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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 苦悩は内に秘めるもの 社会のせいにしてはいけません  
コラム名: 宮崎緑の斬り込みトーク NO.150  
出版物名: 週刊読売  
出版社名: 週刊読売  
発行日: 1999/04/25  
※この記事は、著者と週刊読売の許諾を得て転載したものです。
週刊読売に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど週刊読売の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  スタンスが常に一定している。あいまいな表現が一切ない。常に前向きで明るい。
だから、曽野さんのお話を聞いていると、とても爽快な気持ちになるのだろう。
作家であり、日本財団会長であり、ボランティア団体のリーダーでもある
曽野さん。その素顔に宮崎さんが迫った。
 
宮崎 このたび上梓されました「『いい人』をやめると楽になる」(祥伝社)という作品、大変インパクトのあるタイトルで、ドキッとさせられてしまいました。あえて刺激的なタイトルをつけられたのには、なにか意図があったのでしょうか。
曽野 いえ、とくに意図はないんですけどね。もともと善悪というものは決めにくいものですが、強いて善と悪があるとすれば、小説書きはその両方を書くものなんです。
宮崎 ストーリーのなかでですね。
曽野 そうですね。その中間も書く。だいたい、この中間が一番多いんですけど。
宮崎 一概に人間を善人、悪人と分けられませんものね。
曽野 以前、実際にいた連続婦女暴行殺人犯を主人公にした小説を書いたことがあるんです。なぜ彼のことを書いたかというと、私はインチキ・カトリック信者でよくお祈りもしないんですが、神はどこにいるかと聞かれた時に、人によって天の上とか心臓のなかとか答えが違いますけど、本当はいま相対している人のなかにいるんです。
宮崎 たとえ相手が悪人でもですか。
曽野 ええ。ですから私は、すべての人のなかに神がいるとしたら、連続殺人犯のなかにも神がいることを証明しようと思って、その小説を書くことにしたんです。
宮崎 なるほどね。
曽野 ところが、いまの時代はなにか、死にものぐるいになって自分はいい人間であるということを証明しないと、立場が悪いような状況ですよね。私は、それでもいいと思うんですよ。それぞれ、人の自由ですから。
 でも、そうでないと、「おまえは悪い人間だ」みたいに言われますでしょう。「あなたはなんで市民運動に署名しないんだ」「なんで寄付しないんだ」と。そんなの、各自の自由ですよ。
宮崎 そうそう。表面的に自分と違う行動パターンの人は悪い人と決めつけてしまうの、嫌ですね。
曽野 「いつ寝て、いつ起きたって、私の自由よ」と思うんですね。お風呂に入るのだって、「低血圧なら朝がいいんじゃないの」でしょう? それで、「小原庄助さんの気持ち、私、わかるわ。あの人は低血圧なのよ」って。
宮崎 アハハハハ。
曽野 けれども、地方にお嫁に行ったりすると、地方独特の素晴らしいものはいっぱいあるんですけど、その一方で、地方のお約束事を守らないと大変なんですよ。
宮崎 みんなが夜、お風呂に入っているのに、朝、お風呂に入ると……。
曽野 「朝っぱらからあそこの嫁は、風呂に入ってる」って……。
宮崎 非難の対象になってしまうのですね。
曽野 でも、そのお嫁さんはもしかすると、低血圧なのかもしれないんですよね。それで夜入るよりは、朝まずお風呂に入って、元気になって、家庭のために働けるほうがいいと思っているかもしれない。だから、そういう意味では、いろんな人が「いい人」というのをやめたほうがいい。むしろ自分がどうしたら周りに感謝しながら、自分は幸せだと思い、他人をも、家族をも幸せにできるか、社会に尽くすことができるかを考える、そうなったほうがいいのではと思ったんです。
 
それぞれの人に合った誠実さ
宮崎 「いい人」とわざわざかっこでくくってあるのは、一通りの価値選択しかできない人を皮肉ってらっしゃるのかなとも思ったりしたのですけど……。
曽野 その皮肉もあると思いますね。でも、それだけでもないような気がするんです。たとえぱ、私はお礼状は必ず書くべきだと思うんですけど、長い間、延ばしに延ばしてついに出さなかった例がいっぱいあるんですよ。それなのに、「礼状は書くべきだ」と、自分に対してどこかで説教を垂れてるわけですよ。
宮崎 私なんかもう、ズキンです(笑)。
曽野 うちの主人なんかズキンもないの。「俺は書けないから書かない」って(笑)。そういう人もいるんですね。ですから、誰がいい人か悪い人かというのはちょっとわからないから、それぞれの誠実さとか、面白がり方とか、そういうのを考えればいいのでは、と思うようになったんです。
宮崎 その思いがタイトルとなってあらわれたのですね。ところで、日本財団の会長になられて、もう3年半になりますね。
曽野 はい。私、組織のなかで生きるのは本当は好きじゃないんですよ。海が好きで、いまでも週末は海のそばで畑仕事をしてるんですけど、そこで草花をつくったりお芋を植えたりしているのが好きなんです。いちばん怖いのは、人と会うことなんです。
宮崎 では、お仕事、大変でしよう。
曽野 あのころは、ほかになり手がないので私が引き受けたんですけど、無給だからここまで務まったんでしょうね。
宮崎 無給なんですか。
曽野 そうなんです。私、これでも気が小さくてね(笑)。そうでなければ、何か言われるのはわかっておりましたから。
宮崎 へんに恩義を感じるより、楽ですよね。
曽野 楽なの、ほんと。
宮崎 でも、曽野さんが会長に就かれたことで、大分世間の財団を見る目も変わったのではないですか。
曽野 私がいつも財団の人たちに言ってるのは、「勝手に決めて無理押しをしてはいけない」ということなんです。人間相手のことですから、とにかくやってみないとわからない。人間性というものの摩訶不思議なところを見ながら、私たちのテーマを決めていけばいいんで、最初から全部決めてかかる必要はないと、よく言ってるんです。
 
国際標準のベースは愛の心に
宮崎 こうと決めつけられるのは、怖いですね。
曽野 ええ、怖いです。心が硬直しますしね。
宮崎 しかも、基準がその人だけの生き方という偏狭さだったりすると、本当に困りますよね。
曽野 そう。それが、その人の信念になってますでしょ。私は逆に信念を持たないことがいいことだと思ってますから。
宮崎 最近よく、「日本は早くグローバルスタンダード、国際標準に乗らなければいけない」と言われてますが、では、グローバルスタンダードというのは何かというと、必ずしも私たちにとってハッピーなものではない場合もありますものね。
曽野 グローバルスタンダードというのは人と同じにするというか、個々には違うかもしれないけど、同じ方向にみんなが動くことでしょう? だいたいにおいて。
宮崎 やり方を同じにするのですね。
曽野 すると、もしグローバルスタンダードというものがあるとしたら、愛とか、不運に遭った人を痛ましく思う心がグローバルスタンダードになりますね。
宮崎 それが、人間が人間たる所以ですからね。
曽野 たとえば、「13歳で死んじゃったわ、かわいそう。恋をしたかっただろうに」って、みんな思うでしょ? そういうのがグローバルスタンダードじゃないんですか。それを忘れちゃいけないんですね。
宮崎 そうなってほしいですね。
曽野 どんなことがあっても私たちの財団は、素朴でなくてはいけないと思うんです。人が苦しんでいたら、「なんとかなるかな」と思わなきゃいけない。その中途は厳しいんですけどね。「人にお金を出す時は、疑いなさい」「人を見たら泥棒と思いなさい」って、実際に言うんですよ。
宮崎 性悪説を唱えてらっしゃいますものね。
曽野 そうなんです。人を見たら泥棒と思え、しかし泥棒がいても、そこに病気の人がいるとか、歳をとって食べられない人がいるということは事実ですから、それは助ける。人を泥棒と思えない人も困るし、みんな泥棒だと思って何もやらないほうがいいというのも困る。両方ができるのが、人間だというふうに私は思いますね。
宮崎 それを会長としての訓示でおっしゃったわけですか。
曽野 ええ。私、根性が悪いですから、仕方ないんです。へんな会長だと思ったでしょうね(笑)。でも、いまでも海外にお金を出す時は、耳にタコができるほど言ってます。「これは泥棒に取られますよ」と。
 それと同時に「ですけども、同時に優しさを忘れた人はどうにもならないですよ。何もやらないほうがいいですよ。別の商売に行ったほうがいいですよ」と。
宮崎 それをバランスよくできるというのは、やはりその人の資質なのでしょうか。
曽野 いまの青年たちって、いい時代に育った世代なんですよね。
宮崎 豊かで、物があふれていて、恵まれてますよ。
曽野 それで日本人がまた、いい人でしょ。だいたいの人が正直で、働き者ですよね。だから、人を見たら泥棒と思えとか、怠け者と思えと言われても、ちょっと無理なのね。でも、違った見方を教えることも教育ですから、全然遠慮しないで、「人を見たら泥棒と思ってください」と言い続けてるんです(笑)。
宮崎 たとえば、政治に携わる人たちに、そういうヒューマンなところが根底にあれば、出てくる政策も変わってくるような気がするんですけどね。
 
人生には安全などないのです
曽野 東京都知事選の時もそうでしたけど、政治家はみんな「安心して暮らせる世の中を」と言いますよね。でも、私は「安心して暮らせる世の中はこの世にありません」と言うんですよ(笑)。絶対にないんですから。だから、そういう嘘をつく政治家を喝采し、投票する人の気が知れないです。
宮崎 危険を前提としたうえで、ではどう対処しますというべきだと。
曽野 でも「いやあ、ちょっと危ないですよ。関東大地震も近いらしいし、どんなことやったって危ないですよ」なんて言ったら、票は集まらないのよね、お気の毒に。でも、実際そうなんですからね。
宮崎 本当は、正直に「危ないんです」と言うほうに投票するような有権者でないといけないのでしょうけどね。
曽野 本当に人生というのは、一時も安全ということはないんですね。きょうわれわれ2人が、こうしてお会いできたのは、まず日本国家に守られ、それから私たちの周りにいい人たちがいて、健康だの心の幸せだのを考えてくれてるから、こうやって会うことができた。それと、幸運があった、運があったということですよね。今朝、2人とも階段から落ちなかったとか(笑)。そういうことだと、いつも思ってます。
宮崎 いまの日本の世相については、どういう思いを抱いてらっしゃいますか。
曽野 日本人のいま最大の貧困は、苦悩を知らなくなり、苦悩に意味を見いださなくなったことですね。それが最大の弱さです。
宮崎 苦悩は、つらいですけどね。
曽野 ええ、嫌ですよ、誰だって避けたい。でも、みんなそのなかからはい上がってきたんですよ。たとえば、エディット・ピアフとか、マリリン・モンローもそう。みんな苦悩を土台に成長したんですね。だけど、いまの時代は、苦悩は社会のせいなんですよ。だから、「何とかが悪いぞーッ」て。
宮崎 みんな外に責任転嫁してしまうのですね。
 
苦悩は鉄腕アトムの燃料です
曽野 外に向けて出してしまう。本来、苦悩というのは、一種の鉄腕アトムの燃料みたいなものなんですよ。
宮崎 鉄腕アトムですか。曽野さんのお口からアトムが出るとは感激です(笑)。で、苦悩は……。
曽野 決して社会に返してはいけないものでしょう? 自分で確信を持って、しぶとく持っていて、それをエネルギーにしなければいけないのに、いろいろと抗議などして社会に返しておしまいになる。もったいないことです。
 その点、小説家は違いますよね。それをずっと持っていて、恨みの感情をしこしこためるんです。でも、私の恨みって、決して悪いものではないんですよ。うまく発酵させて使うんです。そうするとそれがエネルギーになる。
宮崎 作家としてのね。そもそも、曽野さんはなぜ作家を目指されたのですか。
曽野 ほかにもいろいろ理由はありますでしょうけど、私はもともと近眼で、人さまの顔をよく覚えられなかったんです。それで、「旅館の奥さんはだめだな」とか、「お酒屋さんもだめだ」とか思いましてね。とにかく社交的なものはだめ。それで、人の顔を覚えなくて済む仕事を選んだんです。
宮崎 冗談でそうおっしゃってるのではないのですね。
曽野 いえいえ、本気。これでもし私が政治家になったら大変ですよ。政治家のなかには、初めてお会いした私に「いやあ、しばらくでした」とおっしゃった方もいらしたので、「ああ言えばいいのかな」とは思いましたけど(笑)。
宮崎 それが手なんですよね。
曽野 でも、やはりそれは違いますよ。覚えていなければならない。ですから、ずぼらで人の顔を覚えないんだったら、それを許していただけるような、毒を人に及ぼさない職業に就くべきだと思ったんですね。
宮崎 でも、いまはそうもおっしゃってられないのではないですか。
曽野 ええ。ですから時々、失礼もいたしておりますけども(笑)、お会いする前に、その人のことについて説明を受けてますから。聞いたことはわりとよく覚えてるんですよ。ですから、みんな自分の長所も短所も使って生きればいいと思うんです。たとえば、おっちょこちょいだからできることもあるし、熟慮型だから任せられることもある。短所だって使えますよね。
宮崎 短所というのは、本来長所と裏表のはずなんですよね。
曽野 でも、一緒に付き合ってる人が愚図だったりすると、私、たまらないでしょうね(笑)。「早くやってよ」と言っているのに、ジーッと考えて、「明後日ぐらいまでにはわかると思います」なんて言われると、「いま決めて!」と、私は言いますから。
宮崎 アハハハハ。気が短くてらっしゃるのですね。
曽野 それは、ある人にとっては欠点ですよね。でも、それもちゃんと使いようがある。だから、いい社会というのは、欠点だか美点だかわからない、その人の特徴をうまく使うことだと思うんです。うまく使っていって、それでその上がりを自分たちが利用する、お世話になるというのがいちばんきれいなんですけどね。
 
財団採用試験は穴掘りでいい
宮崎 いまの社会は、偏差値で輪切りにして、その偏差値はかりというただひとつの秤で、目盛りを測って、上の人だけがいいとか、そういう判断が根底にあるからいけないのでしょうね。
曽野 答えが、すぐコンピューターでパッと出るようになったでしょ。
宮崎 マークシートですね。効率主義ですよね。
曽野 私、入社試験なんて作文だけでいいと思ってるの。とくに財団なんかは、穴掘りというのもいいと思ってるんですよ。
宮崎 エッ、穴掘り?
曽野 穴を掘らせるの。穴掘れない人はだめ。
宮崎 地面に、ただスコップで穴を掘っていくんですか。
曽野 地面がないんですよ、ここにね(笑)。それで困ってるんですけど。
宮崎 発展途上国で井戸を掘るボランティアをしたりすることもありますものね。
曽野 そういう意味でもなくて、穴を掘るというのは、人間の基本でしょう。住むところをつくって、それから食糧を貯蔵して、火をおこして、それから死んだら埋める。そういう基本をバカにしてやらない人は困ります。
宮崎 私、穴掘り、わりと得意だから、大丈夫だわ(笑)。本日はお忙しいところありがとうございました。
 



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