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平成18年神審第24号
件名

モーターボート ラブリー ベル ゴムボート(船名なし)衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成18年9月7日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(加藤昌平,雲林院信行,横須賀勇一)

理事官
黒田敏幸

受審人
A 職名:ラブリー ベル船長 操縦免許:小型船舶操縦士
指定海難関係人
B 職名:ゴムボート(船名なし)操縦者

損害
ラブリー ベル・・・右舷船首部に擦過傷
(船名なし)・・・左舷チューブに擦過傷,操縦者が左下腿切断,同部皮膚壊死,右足関節内顆骨折,同乗者が頸椎捻挫,腰背部打撲

原因
ラブリー ベル・・・見張り不十分,至近で転針したこと

主文

 本件衝突は,ラブリー ベルが,見張り不十分で,漂泊中のゴムボート(船名なし)に向けて,至近のところから転針して進行したことによって発生したものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を3箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年6月24日11時51分
 和歌山県和歌山下津港海南区
 (北緯34度08.9分 東経135度10.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 モーターボート ラブリー ベル ゴムボート(船名なし)
総トン数 8.5トン  
全長 15.35メートル 2.75メートル
機関の種類 ディーゼル機関 電気点火機関
出力 364キロワット 1キロワット
(2)設備及び性能等
ア ラブリー ベル
 ラブリー ベル(以下「ラ号」という。)は,平成11年4月に進水したFRP製モーターボートで,船体中央やや船尾寄りに船室及び操舵室を配し,操舵室内には,前部右舷寄りに,レーダー,GPSプロッター,魚群探知機,自動操舵装置,マグネットコンパス,舵輪,主機遠隔操縦装置,主機回転計,水温計,電圧計,ウインドラス遠隔操作装置及びバウスラスター操作装置を装備した操舵コンソールを備え,同コンソール後方に操縦席を配していた。
イ ゴムボート(船名なし)
 ゴムボート(船名なし)(以下「B号」という。)は,ミニボートと呼称される,船舶検査及び操縦者の小型船舶操縦免許取得を求められない,船尾端にリコイルスタータ式船外機を装備した,チューブ径36センチメートルのポリ塩化ビニル製膨張式ボートで,船尾寄りにスウォートを有し,重さ5キログラムの錨,直径10ミリメートル長さ50メートルの合成繊維製錨索及び手漕ぎ用のオール2丁を備えていた。
 そして,大人2人が乗り込んだ状態で,オールで漕いだときの速力は毎時7ないし8キロメートル,船外機を使用したときには,それより少し遅いものであった。

3 海南区
海南区は,和歌山下津港内の和歌浦湾東南部にあり,北側を,鉄鋼関連工場及び火力発電所等が立地した埋立地と同埋立地西方に接続するCと称する大規模レジャー施設に,東側を,石油精製工場が立地した埋立地,南側を,海南市の陸岸に挟まれた,西方に開いた港区で,同区の奥から第1区及び第2区とされ,Cの南西端から南方に延びる防波堤の外側は和歌山下津港外港となっていた。

4 事実の経過
 ラ号は,A受審人が1人で乗り組み,試運転の目的で,船首0.7メートル船尾1.2メートルの喫水をもって,平成17年6月24日11時40分海南区第1区にあるD社前の岸壁を発し,沖合に向かった。
 ところで,A受審人は,同日午後ラ号購入前の下見に来る客を同乗させて説明する予定となっていたので,同船の各機器の作動確認を行うために試運転に出たもので,D社では,5トン以上のボートを試運転する場合には,多数の機器の作動確認を行いながら操船することから,通常2人で乗船することとしていたものの,同日は同僚が忙しかったために,同人が単独で乗り組んで発航したものであった。
 発航後,A受審人は,操縦席に座って手動操舵により操船に当たり,前示岸壁前面付近で,海水ポンプ,レーダー等の航海計器及びバウスラスター等の作動確認を行いながらゆっくりと進行し,11時49分海南北防波堤灯台(以下「北防波堤灯台」という。)から105度(真方位,以下同じ。)300メートルの地点で,針路を280度に定め,機関を回転数毎分1,800にかけて18.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で進行した。
 定針したとき,A受審人は,周囲を一瞥して他船を認めなかったことから,平日なのでプレジャーボートが出ておらず,前路に支障となる他船はいないものと思い,その後,主機回転計の回転数とGPSプロッターの速力表示を比較していて,前路の見張りを十分に行うことなく,11時49分半少し過ぎ北防波堤灯台から270度100メートルの地点に至り,機関を回転数毎分2,000にかけ,21.5ノットの速力に増速して続航した。
 11時50分少し過ぎA受審人は,北防波堤灯台から276度450メートルの地点に達したとき,右舷船首2度500メートルのところにB号が漂泊中で,同号と20メートルの距離を隔てて航過する態勢となっていたが,依然として,前路の見張りを十分に行っていなかったので,このことに気付かず,同一針路,速力で進行中,11時51分わずか前,C西端にほぼ並航したので,和歌山下津港外港の広い海域に向けようと右転して針路を315度に転じたところ,B号に向首進行する態勢となり,11時51分北防波堤灯台から280度950メートルの地点において,ラ号の右舷船首部がB号の左舷側チューブに後方から平行に衝突した。
 当時,天候は晴で風はなく,潮候は下げ潮の末期であった。
 A受審人は,衝突に気付かずに続航し,試運転を終えて帰社後,海上保安庁からの連絡で,衝突の事実を知った。
 また,B号は,B指定海難関係人が操縦者として乗り組み,弟を同乗させ,釣りの目的で,船首0.05メートル船尾0.10メートルの喫水をもって,救命胴衣を着用せず,有効な音響による信号を行うことができる手段を講じないまま,同日09時00分海南区北側の和歌山市毛見埼の海岸を発航した。
 B指定海難関係人は,何度か釣場を移動したのち,10時05分北防波堤灯台から297度800メートルの地点で,水深6メートルのところに錨を投じて錨索を20メートル延出し,他船から発見されやすくするための標識として自船に積んでいた黄色の旗をポールに掲げることなく,釣りを始めたのち,10時20分下げ潮に乗じて釣りを行おうと,錨索を縮めて錨を吊った状態として漂泊し,同乗者を船首部に座らせ,自らは船尾部のスウォートに腰を下ろして左舷側を向いた姿勢となって,ゆっくり南西方に流されながら釣りを行った。
 11時48分B指定海難関係人は,衝突地点付近まで流されて315度に向首していたとき,第1区から白波を立てて沖合に向け進行するラ号を初めて認め,その後,同船が北防波堤付近で少し右転して自船にほぼ向首する態勢となったので,同船の動静監視を行いながら釣りを続けた。
 11時50分わずか過ぎB指定海難関係人は,右舷船尾33度500メートルのところで,ラ号が右舷側を見せて自船の船尾方20メートルほどの距離で航過する態勢となっているのを認め,航走波の影響を受けることがあると思い,動静監視を継続していたところ,11時51分わずか前同船が突然右転し,自船に向首して衝突の危険を生じさせたことを認めたが,どうすることもできず,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,ラ号の右舷船首部及びB号の左舷チューブにそれぞれ擦過傷を生じ,衝突の衝撃で海中転落したB指定海難関係人が,ラ号と接触して左下腿切断,同部皮膚壊死及び右足関節内顆骨折を,同乗者が,頸椎捻挫及び腰背部打撲を負った。

(航法の適用)
 B号は,ミニボートと呼称される,船舶安全法に定める船舶検査並びに船舶職員及び小型船舶操縦者法に定める小型船舶操縦免許の取得を求められない船舶であるが,海上衝突予防法第3条第1項に規定する水上輸送の用に供する船舟類に該当し,同法の適用を受けることとなる。
 また,本件は,港則法適用港の和歌山下津港海南区において,漂泊中のB号と航行中の動力船であるラ号が衝突したものであるが,同法に,漂泊船と航行中の動力船との間の航法についての規定はなく,海上衝突予防法にも両船間の航法についての規定はないから,船員の常務によって律することとなる。

(本件発生に至る事由)
1 ラ号
(1)試運転のために,単独で乗り組んで発航したこと
(2)高速力で港内を航行したこと
(3)見張りを十分に行わなかったこと
(4)B号に至近のところから転針して進行したこと

2 B号
(1)発航時に有効な音響による信号を行うことができる手段を講じなかったこと
(2)他船から発見されやすくするための標識を掲げなかったこと

(原因の考察)
 ラ号が,前路の見張りを十分に行っていれば,漂泊中のB号を視認でき,同号に向けて転針して衝突の危険を生じさせることはなく,本件の発生はなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,見張りを十分に行わず,至近のところからB号に向けて転針して衝突の危険を生じさせたことは,本件発生の原因となる。
 ラ号が高速力で港内を航行したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,そのことが見張りを妨げるものではないから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,船舶の輻輳する港内及びその付近では,航走波等により自船及び他船に危険を生じさせるおそれがあることから,港内及び港の境界付近においては,他の船舶に危険を及ぼさないような速力で航行しなければならないと定めた港則法第16条に違反するものであり,法令遵守及び海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 単独で乗り組んで発航したことは,A受審人が操縦席に座った姿勢で操船しており,見張りを妨げるものはなく,機器の監視作業を行いながら見張りを行うことは可能であったと認められるから,本件発生の原因とはならないが,試運転を行うに当たっては,十分な見張りが実施できるよう,D社が通常行っていたように2人で乗り組むことが望まれる。
 一方,B号が,有効な音響による信号を行うことができる手段を講じなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,ラ号の転針から本件発生まで数秒のことであり,同手段を講じていたとしても,相手船に衝突の危険を生じさせたことを知らせて避航を促し,衝突を回避する時間的,距離的余裕はなかったと認められるから,本件発生の原因とはしない。しかしながら,海難防止の観点から,同手段を講じておくよう是正されるべき事項である。
 他船から発見されやすくするための標識を掲げなかったことは,本件時視界良好で,ラ号が見張りを十分に行っていれば,B号を視認できたものと認められるから,本件発生の原因とはならない。しかしながら,B号が所持していた黄色の旗を長さ2メートルのポールに掲げることは,他船から,小型船舶よりさらに小さいミニボートである同号の視認を助けるものと認められ,実施することが望まれる。

(海難の原因)
 本件衝突は,和歌山下津港海南区において,試運転のため沖合に向けて航行中のラ号が,見張り不十分で,前路で漂泊中のB号に向けて,至近のところから転針して進行したことによって発生したものである。

(受審人等の所為)
 A受審人は,和歌山下津港海南区において,試運転のために航行する場合,前路で漂泊中のB号を見落とすことのないよう,見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,機器の監視作業に気をとられて,前路の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,近距離で航過する態勢のB号の存在に気付かずに進行し,同号に向けて,至近のところから転針して衝突を招き,ラ号の右舷船首部及びB号左舷チューブに擦過傷を生じさせ,B号操縦者を海中転落させて左下腿切断,同部皮膚壊死及び右足関節内顆骨折を,同号同乗者に頸椎捻挫及び腰背部打撲を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を3箇月停止する。
 B指定海難関係人の所為は,本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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