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平成18年神審第9号
件名

旅客船大生丸乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成18年7月19日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(加藤昌平,雲林院信行,濱本 宏)

理事官
黒田敏幸

受審人
A 職名:大生丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
B 職名:大生丸甲板員 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
キールに欠損

原因
運航基準不遵守(入航を中止しなかったこと)

主文

 本件乗揚は,霧のため視界が狭められた状況下,運航基準が遵守されず,入航を中止しなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年7月16日09時11分
 徳島県牟岐港
 (北緯33度39.6分 東経134度25.2分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船大生丸
総トン数 17トン
全長 13.90メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 391キロワット
(2)設備及び性能等
 大生丸は,平成6年7月に進水した最大搭載人員72人の船首船橋型FRP製旅客船で,徳島県海部郡牟岐町の牟岐港と同港南方約2海里にある出羽島の同県出羽島漁港の間を,片航海約15分で1日6往復の定期航路に就航していた。
 上甲板前部に操舵室を,同室後方に,定員38人の旅客室並びに後部に,立席及びベンチ席を設けてオーニングを備えた定員32人の旅客区画を配置していた。
 操舵室には,左舷側に出入口を設け,前面窓に接して設けた棚の中央部にマグネットコンパス,右舷側に主機遠隔操縦レバー,レーダー及び測深儀を,同棚後面中央部に舵輪を装備し,舵輪後方に操縦者用のいすと,同いす右舷側にも1個のいすを備え,操縦者席から主機遠隔操作及びレーダー監視ができるものであった。

3 牟岐港
 牟岐港は,佛埼と小張埼に挟まれた牟岐川河口に造成された港で,東西両岸から端部にそれぞれ灯台を設けた長さ300メートル及び200メートルの東及び西防波堤が築造され,両防波堤により構成された防波堤入口は可航幅150メートルで,東防波堤の南側250メートルのところに長さ230メートルの沖防波堤が,北東から南西方に築造されていた。
 そして,西防波堤基部から700メートル南方の佛埼までは,低潮時に干出する岩浜が広がり,同防波堤基部付近では,同干出岩浜が100メートル沖合まで拡延し,さらにその外側には浅所が散在していた。
 また,C社は,運航基準で,牟岐港に入航するにあたって視程500メートルを入航中止基準としていた。

4 事実の経過
 大生丸は,A及びB両受審人が2人で乗り組み,旅客14人を乗せ,船首0.80メートル船尾1.56メートルの喫水をもって,平成17年7月16日09時00分,同日の第3便として出羽島漁港を発し,牟岐港に向かった。
 発航時,A受審人は,出羽島の建物の見え方から,視程が運航基準で発航中止基準として定めた500メートルに近いことを知ったものの,この程度なら何とか牟岐港に入航できるものと判断し,B受審人を操舵に就け,出羽島漁港を発航したものであった。
 09時01分半A受審人は,出羽島港東防波堤灯台から270度(真方位,以下同じ。)20メートルの地点で,針路をほぼ牟岐港の西防波堤先端に向く356度に定め,機関回転数毎分1,700として10.5ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,折からの潮流により西方へ6度圧流されながら進行した。
 09時07分A受審人は,牟岐港港界まで600メートルとなる,牟岐港西防波堤灯台(以下「西防波堤灯台」という。)から185度1,100メートルの地点に至ったところで,水深の変化とレーダー画像から予定針路より西に圧流されていることを知り,このとき,前方500メートルにある佛埼を視認できず,視程が運航基準で牟岐港への入航中止基準とする500メートル以下となっていたが,運航基準を十分に理解しておらず,それまで何度もレーダーを使用して入航したことがあったことから,何とか入航できるものと思い,運航基準を遵守して牟岐港への入航を中止することなく,針路を000度に転じ,機関回転数毎分1,500として9.0ノットの速力で続航した。
 一方,B受審人は,発航後,前方を見ながら操舵に当たり,発航時から次第に視程が悪化するのを認めたが,それまで,何度も視界不良時にレーダーを使用して入航したことがあったので,牟岐港入航を中止して沖で視程の回復を待つようA受審人に進言しなかった。
 09時09分A受審人は,西防波堤灯台から189度580メートルの地点で,操舵室の外に出て佛埼東方200メートルのところに設置された定置網のブイを探したところ,左舷正横50メートルのところに同ブイを視認して佛埼に接近していることを知り,身振りで操縦者席のB受審人に右舵をとることを示したものの,B受審人は前方を向いて操舵に集中していてこれに気付かなかった。
 B受審人は,A受審人の身振りに気付かなかったものの,同人が操舵室の外に出て周囲を確認する様子から牟岐港に接近しているものと思って,A受審人に報告することなく自らの判断で機関回転数毎分1,200の6.0ノットに減速した。
 こうして,大生丸は,通常の航路より佛埼に寄ったまま000度の針路で東西両防波堤の間に向首することなく,6.0ノットの速力で牟岐港内に向けて進行し,A受審人は,操舵室の外で西防波堤南側に設置された定置網のブイを探していたところ,09時11分少し前,至近に西防波堤基部付近に拡延する干出岩浜を視認し,右舷船首至近に浅所があることを知らずに,身振りと声を合わせてB受審人に右舵一杯を指示した。
 B受審人は,A受審人の右舵一杯の指示を聞いたものの,いつものように操舵に就いている自らの判断で舵をとればよいものと考え,直ちに右舵一杯とせずに機関停止としただけで進行中,09時11分わずか前,前路間近に西防波堤を視認して右舵一杯としたが,09時11分西防波堤灯台から210度190メートルの地点において,045度に向首して4.0ノットの速力となったとき浅所に乗り揚げ,これを乗り切った。
 当時,天候は霧で風はほとんどなく,潮候は上げ潮の中央期で,視程は100メートルであった。
 乗揚の結果,キールに欠損を生じたが,のち修理された。
 乗揚後,A受審人は,自ら操船に当たって定係地に着岸して旅客を下船させたのち,事後の措置を行った。

(本件発生に至る事由)
1 乗組員が,運航基準を十分理解していなかったこと
2 船長が,視程500メートル以下となっても,今までどおりレーダーを使用すれば何とか入航できるものと思い,牟岐港入航を中止しなかったこと
3 操舵に当たる甲板員が,入航の中止を進言しなかったこと
4 船長が,明確な操船指示を行わなかったこと
5 日ごろから,操舵に就いた者が自らの判断で針路及び速力の変更を行い,船長に対する報告を行っていなかったこと
6 乗組員が,干出岩浜付近の浅所の存在を知らなかったこと
7 操舵に就いた甲板員が,直ちに船長の指示を実行しなかったこと

(原因の考察)
 本件は,視程が500メートル以下となった際,運航基準を遵守して牟岐港入航を中止し,視程が回復するまで待って入航していれば,浅所への接近に容易に気付いて発生しなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,運航基準の理解が不十分で,視程500メートル以下となっても,今までどおりレーダーを使用すれば何とか入航できるものと思い,牟岐港入航を中止しなかったこと及びB受審人が入航中止を進言しなかったことは,本件発生の原因となる。
 防波堤入口に接近する際,船長が,明確な操船指示を行わなかったこと,甲板員が直ちに船長の指示を実行しなかったこと,日ごろから,操舵に就いた者が自らの判断で針路及び速力の変更を行い,船長に対する報告を行っていなかったことは,入航を中止せず,牟岐港内に至ってからのことであり,本件発生の原因とはしないが,いずれも,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 干出岩浜付近の浅所の存在を知らなかったことは,同浅所が干出岩浜至近に存在し,通常の運航で同干出岩浜に接近することはないから,本件発生の原因とはならないが,公共交通の安全を図る観点から,航行海域付近の状況について,海図で確認するなどして十分に注意を払うことが求められる。

(海難の原因)
 本件乗揚は,出羽島漁港から牟岐港に向けて航行中,霧のため視界が狭められて視程が運航基準に定められた入航中止の条件に該当する状況となった際,運航基準の理解が不十分で,同基準が遵守されず,入航が中止されないまま牟岐港内の浅所に向首進行したことによって発生したものである。
 運航が適切でなかったのは,甲板員が同基準を遵守して入航を中止するよう進言しなかったことと,運航管理者でもある船長が運航基準を遵守せず,同港への入航を中止しなかったこととによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,出羽島漁港から牟岐港に向け航行中,霧のため視界が狭められて視程が運航基準に定められた入航中止の条件に該当する状況となったのを認めた場合,同基準を遵守して入航を中止すべき注意義務があった。しかしながら,同人は,レーダーを使用すれば何とか入航できるものと思い,入航を中止しなかった職務上の過失により,牟岐港内の浅所に向首進行して同浅所への乗揚を招き,キールに欠損を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は,操舵に就いて出羽島漁港から牟岐港に向け航行中,霧のため視界が狭められて視程が運航基準に定められた入航中止の条件に該当する状況となったのを認めた場合,同基準を遵守して入航を中止するよう進言すべき注意義務があった。しかしながら,同人は,それまで,何度も視界不良時にレーダーを使用して入航したことがあったので,何とか入航できるものと思い,入航の中止を進言しなかった職務上の過失により,同港内の浅所への乗揚を招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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