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平成17年第二審第34号
件名

水上オートバイ アップルハウス被引浮体乗客負傷事件
[原審・横浜]

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成18年8月10日

審判庁区分
高等海難審判庁(山田豊三郎,岸 良彬,大須賀英郎,長谷川峯清,佐野映一)

理事官
井上 卓,山本哲也

受審人
A 職名:アップルハウス船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
a

第二審請求者
補佐人a

損害
乗客1名が外傷性脳内血腫,頭蓋骨骨折,頚椎捻挫等

原因
落水時の安全措置不十分

主文

 本件乗客負傷は,被引浮体の乗客に対する落水時の安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年8月1日17時01分
 神奈川県逗子湾
 (北緯35度17.4分 東経139度34.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 水上オートバイ アップルハウス
登録長 2.66メートル
機関の種類 電気点火機関
出力 95キロワット
(2)設備及び性能等
ア アップルハウス
 アップルハウス(以下「ア号」という。)は,平成12年7月にB社が製造した1100STXD.I.型と称する,乗艇定員3人のウォータージェット推進式FRP製水上オートバイで,艇体中央部の座席に跨乗(こじょう)し,ハンドルを握って操縦するようになっており,ハンドル左グリップに機関のスターターとストップスイッチが,同右グリップにスロットルが,ハンドル中央部前面の艇体にデジタル表示式の速力計,機関回転計,燃料計などを一体化したマルチファンクションメーターがそれぞれ取り付けられていた。
イ 被引浮体
 被引浮体(以下「バナナボート」という。)は,空気で膨張させた黄色ビニール製5人乗りの遊具で,両端が円錐形をした直径0.65メートル長さ5.30メートルの円筒形の本体両側下部に,足置きとして直径0.3メートルの円筒形の浮体が長さ方向に取り付けられており,乗客は,本体に跨(またが)って両足を足置きに乗せ,本体上部に0.7メートル間隔で取り付けられた化学繊維製の持ち手に両手でつかまり,本体前端下部の左右のリングに取り付けた曳航索でア号に引かれ,海上を遊走する爽快感や落水のスリルを楽しむものであった。

3 逗子湾
 逗子湾は,相模灘に面して西方に開口し,北側,東側及び南側の三方を陸地に囲まれ,湾奥東部の南北方向の海岸が長さ約800メートルの砂浜で,その中央部の長さ約600メートルの砂浜部分の海岸から沖合約200メートルまでの範囲が逗子海水浴場の遊泳区域(以下「海水浴場」という。)となっており,その境界には多数の浮きにロープを通した標識が設置されていた。

4 事実の経過
 ア号は,A受審人が1人で乗り組み,後部座席に後方の見張り員1人を乗せ,4人の客を乗せたバナナボートを長さ18メートルの曳航索で船尾に引き,遊走の目的で,船首尾とも0.3メートルの喫水をもって,平成16年8月1日16時59分葉山港A防波堤灯台(以下「A灯台」という。)から055度(真方位,以下同じ。)920メートルの地点に当たる海水浴場南側の海岸を発し,その後方に従業員1人が乗り組んだ支援用の水上オートバイを配置して追走させ,海水浴場西方沖合の遊走水域に向かった。
 ところで,A受審人は,4年前からバナナボートの遊走を営んでおり,これまで落水時に乗客同士の腕や足などがぶつかることがあることは知っていたが,頭部を負傷させたことがなかったことから,乗客に泳げるか否かを確認するとともに,骨折などの負傷をすることもあるので,はしゃぎ過ぎないように口頭で注意を与え,保護具としては救命胴衣を着用させただけで,ウォータースポーツ用ヘルメット又はヘッドギア等の頭部保護具を着用させるなど,乗客に対する落水時の安全措置を十分にとっていなかった。
 そして,A受審人は,海水浴場の南側境界線と,その南方の田越川の河口から同境界線にほぼ平行に西方へ伸びる導流提との間の,幅約180メートルの水域がバナナボートやウインドサーフィンなどの発着水域となっていることから,同水域を航行するときは低速力で徐行することとしており,海水浴場の西方沖合に至ったところで一旦停止し,乗客に落水させるような走り方をするか否かなどについて要望を聞き,その後,その要望に沿って本格的な遊走を開始することとしていた。
 こうして,A受審人は,いずれも水着姿の上に救命胴衣を着用させた20歳代前半の男性2人及び女性2人の乗客で,バナナボートに乗るのが初めての男性と女性,約10回目の女性,2回目の男性を前からその順に乗せ,ア号を操縦して同ボートを曳航し,前示発進地点から海水浴場の南側境界線に沿って西方へ時速5キロメートル(対地速力,以下「キロ」という。)ないし10キロの速力で進行し,17時00分半A灯台から048度780メートルの地点で,バナナボートが海水浴場の南西端を示す標識に接触しないよう,同ボートの旋回時の予想航跡より若干大まわりで右転を始めた。
 17時01分少し前A受審人は,A灯台から045度780メートルの地点に達したとき,右転を終えて針路を349度に定め,15キロの速力から徐々に加速しながら,もう少し北方に定めていた本格的な遊走開始地点に向かって進行した。
 バナナボートは,17時01分A灯台から041度830メートルの地点において,速力が25キロに上がったとき,西方からのうねりを左舷横方向から受けて持ち上げられるとともに右舷側に傾斜し,これに加速による慣性力も加わり,乗客全員が同ボートの右舷側後方に落水したところ,前から2番目の女性客の上に3番目の女性客が落ち,その女性客同士の頭部がぶつかった。
 当時,天候は晴で,風力3の南風が吹き,潮候は上げ潮の末期にあたり,西方の湾口から入ってくる小さなうねりがあった。
 A受審人は,後部座席の見張り員から乗客の落水を知らされて,直ちに落水地点に戻り,引き続き搭乗を希望する男性客2人をバナナボートに乗せて遊走を再開する一方,女性客2人を後方支援の水上オートバイに収容させ,両女性客の要望で同オートバイをその付近に待機させたまま,バナナボートでの遊走を終えたのち,女性客2人を乗せた水上オートバイを先行させ,男性客2人を乗せたバナナボートを曳航して海水浴場南側の海岸に戻った。
 その結果,前から2番目に乗っていた女性客が,左耳から出血し始め,間もなく手配された救急車により病院に搬送され,2週間の入院治療を要する外傷性脳内血腫,頭蓋骨骨折,頸椎捻挫等と診断された。

(本件発生に至る事由)
1 落水時に乗客同士の腕や足などがぶつかることがあることは知っていたが,頭部を負傷させたことがなかったことから,乗客に救命胴衣を着用させただけで,頭部保護具を着用させるなど,乗客に対する落水時の安全措置を十分にとらなかったこと
2 右転後,直進に移って加速しながらバナナボートを曳航したこと

(原因の考察)
 本件は,客を乗せたバナナボートをア号で引いて遊走する際,乗客に頭部保護具を着用させていれば,発生しなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,落水時に乗客同士の腕や足などがぶつかることがあることは知っていたが,頭部を負傷させたことがなかったことから,乗客に救命胴衣を着用させただけで,頭部保護具を着用させるなど,乗客に対する落水時の安全措置を十分にとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 右転後,直進に移って加速しながらバナナボートを曳航したことは,加速といっても10数秒かけて15キロから25キロへ速力を上げたもので,落水させる要素の一つになったと考えられるが,急加速のような危険な操縦をしたものとは認められず,この加速をもって本件負傷の原因とするまでもない。
 なお,頭部保護具については,バナナボートなどのマリンレジャー用の規格品としての頭部保護具は開発されておらず,また,同保護具の着用を義務付けた法規制又は曳航指導もなされていないものの,他の地域でも同様の頭部負傷事故が発生しており,一部の事業者ではヘッドギア等の頭部保護具を着用させているところもあることを勘案すれば,事業者には,乗客に頭部保護具を着用させるなどの安全措置をとることが望まれる。

(海難の原因)
 本件乗客負傷は,神奈川県逗子湾において,客を乗せたバナナボートを引いて遊走する際,頭部保護具を着用させるなど,乗客に対する落水時の安全措置が不十分で,乗客同士の頭部が落水時にぶつかったことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人が,神奈川県逗子湾において,客を乗せたバナナボートをア号で引いて遊走する際,頭部保護具を着用させるなど,乗客に対する落水時の安全措置を十分にとらなかったことは,本件発生の原因となる。しかしながら,このことは,当時,A受審人が急加速や急旋回などの危険な操縦を行ったわけではないこと,並びにバナナボートなどのマリンレジャー用の規格品としての頭部保護具が開発されていないこと及び頭部保護具の着用を義務付けた法規制又は曳航指導などが行われていないことに徴し,A受審人の職務上の過失とするまでもない。
 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文 平成17年11月1日横審言渡
 本件被引浮体乗客負傷は,乗客の落水に対する安全措置が十分にとられなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。


参考図
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