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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 人間と動植物?折り合いで生きる他ない  
コラム名: 自分の顔相手の顔 279  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1999/10/18  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   NHKの番組で、尾瀬の湿原にシカが増え過ぎて、湿原に特有の植物を食い荒らしてしまっている、というレポートがあった。
 シカはもともとは日光方面に集中していたのに、最近は行動半径がどんどん大きくなって、尾瀬の方まで進出して行っていることがわかった。シカの首に発信機をつけて、現在位置がわかるようにした追跡調査の結果である。
 シカは笹がなくなると、木の皮を食べ尽してしまう。木の皮を剥ぐ時は、必ず一部は残してやらねばならない。ぐるりと剥いでしまうとその木は枯れるのだ、と私は山の勉強をする私塾のような所に通っている時、「山の先生」から習った。
 現境庁はこの事件をどうするか、ほんとうに見物だと思う。
 もともと環境庁は、農村の人々を、ほとんど守らないような官庁だった。極言だけれど、人間より動物が大切なのですか、と言いたくなる行政のやり方が時々ある。農村の人々が丹精こめて作った作物をサルやシカやイノシシやカモシカに食べられても、鉄砲で追い払えない地区が多いのである。私が週末に畑をしている土地も「禁猟区」だ。それほどひどくないから何とか我慢しているが、野ウサギもタヌキも出る。
 サルの出没する地域の人たちは、野菜など作る気にもならない、という。明日の朝、食べごろのキヌサヤエンドウを採ろうと思っていると、その明け方にサルに食べられるからである。
 植林をする人々にとっては、カモシカは敵だ。若木の芽を食べるのがカモシカだからだそうだ。
 働く人間の経済的行為の結果を護るために、里に下りて来た動物は殺すとでも言おうものなら、環境保護団体に吊るし上げをくうから、いつのまにか日本では、人間の生活より動物や植物の方が大切になったのである。
 もちろん、動物は殺さなくて済めばいい。しかし程度問題だし、自然はすべて折り合いで生きる他はない。
 尾瀬の話の結論は、もっと調査してから対策を考えるというような言い方である。私は何となく不思議な気がした。
 この事件を中近東やアフリカの人に話したら、彼らの答えが聞こえて来るようだ。
 「シカが出る? それはいいことだ」
 と彼らは嬉しそうな顔をするだろう。
 「シカが増えたのはめでたいことだ。捕獲できれば、我々人間は肉が食える。こんないいことはない。一体どこが問題なんだ? 解決は簡単じゃないか。そんなに貴重な植物が生えているなら、オゼ地区の境界線を決めて、その中に入ったシカだけ撃てばいい。撃ったシカは、猟師が食べる。レストランが買い受けてシカ肉料理を出すのもいい。シカ料理を売り物にしている有名レストランは世界にたくさんある。オゼから歩いて出て来た客は、お腹を空かせているから、きっと喜んで食べると思うよ。いい商売になるよ。一体何がそんなに問題なんだ?」
 



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