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平成18年神審第61号
件名

モーターボート サイドキック橋脚衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成18年9月29日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(工藤民雄,甲斐賢一郎,横須賀勇一)

理事官
阿部能正

受審人
A 職名:サイドキック船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
サイドキック・・・左舷側外板に破口,船長が多発肋骨骨折等,同乗者2人が左肩鎖関節脱臼,外傷性くも膜下出血等
二見大橋・・・北側橋脚西端部に擦過傷

原因
針路保持不十分

主文

 本件橋脚衝突は,針路の保持が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月15日停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成18年5月3日16時20分
 兵庫県東播磨港
 (北緯34度42.1分 東経134度52.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 モーターボート サイドキック
登録長 6.17メートル
機関の種類 電気点火機関
出力 103キロワット
(2)設備及び性能等
 サイドキック(以下「サ号」という。)は,平成元年10月に第1回定期検査を受検した,最大搭載人員11人の船外機付きFRP製モーターボートで,船体中央部に後方が開いた操舵室を設け,前面窓の上部中央に幅約12センチメートル長さ約25センチメートルのバックミラーが装備されていた。右舷側にある操縦席の前面には,舵輪,磁気コンパス,速力計,燃料計及び回転計などの計器類とGPS装置が,さらに同席右に機関の遠隔操縦ハンドルが備えられていた。
 また,操舵室外上方には,ステンレス製パイプ数本で組み立てられたウェイクボーダー引航用の構造物があり,後部パイプの中央にロープを係止するためのフックが取り付けられていた。
 速力は,機関の回転数毎分(以下,回転数については毎分のものを示す。)4,500のときが時速約40キロメートル(以下「キロ」といい,「時速」を省略する。),回転数3,000のときが約30キロ,回転数2,000のときが約20キロ,さらに回転数1,000のときが約10キロであった。

3 ウェイクボード
 ウェイクボードは,スノーボードに似た板状のボードを用いて行う水上スキーの一種で,ボードに乗ったウェイクボーダーが,モーターボートや水上オートバイから延出されたロープ端の握り棒を握り,ボード上に立った姿勢で引かれて滑走するものであった。
 当時,ボードは,長さ1.43メートル中央部の幅40.5センチメートルのものが,また,直径8ミリメートル長さ約21メートルの合成繊維製引き索が使用されていた。

4 本件発生海域
 本件発生海域は,港則法が適用される東播磨港の,望海公園南側陸岸と対岸の二見公共ふ頭北側との間の幅約200メートル長さ約2,200メートルの東西に細長い水路(以下「二見水路」という。)で,同水路の東端に東二見橋が,また中央西寄りには二見大橋がそれぞれ南北方向に架けられ,このうち二見大橋は100メートルの長さで,同橋北端から27.5メートル南側のところに幅2.8メートルの北側橋脚が,同橋脚から南側45.0メートルのところに南側橋脚がそれぞれ設置され,両橋脚間の水路を漁船や小型船が通航していた。

5 事実の経過
 サ号は,A受審人が1人で乗り組み,同乗者5人を乗せ,船首0.2メートル船尾1.0メートルの喫水をもって,平成18年5月3日16時00分望海公園南側の,東播磨港二見南防波堤灯台(以下「二見南防波堤灯台」という。)から315.5度(真方位,以下同じ。)2,240メートルの地点を発進した。
 ところで,A受審人は,当日,09時30分ごろ仕事仲間やその家族など12人ほどで望海公園南側に集合し,10時ごろ350ミリリットル入りの缶ビール1缶半ほどを飲んだのち,サ号ほか1隻のモーターボートとともに東播磨港南方沖合の家島諸島に向かい,同諸島男鹿島の民宿に到着して,更に350ミリリットル入りの缶ビール1缶半ほどを飲みながら皆で昼食をとり,ウェイクボードを楽しむことにしたが,潮の流れのため遊走に適さない海上模様であったことから,夕方,同公園南側の発航地に戻り,その後,ウェイクボードを行う目的で発進したものであった。
 A受審人は,これまでよく二見水路でウェイクボードを行ったことがあり,同水路が狭い水域で,漁船など他船が航行するところであることなど,水路事情をよく認識していたものの,当時,穏やかでウェイクボードを行うには適した海面状態で,しかも折から他船なども見当たらなかったことから,沖合の広いところで遊走せずに二見水路の狭い水域で行っていた。
 さて,ウェイクボーダーは,引かれて滑走する際,バランスを崩して転倒し,落水することが頻繁に起こることから,ウェイクボーダーを引いて滑走するモーターボートや水上オートバイの操縦者は,後方のウェイクボーダーの状態を常に確認しながら,適宜速力を調整して遊走する必要があり,A受審人は,このことをよく承知していたうえ,自分で見て確認した方がたやすいと考え,同乗者に対し,ウェイクボーダーの様子を逐次報告させるなどの措置をとっていなかった。
 発進後,A受審人は,ウェイクボーダーが乗ったボードを引いて二見大橋西側の水路内で東西に往復して遊走したのち,水路の中央付近で同乗者の1人を2人目のウェイクボーダーとして交替させ,二見大橋の東側水域まで遊走して戻るつもりで,16時18分半二見南防波堤灯台から313度2,160メートルの地点で,ウエットスーツに救命胴衣を着用したウェイクボーダーを引き索で船尾方に引き,機関を回転数1,000にかけ,10キロの速力(対地速力,以下同じ。)で,操縦席に腰を掛け操縦に当たって望海公園寄りに東行した。
 16時19分07秒A受審人は,二見南防波堤灯台から314.5度2,050メートルの地点に達し,望海公園南岸に60メートルばかりに近づいたとき,二見大橋の南,北両橋脚を確認したうえ,両橋脚間の中央に向ける131度の針路とし,まもなくウェイクボーダーが立ち上がったのを見て,16時19分28秒機関を回転数2,000に上げ,20キロの速力で進行した。
 A受審人は,16時19分43秒二見南防波堤灯台から315度1,950メートルの地点に差し掛かったとき,更に機関を回転数3,000に上げて30キロの速力とし,狭い水路を二見大橋の南,北両橋脚間のほぼ中央に向けて高速力のまま続航したが,バックミラーを有効に活用しないまま,右手で舵輪を握り,左後方に振り向いてウェイクボーダーの状況を確かめることに気をとられ,同大橋から目を離しているうちに針路の保持が不十分となり,少し左舵がとられて徐々に左転し,同大橋の北側橋脚に向かう状況となったが,このことに気付かなかった。
 こうして,A受審人は,30キロの速力で,二見大橋の北側橋脚に向首するようになったまま進行し,16時20分わずか前,船首方に振り返ったとき,間近に迫った同橋脚を認めて衝突の危険を感じ,急いで右舵一杯をとったが及ばず,16時20分二見南防波堤灯台から315.5度1,830メートルの地点において,サ号は,船首が150度に向いたとき,約30キロの速力をもって,その左舷側が二見大橋の北側橋脚西端部に衝突した。
 当時,天候は晴で風はなく,潮候は下げ潮の中央期にあたり,視界は良好で,海面は穏やかであった。
 衝突の結果,サ号は左舷側外板に破口を生じ,また,二見大橋は北側橋脚西端部に擦過傷を生じた。さらに,A受審人が多発肋骨骨折などを,同乗者2人が左肩鎖関節脱臼及び外傷性くも膜下出血などをそれぞれ負った。

(本件発生に至る事由)
1 飲酒していたこと
2 港内の狭い水域でウェイクボードを行っていたこと
3 同乗者に対し,ウェイクボーダーの様子を逐次報告させるなどの措置をとっていなかったこと
4 バックミラーを有効に活用していなかったこと
5 高速で航行していたこと
6 左後方に振り向いてウェイクボーダーの状況を確かめることに気をとられ,針路の保持が十分でなかったこと

(原因の考察)
 本件は,二見水路において,ウェイクボードを行って二見大橋の南,北両橋脚間の中央に向け遊走中,針路が保持されていたなら,発生していなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,バックミラーを有効に活用せず,左後方に振り向いてウェイクボーダーの状況を確かめることに気をとられ,針路の保持が十分でなかったことは,本件発生の原因となる。
 A受審人が,同乗者に対し,ウェイクボーダーの様子を逐次報告させるなどの措置をとっていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,後方を確認できる前示の手段があったことから,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 また,A受審人が,高速で航行していたことも,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,そのことが針路の保持に直接関与したとは認められないことから,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,港則法では,港内及び港の境界付近においては,他の船舶に危険を及ぼさないような速力で航行しなければならないことが規定されており,法令の遵守及び海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 さらに,A受審人が,船舶交通の輻湊する東播磨港内,二見水路の狭い水域でウェイクボードを行ったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,同水域でのウェイクボードが原則禁止されていないことなどから,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,同水域はウェイクボードを楽しむための適当なところとは考えられず,港内の交通秩序の維持及び海洋レジャー安全確保の見地から,狭い港内での遊走は差し控えられるべき事項である。
 A受審人が,ウェイクボードを行う前に飲酒していたことは,飲酒量の多寡にかかわらず,回避すべきである。

(海難の原因)
 本件橋脚衝突は,東播磨港の二見水路において,ウェイクボードを行って二見大橋の南,北両橋脚間に向け遊走中,針路の保持が不十分で,二見大橋の北側橋脚に向かって進行したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,東播磨港の二見水路において,ウェイクボーダーを引き二見大橋の南,北両橋脚間の中央に向け遊走する場合,橋脚に向かうことのないよう,針路の保持を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同受審人は,バックミラーを有効に活用しないまま,右手で舵輪を握り,左後方に振り向いて船尾方のウェイクボーダーの状況を確かめることに気をとられ,針路の保持を十分に行わなかった職務上の過失により,二見大橋の北側橋脚に向かっていることに気付かずに進行し,同橋脚との衝突を招き,サ号の左舷側外板に破口を,二見大橋の北側橋脚に擦過傷をそれぞれ生じさせたほか,自らが多発肋骨骨折などを,また同乗者2人が左肩鎖関節脱臼及び外傷性くも膜下出血などをそれぞれ負うに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月15日停止する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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