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平成17年広審第79号
件名

旅客船御幸火災事件

事件区分
火災事件
言渡年月日
平成18年7月27日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(内山欽郎,藤岡善計,中谷啓二)

理事官
河本和夫

受審人
A 職名:御幸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
指定海難関係人
B 職名:C社運航管理者

損害
機関室の一部焼損

原因
御幸・・・発航前の機関室内点検不十分
運航管理者・・・乗組員による発航前の機関室内点検の実態把握不十分

主文

 本件火災は,機関室内の点検が不十分で,主機始動電動機用電気回路の手動開閉器を取り付けていた木製板が発火したことによって発生したものである。
 運航管理者が機関室内点検の実態を十分に把握していなかったことは,本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年6月4日17時20分
 広島県広島港
 (北緯34度21.23分 東経132度29.90分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船御幸
総トン数 18トン
全長 18.72メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 121キロワット
(2)設備及び性能等
ア 御幸
 御幸は,平成2年4月に進水した電動機始動式ディーゼル機関を主機とするFRP製の屋形船型旅客船で,D社の親会社でもあるC社が定期傭船して運航管理及び保守管理を行っており,船尾部に操舵室,調理場及び便所等が,それらの船首側に,板の間にテーブルと椅子を据え付けた長さ約3.5メートルの後部客室,及び畳を敷き詰めた長さ約8メートルの前部客室がそれぞれ配置され,両舷側が通路になっていた。
イ 機関室
 機関室は,前部客室後部の下方に位置し,中央部後方に主機が,その前方に補機駆動の発電機が,主機の左舷側に主機始動用蓄電池等が,発電機の右舷側に発電機始動用蓄電池等がそれぞれ配置され,排気ファンで換気が行えるようになっており,天井が厚さ約8センチメートルのFRP製の床板で覆われてその上に畳が敷かれていたが,各機器上部の床板が取外し可能な構造だったので,上方から容易に各機器の点検や操作が行えるようになっていた。
ウ 主機始動用電動機
 主機の始動用電動機は,蓄電池の直流24ボルトを電源とする出力4.5キロワット,始動時の瞬時最大電流210アンペアの電動機(以下「セルモータ」という。)で,その始動電気回路には手動開閉器と電磁開閉器が各1個直列に接続されていて,始動操作は自動車と同様に,操舵室内の操作盤に始動用キースイッチを差し込み,同スイッチをオフ位置からオン位置にして操作回路の電源を入れたのち,オン位置からスタート位置にすると電磁開閉器の接点が閉じてセルモータが回転し,手を離すと同スイッチが自動的にオン位置に戻ってセルモータが停止するようになっていた。
エ 手動開閉器
 始動電気回路の手動開閉器は,2本の銅製ナイフを取り付けたハンドレバー及びナイフが嵌め込まれる2個の銅製クリップ等を熱硬化型フェノール樹脂板(以下「フェノール板」という。)上に組み立ててポリプロピレン製のカバーで覆ったナイフスイッチ(以下「バッテリースイッチ」という。)で,木製の板(以下「取付け板」という。)にねじ止めされて主機始動用蓄電池近くのFRP製支柱に固定されていたが,その上方の床板が取り外せるようになっていたので,上方から容易に点検や操作を行うことが可能であった。

3 事実の経過
 御幸は,広島市南区宇品の県営旅客桟橋を係留地とし,主として,ホテル桟橋で客を乗船させて供食しながら遊覧を行い,広島大橋付近で1時間ほど錨泊したのちホテル桟橋で乗客を降ろして係留地に戻るという,1回の行程が約3時間の運航を1箇月に10日間ほど不定期に繰り返していた。
 A受審人は,普段,客が乗船予定の4時間ないし5時間ほど前に乗船して1人で船体や航海設備等の検査を行うとともに,前回帰港後に主機の冷却のために床板と畳を取り外した状態の機関室については,主機及び発電機の冷却水量と潤滑油量を点検してビルジ量を確認し,バッテリースイッチを入れてから操舵室内で排気ファン,発電機及び主機を順次始動し,操舵室内に異常がないことを確認して機関室に戻り,運転中の主機及び発電機に冷却水漏れや潤滑油漏れがないことを確認するなどの点検を行ったのち,試運転を兼ねた桟橋先端への移動後に主機を停止して床板と畳を復旧するようにしていたが,主機及び発電機以外の点検を十分に行っていなかった。
 B指定海難関係人は,機関及び電気系統の点検整備を定期的に専門業者に行わせるとともに,船長に対しては,発航前に定められた検査及び点検を行うよう義務付けて,航海終了後にその結果を記入した航海日誌の写を会社に提出させ,自身にも状況をその都度報告させるほか,月に1回程度訪船して安全点検を実施し,不具合があれば是正を指示するなどしていたが,乗組員による機関室内点検の実態を十分に把握していなかったので,A受審人が主機及び発電機以外の点検を行っていないことを知らなかった。
 御幸は,A受審人が前示の方法で発航前の機関室内点検を行い,1回の運航で主機の始動操作を3回ないし4回繰り返していたところ,バッテリースイッチの片方のナイフとクリップ間の接触抵抗が増加したり隙間が生じたりしたものか,いつしか,主機の始動操作時に火花が発生するようになり,異常発熱を繰り返しているうちに,フェノール板及び取付け板の炭化が次第に進行して変色する状況となっていた。
 ところが,A受審人は,バッテリースイッチの操作時に同スイッチの周囲を十分に点検していなかったので,フェノール板や取付け板が変色していることに気付かなかった。
 平成17年6月4日,A受審人は,13時ごろ乗船して,いつものように発航前の検査と点検を行い,13時15分ごろバッテリースイッチを入れたが,相変わらず十分な点検を行わなかったので,依然としてフェノール板及び取付け板の異常に気付かず,そのまま操舵室で各機器を始動して各部を点検したのち,運転中の主機及び発電機に異常がないことを確認して桟橋先端まで移動し,主機停止後に床板及び畳を元に戻して乗客の乗船予定時刻まで待機することにした。
 その後,御幸は,A受審人と甲板員1人が乗り組み,16時25分ホテル桟橋に向かうために主機を始動したが,そのとき,バッテリースイッチの火花による発熱で取付け板が着火して燻る状態となったものの,床板を閉めて排気ファンが運転されていたうえ,臭いや煙が少なかったので,A受審人も甲板員もこのことに気付くことができなかった。
 このような状況で,御幸は,16時40分ホテル桟橋に着桟して予約客12人及び接客係1人を乗船させたのち,港内遊覧の目的で,船首0.5メートル船尾1.0メートルの喫水をもって,16時45分同桟橋を発し,17時05分広島大橋近くの宇品灯台から真方位066度1.94海里の地点で,主機を停止して錨泊を開始した。
 17時10分,A受審人は,アンカーが引けているように感じて錨地を移動するために主機の始動操作を行ったところ,既に取付け板が発火してセルモータの始動電気回路が溶断されていたものか,セルモータが回転せず,おかしいと思っていると甲板員からも焦げくさい臭いがしているとの報告を受けたが,臭いの出所が分からなかったので,再度主機の始動操作を試みた。
 A受審人は,1回目と同様にセルモータが回転しなかったうえ,舷側の通路上で異臭と煙らしきものを認めたので,火災のおそれを感じたが,機関室内を点検するには飲食中の乗客に移動してもらう必要があったことから,直ちに機関室内の点検を行うことを躊躇し,工務担当の運航管理補助者に携帯電話で事態を報告して指示を求めた。
 報告を受けた運航管理補助者は,報告内容から火災のおそれを予見できたものの,A受審人と同様に飲食中の乗客を移動させることを躊躇したものか,直ちに機関室内を点検するよう指示することなく,バッテリーが原因なら時間が経てば始動できるかも知れないので暫く待ってから始動操作を行うように,また,ショートしている可能性も考えられるので操作盤のカバーを開けて点検するように指示した。
 こうして,御幸は,A受審人が主機の操作盤を点検してから3度目の始動操作を試みていたとき,後部客室にいた甲板員と同スイッチの上部付近にいた乗客から異臭がするとの報告を受け,自身も火災のおそれを感じていたことから,17時20分前示の錨泊地点において,乗客に移動してもらって畳と床板を取外したところ,黒煙が噴出して同スイッチ付近から炎が出ているのが発見された。
 当時,天候は晴で風力3の東北東風が吹き,海上は穏やかであった。
 A受審人は,甲板員に乗客を煙の届かない船首部に移動させるよう命じて,操舵室に設置されていた消火器2本で消火活動を行う一方,携帯電話で会社に事態を報告して海上保安部及び消防署に連絡するよう依頼した。
 御幸は,来援した海上保安部の巡視艇及び消防署の救助艇の乗組員と協力してバケツで海水をかけるなどの消火活動を行った結果,18時05分鎮火が確認され,巡視艇に近くの造船所まで曳航されて海上保安官と消防署員が実況見分を行ったところ,バッテリースイッチ及び同スイッチ上部の電線や床板等が焼損してセルモータ等が濡れ損していることが判明したので,後日損傷部品が修理された。
 一方,B指定海難関係人は,同種事故の再発防止のため,バッテリースイッチを客室の壁に移設して常時点検できるようにするとともに,A受審人に対して,発航前の点検を厳密に実施するよう指導した。

(本件発生に至る事由)
1 A受審人が主機及び発電機以外の点検を十分に行っていなかったこと
2 運航管理者が乗組員による機関室内点検の実態を十分に把握していなかったこと
3 以前からバッテリースイッチが火花を発生して異常発熱を繰り返していたこと
4 取付け板が発火したこと

(原因の考察)
 本件は,バッテリースイッチが火花を発生して異常発熱を繰り返していたことに起因するものであり,火花発生の時期は定かではないものの,少なくとも本件発生日の発航前にはフェノール板や取付け板が変色するなどの兆候があったと考えられるので,乗組員が発航前に電気系統を含めた機関室内の点検を十分に行っていれば,また,運航管理者が乗組員による機関室内点検の実態を把握して指導を行っていれば,取付け板が発火する前に乗組員がフェノール板や取付け板の異常に気付いた可能性は高いと推認される。
 したがって,A受審人が発航前に機関室内点検を十分に行っていなかったこと及びB指定海難関係人が発航前の機関室内点検の実態を十分に把握していなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 なお,A受審人が異常を認めた際に直ちに機関室内の点検を行わなかったこと及び工務担当の運航管理補助者が異常発生の報告を受けた際に直ちに機関室内を点検するよう指示しなかったことについては,適切な措置とは言えないものの,火災発生後の措置であるから,本件発生に至る事由とは認められない。
 しかしながら,火災の場合にはいかに早く発見して適切な措置を取るかがその後の結果を左右しかねないので,今後は是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件火災は,発航前に各部の点検を行う際,機関室内点検が不十分で,バッテリースイッチの取付け板が発火したことによって発生したものである。
 運航管理者が乗組員による機関室内点検の実態を十分に把握していなかったことは,本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は,発航前に各部の点検を行う場合,電気系統も含めて機関室内の点検を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,主機と発電機さえ十分に点検していれば大丈夫だろうと思い,機関室内の点検を十分に行わなかった職務上の過失により,バッテリースイッチの取付け板が発火する事態を招き,同スイッチ及びその上部の電線や床板等を焼損させたほか,セルモータ等を濡れ損させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B指定海難関係人が乗組員による機関室内点検の実態を十分に把握していなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては,バッテリースイッチを客室の壁に移設して常時点検できるようにするとともに,発航前の点検を厳密に実施するよう指導するなどして,同種事故の再発防止に努めている点に徴し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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