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平成17年広審第51号
件名

貨物船千早丸乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成18年9月5日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(島 友二郎,原 清澄,野村昌志)

理事官
竹内伸二

受審人
A 職名:千早丸一等航海士 海技免許:三級海技士(航海)

損害
船底全般に破口及び凹損,プロペラに曲損,舵に損傷等
船長が溺死

原因
台風避難措置不適切

主文

 本件乗揚は,台風が接近する状況下,台風避難にあたり,避難措置が適切でなかったことによって発生したものである。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年9月7日15時15分
 愛媛県二神島南岸
 (北緯33度55.7分 東経132度31.4分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船千早丸
総トン数 6,835トン
全長 135.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 3,880キロワット
(2)設備及び性能等
ア 船体構造等
 千早丸は,平成12年5月神奈川県において進水し,可変ピッチプロペラと船首尾にスラスターを装備したウェル甲板船尾船橋型セメントばら積運搬船で,第1ないし第4ホールドが配置され,第2及び第3ホールド間にセメントマシンルームと称する荷役設備室が設けられていた。船体付きのタンクは,バラストタンクとして船首からフォアピークタンク,ディープウォーターバラストタンク,ホールド下の二重底に,第1ないし第4バラストウォータータンク及び船尾にアフターピークタンクが,油タンクとして第4ホールド下の二重底中央部に第1燃料油タンクが,機関室内に第2燃料油タンク及び潤滑油タンクが,同室下の二重底にディーゼルオイルタンクがそれぞれ配置されていた。
イ 錨及び錨鎖
 大錨は,重量2,835キログラムのストックレスアンカーで,錨鎖は,直径48ミリメートル,1節の長さ27.5メートル(m)で,右舷に10節,左舷に9節が装備されていた。
ウ 操縦性能
 海上試運転成績書(船体部)写によれば,速力は,主機出力2,695キロワット,同回転数毎分198.05として14.41ノットで,旋回性能は,主機最大出力で,舵角35度をとったとき,縦距及び横距が,左旋回ではそれぞれ409m,341m,右旋回では,それぞれ412m,399mで,停止性能は,全速力後進を発令すると,船体停止までの距離及び時間は,それぞれ969m及び4分41秒であった。
 また,甲板上には荷役のためのタワーやクレーンなどが設置され,風圧面積の大きい船型で,風の影響を受け易く,また,荒天海域でピッチングが大きくなると,レーシングが引き起こされ,機関が危急停止(以下「トリップ」という。)することがあり,その防止のためにプロペラ翼角を下げて減速する必要が生じ,その結果,船速の著しい低下,または前進力の喪失を招き,船体の制御ができなくなって,操船不能に陥るおそれがあった。

3 安全管理マニュアル
 平成14年9月にB社が制定した安全管理マニュアルには,台風等接近時の荒天航海業務として「荒天航海手順」が定められており,荒天の基準は,原則として風力6以上,または波高4m以上の気象海象状況で,同状況下では,荒天を避けることが難しく且つ付近に適切な錨地がある場合,仮泊して荒天を避けることとなっていた。

4 平成16年台風18号の動向
 平成16年台風18号(以下「台風18号」という。)は,8月28日マーシャル諸島付近で発生し,その後発達しながら西北西に進んだ後,9月4日には大型で非常に強い勢力となって沖縄の南西海上を北西に進み,5日17時半ごろ沖縄本島北部を通過した。台風18号は,6日に東シナ海で進路を北東に変え,大型で強い勢力となって,7日09時半ごろ長崎市付近に上陸して九州北部及び中国地方を横断し,その後,日本海を北東に進み,8日09時に北海道西海上で温帯低気圧に変わった。

5 事実の経過
(1)動静
 千早丸は,C船長及びA受審人ほか7人が乗り組み,空倉のまま,全バラストタンクに海水バラスト3,996トンを積載し,船首3.75m船尾5.09mの喫水をもって,平成16年9月4日21時50分名古屋港を発し,大分県佐伯港に向かった。
 C船長は,翌々6日06時10分佐伯港着桟予定岸壁沖合に到着したが,折からの台風18号の接近による天候の悪化が予測されたことから入港を中止し,愛媛県松山港沖合で避泊することとして同地に向かい,12時30分由利島灯台から133度(真方位,以下同じ。)5.1海里の地点において,水深29mの海底に右舷錨を投じ,錨鎖を9節延出して,錨泊を開始した。
(2)錨地の状況
 南南西に向いて錨泊中の千早丸の周囲には,その船首方向から02時方向0.8海里にフェリーが,10時方向1.1海里に貨物船(RORO船)が,12時方向1.3海里に小型貨物船が,11時方向1.8海里に貨物船(ばら積船)が,02時方向2.0海里に貨物船(自動車専用船)が,01時方向2.3海里に貨物船(RORO船)がそれぞれ錨泊していた。
(3)守錨当直
 C船長は,停泊中には荷役作業で忙しいA受審人に休息を与えるため,同受審人を当直から外し,二等航海士が00時から04時まで,自らが04時から08時まで,及び三等航海士が08時から12時までの4時間3直制の守錨当直体制とした。また,同当直中は,守錨当直チェックリストにより,風速計の指示が最大で20メートル毎秒(m/s),平均で15m/sを示すようになったとき,風向が南にかわったとき,船首の振れ回りが約60度となったとき,自船の前方1海里以内に接近する他船を認めたとき及びその他当直中に不審を感じたときには船長に報告するように指示していた。
(4)乗揚に至る経緯
 9月7日早朝C船長は,テレビ,ラジオの各天気予報及び日本気象協会の台風情報,気象情報などから,同日06時現在の台風18号の中心が長崎県男女群島東方の北緯31.8度東経128.7度にあり,中心気圧が945ヘクトパスカル,中心付近の最大風速は40m/s,風速25m/s以上の風が予測される暴風雨半径が南東側220キロメートル(km),風速15m/s以上の風が予測される強風半径が南東側650kmで,その後,時速30kmの速力で北北東に進行し,同日午後には錨地付近に最接近することを知った。
 07時30分C船長は,次直の三等航海士に,風速が25m/s以上になったら主機をいつでも使用できるように機関部に連絡することを指示し,当直を交代して降橋した。
 08時ごろA受審人は事務室内で,C船長から,台風18号の最接近が15時ごろになると思うので,12時ごろに抜錨し,四国寄りを西行して台風を替わし,その後は天候が回復するであろうから佐伯港へ向かう意向である旨の話を聞いたが,特に意見は述べなかった。
 10時30分ごろC船長は,三等航海士から風勢が強くなったとの連絡を受けて昇橋し,南南東風が風速25m/sを超え,時折30m/sに達していることを知り,機関の準備をして,周囲の状況を見ていたところ,更に風が強くなり,周囲の錨泊船が走錨するのを認め,抜錨して佐伯港に向かうこととし,11時20分機関用意を令し,11時30分船首にA受審人を配置して揚錨作業にあたらせた。
 こうして,C船長は,11時52分抜錨し,二等航海士を補助につけ,甲板手を操舵にあたらせて自らが操船指揮をとり,伊予灘を佐伯港に向かって西行すると,台風の接近に伴う強風と高起した波浪を左舷船首方から受ける状況となり,自船の操縦性能を考慮すれば,操縦不能に陥るおそれがあったが,同港向けの進行を取り止めて陸岸寄りの錨地に再投錨し,錨鎖を十分に延ばしたうえ,振れ止め錨を使用するなど,避難措置を適切にとらなかった。
 12時00分C船長は,由利島灯台から122度4.40海里の地点で,機関を全速力前進にかけて回転数毎分200とし,南寄りの風速25m/sを超える風と波高8ないし9mに達する高起した波浪を左舷船首方から受け,風浪に抗するため針路を250度から210度まで徐々に左方に転じて,右方に圧流されながらほぼ280度の実効針路及び約5ノットの対地速力で進行した。
 13時00分C船長は,由利島灯台から227度2.11海里の地点に達したとき,南寄りの風速33m/sを超える風を観測し,強大な風浪により船体は大きく動揺して操船に困難を来すようになり,風浪を船尾方から受けると操船が容易になるか試すため,その後ゆっくりと110度に向首するまで左転したが,操船は容易にならず,北東方向に圧流され,由利島に接近する状況となった。
 13時30分C船長は,由利島南岸まで約1.2海里となる由利島灯台から237度1.38海里の地点まで圧流され,船尾スラスターと舵を使用して船首を風浪に立て,由利島に接近することのないよう操船を行い,13時44分船体動揺によるレーシングで主機がトリップし,間もなく再起動でき,由利島への接近は避けることができたが,更に北北西方に圧流され続けた。
 C船長は,14時00分由利島灯台から293度1.92海里の地点まで圧流され,14時06分再度主機がトリップし,間もなく再起動できたが,操船困難な状況で,船首を風浪に立てることができないまま北方へ圧流され続けた。
 C船長は,14時22分右転して釣島水道方面に向かうこととしたが,14時30分大石灯標から153度1.35海里の地点に達したとき,更に風勢が増大して,38m/sを超える南寄りの風と高起した波浪を受け,ついに操船不能の状態に陥り,船首が南東を向き,約4ノットの対地速力で二神島南岸に向け,北東方向に圧流される状況となった。
 A受審人は,抜錨時の船首配置を終えて自室で待機していたところ,14時40分ごろC船長から指示を受けて昇橋し,千早丸が操船不能に陥っていることを知り,操船援助のために,前部甲板上にあるダクトを開けて船首のスラスターが使用できるよう準備をし,再び船橋に戻って船長の補助にあたった。
 15時00分C船長は,大石灯標から086度2.28海里の地点まで圧流され,同島海岸への圧流を防ぐべく,船首を風浪に立てようと船首尾のスラスター及び舵を使って操船を続けたが,効なく,千早丸は,15時15分大石灯標から077度2.60海里の地点において,275度に向いた状態で,二神島南岸に乗り揚げた。
 当時,天候は驟雨で風力11の南風が吹き,南からのうねりを伴う波高は約9mで,潮候は上げ潮の末期であった。
(5)乗揚の結果
 千早丸は,前示地点に乗り揚げたのち,擱座状態で安定し,船底全般に破口及び凹損,プロペラの曲損及び舵の損傷等を生じたが,のち,引き降ろされて修理された。また,C船長が,乗揚状態を確認中に海中転落したものか,翌8日早朝付近海岸で発見され,溺死が確認された。

(本件発生に至る事由)
1 C船長が,荒天航海手順を順守しなかったこと
2 抜錨して佐伯港に向かったこと
3 A受審人が,C船長が計画した台風避難措置に対し,意見を述べなかったこと

(原因の考察)
 本件乗揚は,台風の接近が予測される状況下,松山港沖合の避難錨地から発進して積地である佐伯港に向け航行中の千早丸が,強風及び高起した波浪により,操船不能の状態に陥り,二神島南岸に向け圧流されて発生したもので,その原因について考察する。
 千早丸が,安全管理マニュアルの荒天航海手順を順守し,適切な錨地を選択し,錨鎖を十分に延ばしたうえ,振れ止め錨を使用するなど,台風避難措置を適切にとっていれば,本件は発生していなかったものと認められる。
 従って,千早丸が,荒天航海手順を順守せず,台風避難措置を適切にとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 ところで,本件乗揚は,台風避難措置を適切にとっていれば発生しなかったとは言え,台風が接近し,次第に風が強まり,自船及び周囲の錨泊船が走錨を始める状況下,抜錨して航行を開始することが最善の措置であるとした船長の判断は,その通常の注意力及び技量からして,著しく注意力を欠いたものとは断定できない。
 運航の最高責任者はC船長であり,台風避難措置は同船長の判断によって決定されるべきもので,A受審人が,特に船長から台風避難措置について意見を求められていないことから,同受審人がC船長の計画した台風避難措置に対し意見を述べなかったことは,本件発生の原因をなしたとは認められない。

(海難の原因)
 本件乗揚は,台風が接近する状況下,台風避難にあたり,避難措置が不適切で,航行中,増勢する強風と波浪により操船不能の状態に陥り,陸岸に向け圧流されたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人の所為は,本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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