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平成18年長審第5号
件名

旅客船フェリーたかしま2桟橋衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成18年7月12日

審判庁区分
長崎地方海難審判庁(吉川 進,長浜義昭,尾崎安則)

理事官
千葉 廣

指定海難関係人
A 職名:B社サービス員

損害
船首ランプゲート下部外板に亀裂を伴う凹損,船首中央防舷材部にペイント剥離

原因
機関整備業者サービス員・・・機関長に航行中主機のリモコン装置の回路に触れるのを禁止されたことを遵守しなかったこと,回路図での確認を十分に行わなかったこと

主文

 本件桟橋衝突は,機関整備業者のサービス員が,沖修理で主機の温度センサー取替え後の手直しに当たり,機関長に,航行中遠隔操縦装置の回路に触れるのを禁止されたことを遵守しなかったばかりか,図面での確認が不十分で,主機発停ハンドル回路の端子を外し,入航中,主機が停止して操船不能になったことによって発生したものである。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年12月2日17時35分
 長崎県青島漁港
 (北緯33度24.7分 東経129度41.4分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船フェリーたかしま2
総トン数 162トン
全長 32.06メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 882キロワット
回転数 毎分900
(2)設備及び性能等
 フェリーたかしま2(以下「たかしま2」という。)は,平成14年7月に進水した旅客船兼自動車航送船で,長崎県松浦港と青島及び鷹島とを結ぶ航路に就航していた。
 たかしま2は,上甲板に車両甲板と船尾のバリアフリー客室を,ウィンチ甲板を挟んで最上段のプロムナード甲板に船橋と客室を,また,上甲板下には,船首タンク,スラスター室,燃料タンク,機関室等をそれぞれ配置していた。
 主機は,C社が製造した6DKM-20型と呼称するディーゼル機関で,油圧クラッチ付減速機によって前後進を切り換え,遠隔操作機能と運転監視機能とを併せた遠隔操縦装置(以下「リモコン装置」という。)を装備していた。
 リモコン装置は,機関室にある主機の発停ハンドルが操作されると,同ハンドル付スイッチが電気的に開閉して主機を始動又は停止し,船橋のテレグラフハンドルの動きに合わせてクラッチの嵌脱と回転数の増減とを行い,潤滑油圧力異常低下又は過速度の際に強制的に主機を自動停止する保護のほか,主機,減速機等の主要部の温度や圧力など多数の項目を監視し,それらが設定範囲を外れると船橋及び機関室のモニターで警報を発するようになっていた。
 リモコン装置は,主制御回路が機関室警報盤に納められ,船橋の操縦盤にテレグラフハンドルが置かれ,主機本体のセンサーやスイッチ類が,5箇所の端子箱を通してそれらと結線されていた。
 端子箱は,始動と停止,及び増減速など遠隔操作に関わるものについては,1番シリンダ右舷側のMJ1と呼ばれるものが,また,温度や圧力などの運転状況の監視につながる回路については,6番シリンダ右舷側のMJ2と呼ばれるものがそれぞれ主制御回路と接続していた。
 海上試運転成績書によれば,前進4.5ノットから後進全速にかけたときの停止距離が90メートルであった。
(3)温度センサー
 主機の運転状況監視のための温度測定は,白金製の測温抵抗体が温度センサーとして使用され,電気抵抗値を温度に換算して行われるものであった。
 過給機出口など排気ガス温度を測定するセンサーは,排気管にねじ込まれた円筒形保護筒に内蔵され,保護筒上部で端子箱からの計装線3本が皿小ねじで接続されていた。そして,経年使用で測温抵抗体が断線したり,保護筒との絶縁が低下すると,リモコン装置で監視装置システム異常(以下「システム異常」という。)の警報が発せられるようになっていた。
(4)運航ダイヤ
 たかしま2は,長崎県松浦市鷹島町の阿翁浦漁港を始発地として,黒島漁港,船唐津漁港,青島漁港及び松浦港を1日3往復する航路に就航し,運航ダイヤの中で午前中から正午過ぎにかけて約1時間の時間調整が2回,午後には約30分間の時間調整が2回設けられ,その間は主機を停止していた。

3 事実の経過
(1)温度センサーの劣化と取替え
 たかしま2は,平成16年9月ごろ,ときどきリモコン装置にシステム異常の警報が発せられるようになり,その発生頻度が徐々に増加したので,機関長が,異常箇所の確認を行い,その結果,警報の表示が,主機の過給機出口排気管に取り付けられた温度センサーの抵抗値異常によることが判明した。
 機関整備業者B社は,船舶所有者D社の依頼で前示温度センサー仕組を発注して11月下旬に納品されたので,12月1日A指定海難関係人に同仕組を現装備品と取り替えるよう,指示した。
 A指定海難関係人は,主機のリモコン装置のうち警報関係の回路図を準備し,工具と温度センサー仕組とを所持して翌2日朝松浦港に向かったが,温度センサーに接続される計装線の圧着端子の予備を持参しなかった。
 たかしま2は,06時20分阿翁浦漁港発の第1便が,各港を経て08時32分松浦港に着桟し,主機を停止した。
 A指定海難関係人は,たかしま2を訪船し,機関長と打ち合わせて機関室に入り,主機の過給機出口排気管に装着された温度センサーを保護筒ごと取り外すために,保護筒上部を開いてリモコン装置につながる端子を外す作業に取りかかった。
 ところで,過給機出口排気管の温度センサーは,摂氏350度を超える温度に曝されており,端子の締付部が高温によって焼付き状態になっていた。
 A指定海難関係人は,温度センサーの計装線3本のうち1本の皿小ねじを弛めることができず,出港時刻も迫っていたので,計装線を切断して温度センサーを撤去し,新しい温度センサーを取り付け,圧着端子を外した計装線を撚(よ)って皿小ねじに巻き付け,取替作業を終えた。
(2)温度センサーの接続確認
 リモコン装置は,出港時刻の10時近くになってようやくモニター電源が投入されたが,直ちにシステム異常の警報が発せられた。
 たかしま2は,出港に備えて主機が始動されており,機関長が,同警報は温度センサーによるもので運転に支障ないと判断して船長に機関用意の応答をし,数分遅れで松浦港を発した。
 A指定海難関係人は,次の調整時間に原因調査をすることとしてたかしま2に便乗し,B社の上司に,温度センサーを新替えしてもシステム異常の警報が消えないことと,船に残って不具合を手直しする旨を電話で報告した。
 たかしま2は,11時15分阿翁浦漁港に入港し,主機が停止されたのち,温度センサーの接続状態が点検され,巻き付けた線が外れているのが分かった。
 A指定海難関係人は,機関長が近くの事業所から譲り受けてきた圧着端子を短くなった線に取り付け,温度センサーに接続し直したが,長さが不揃いになった計装線が保護筒と接触しないよう配慮しなかったので,長いままの線の圧着端子が保護筒に接触したことに気付かなかった。
 たかしま2は,リモコン装置のモニター電源が投入されると,相変わらずシステム異常の警報が発せられ,計装線の接続の入替えなどが試みられたが,保護筒と接触していたので警報が解除されず,引き続き警報が表示されたまま運航された。
 A指定海難関係人は,上司を通じてリモコンメーカーに点検箇所のアドバイスを求め,その結果,計装線の接地抵抗又は温度センサーの抵抗値が適正であるか確認するよう示され,16時45分松浦港で主機停止後,温度センサーの計装線が経由している端子箱を図面で確認することなく,偶然目に入った端子箱MJ1を開き,端子箱MJ2の過給機出口排気温度のものと同じ番号の端子を外し,テスターで計測したものの,主機発停ハンドル付スイッチの計測をしていることに気付かず,結局警報の原因を突き止めることができなかった。そこで,機関長に申し出て,当日最終便として阿翁浦漁港に着いたのちに詳細に点検する許可を得たが,航行中主機のリモコン装置の回路に触れることを禁止された。
(3)衝突に至る経緯
 たかしま2は,端子箱MJ1の復旧ののち主機が始動され,船長,機関長及び機関員の3人が乗り組み,A指定海難関係人が作業のために便乗し,旅客29人を乗せ,船首1.72メートル船尾2.85メートルの喫水をもって,17時15分松浦港を発して青島漁港に向かい,17時30分ごろ主機を回転数毎分500に減速し,約5.5ノットの速力で青島漁港の防波堤に近づいた。
 そのころ,機関室に残っていたA指定海難関係人は,松浦港で主機停止中に端子箱で計測したのに対して,主機運転中に計測すれば不良箇所が確認できると考え,温度センサーの端子であれば,主機運転中に外しても問題ないものと思い,機関長に禁止されたことを遵守することなく,再び端子箱MJ1を開き,なおも温度センサーの計装線が経由している端子箱を図面で確認しないまま主機発停ハンドル付スイッチ回路の端子を外した。
 こうして,たかしま2は,船首に機関員,船尾に機関長がそれぞれ入港配置に就き,魚固島灯台から236度(真方位,以下同じ。)1.3海里の青島漁港桟橋に向かっていたところ,テレグラフ前進位置のまま主機を停止する回路が作動し,直ちにガバナによって減速され,クラッチ離脱回転数になってクラッチが中立になったのち,17時34分同桟橋東端から145度90メートルの地点で,主機が停止して操船不能となり,船長が桟橋に向けて既に左回頭していたところで後進に入らないことに気付き,インターホンを通じて機関長に点検を命じるとともに桟橋が迫っていたことから,船内放送で旅客に注意を促したが,17時35分たかしま2は,約2.5ノットの速力で桟橋東端に衝突した。
 当時,天候は晴で風力1の北東風が吹き,海上は穏やかであった。
 衝突の結果,たかしま2は,船首ランプゲート下部外板に亀裂を伴う凹損を,船首中央防舷材部にペイント剥離をそれぞれ生じたが,のち修理された。
 たかしま2は,主機発停ハンドル付スイッチ回路が元に戻されたうえ,排気温度センサー計装線が保護筒と接触しているのが判り,正規の接続が行われた。

(本件発生に至る事由)
1 圧着端子の予備を持参しなかったこと
2 長さが不揃いになった計装線が保護筒と接触しないよう配慮しなかったこと
3 温度センサーの計装線が経由している端子箱を図面で確認しなかったこと
4 機関長に禁止されたことを遵守せず,航行中主機発停ハンドル付スイッチ回路の端子を外したこと

(原因の考察)
 本件は,長崎県青島漁港に入航中,機関整備業者のサービス員が,機関長に禁止された作業を行ったばかりか,同作業で主機発停ハンドル付スイッチ回路の端子を温度センサーにつながるものと誤認して外し,主機が停止して操船不能となったことによって発生したものである。
 A指定海難関係人は,温度センサーについて詳細な点検を申し出た際,機関長から,主機のリモコン装置の回路に触れることを禁止されており,それを遵守して最終便後まで待てば,主機が停止して操船不能となる事態を招かず,本件発生は防止できたものである。
 したがって,A指定海難関係人が,機関長に禁止されたことを遵守せず,航行中主機発停ハンドル付スイッチ回路の端子を外したことは,本件発生の原因となる。
 本件では,前示のとおり,運航の安全上,点検作業に付随して異常信号など不測の事態を生じさせぬことが優先され,機関長に禁止されたことを遵守すべきではあったが,それを踏み込んだA指定海難関係人が,図面で温度センサーの計装線につながる端子箱を探し,その中の番号を確認しておれば,当該端子を外しても主機は停止せず,操船不能の事態に陥ることはなかったとも認められる。
 したがって,A指定海難関係人が,温度センサーの計装線が経由している端子箱を図面で確認しなかったことは,本件発生の原因となる。
 沖修理に当たって,圧着端子の予備を持参しなかったことは,計画していた時間以内に取替作業を終えるために,弛めることができなかった圧着端子の計装線を長さ不揃いで切断せざるを得なくなったことにつながり,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,端子を弛める方法を再検討して後日改めてやり直すなどの方法があったのであるから,本件発生と相当な因果関係はない。しかしながら,このことは,海難防止上の観点から是正されるべき事項である。
 また,長さが不揃いになった計装線が保護筒と接触しないよう配慮しなかったことは,その後も警報が続いて計装線の抵抗計測などを要することになり,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,このことも計装線の長さを揃えてから改めて圧着端子を取り付けて組み立てることもできたのであるから,本件発生と相当な因果関係はない。しかしながら,このことは,海難防止上是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件桟橋衝突は,機関整備業者のサービス員が,沖修理で主機の温度センサー取替え後の手直しに当たり,機関長に,航行中主機のリモコン装置の回路に触れるのを禁止されたことを遵守しなかったばかりか,回路図での確認が不十分で,主機発停ハンドル回路の端子を外し,長崎県青島漁港に入航中,主機が停止して操船不能になったことによって発生したものである。

(指定海難関係人の所為)
 A指定海難関係人が,沖修理で温度センサー取替え後の手直しに当たり,機関長に,航行中主機のリモコン装置の回路に触れるのを禁止されたことを遵守しなかったばかりか,回路図での確認を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 A指定海難関係人に対しては,本件後運航中の作業を行わないよう,また作業時に図面での確認を行うよう徹底していることに徴し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図





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