも子供のお遊戯みたいなポーズが恥ずかしげもなくくっつくのだ。BBCやCNNはそんなことはしない。ニュースも日本みたいに細切れでもなく、朝からやたらにたくさんのコメンテーターを並べたりもしない。

 夜遅い番組では、珍妙な格好のタレントさんたちが、自分たちだけしかおもしろくない話を喋って自分たちだけで笑っている。これはお金を取って見せる芸ではないのである。

 人は大人になればなるほど、矛盾と危険をはらんだことを、低い声で言うものだ。これが話の厚みになっている。しかし今のテレビは反対だ。人道めかした可もなく不可もないことだけを、大げさに叫んでいる。

 私はずっと前からビートたけしさんの言葉が半分しか聞き取れなかった。私の耳が悪いのだろう、と思っていたが、たくさんの人がたけしさんの発音は所々よくわからない、と言う。たけしさんは他のことで天才なのだが、テレビには向いていない。しかしたけし天皇にこんなことを告げる勇気のある人もテレビ界にはいないのだろう。そんなことではテレビがよくなるわけがない。

 もっともテレビを見ないと、てきめんに本が読める。テレビがつまらないということは、もしかすると大変願わしい現象なのだろう。
 



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