日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2006年度(平成18年度) >  乗揚事件一覧 >  事件





平成17年第二審第36号
件名

貨物船第八勇進丸乗揚事件
[原審・神戸]

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成18年9月29日

審判庁区分
高等海難審判庁(保田 稔,上中拓治,山田豊三郎,長谷川峯清,織戸孝治)

理事官
平田照彦

受審人
A 職名:第八勇進丸船長 海技免許:五級海技士(航海)
B 職名:第八勇進丸一等航海士 海技免許:四級海技士(航海)(履歴限定)

第二審請求者
理事官 佐野映一

損害
フォアピークタンク船底外板に亀裂を伴う凹損

原因
居眠り運航防止措置不十分

主文

 本件乗揚は,居眠り運航の防止措置が不十分であったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年2月23日20時30分
 和歌山県地ノ島北岸
 (北緯34度18.0分 東経135度03.4分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船第八勇進丸
総トン数 491トン
全長 67.71メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,323キロワット
(2)構造,設備及び性能等
 第八勇進丸(以下「勇進丸」という。)は,昭和63年4月に進水した船尾船橋型の鋼製砂利採取運搬船で,水線下には,概略前方から,フォアピークタンク,バウスラスタールーム,ボイドスペース,カーゴホールド,ボイドスペース,機関室清水タンク等及びアフターピークタンクがそれぞれ配置され,前方ボイドスペースとカーゴホールドの下方が二重底構造のバラストタンクとなっていた。
 上甲板は,船首端から12メートル後方及び船橋前方約4メートルにそれぞれマストを,また,同端から17メートルばかり後方に運転席天井の甲板上高さが約4.5メートルのジブクレーンを装備していた。
 操縦性能は,排水量約1,100トンの状態において,旋回径が,左右約180メートルで,後進停止時間が,約1分10秒であった。
(3)船橋内の状況及び周囲の見通し
 船橋内は,その中央部に,主レーダー,ジャイロコンパス,操舵装置及び主機遠隔操縦装置が収まったコンソールスタンドが,並びに同スタンド左舷側に,各々独立して副レーダー及びGPSプロッタがそれぞれ配置され,また,右舷側後部にコーヒーやお茶のセットが,左舷後部に海図台がそれぞれ置かれており,海図台の前に座面の床上高さが約75センチメートルの肘掛け及び背もたれ付きのいすが置かれていた。
 船橋からの周囲の見通しは,マストやジブクレーンの存在によって前方が遮られる範囲があったが,船橋内を移動すればこれを解消でき,死角がなかった。

3 加太瀬戸
 加太瀬戸は,兵庫県淡路島南東端と和歌山県北西端との間で,沖ノ島及び地ノ島によって分かれた三水道のうちの一つであり,その西側に中ノ瀬戸,更にその西方に由良瀬戸があった。大型船は,可航幅が広く険礁が少なく潮流も比較的弱い由良瀬戸を通航していたが,内航貨物船など小型船は,一般に,可航幅が約500メートルと狭いが,阪神各港,和歌山下津港方面間の航程を短縮できる加太瀬戸を通航することが多かった。

4 事実の経過
(1)最近の運航状況
 勇進丸は,瀬戸内海を中心として東は和歌山県,西は大分県に亘る範囲を主たる就航海域とし,同海域内の各寄港地において海砂,砂利,砕石及び残土などの積み,揚げを行っていた。航海時間は,ほとんど数時間から,最長でも24時間以内で,1日当たりの航泊時間の平均が,航海に12時間ばかり,前後の仮泊等を含めた荷役に6時間ばかり,その他休息などに6時間ばかりと,それぞれなっていた。
(2)当時の乗組員の構成
 勇進丸は,A及びB両受審人ほか,機関長及び一等機関士の4人が乗り組み,法定の定員を充足していたが,甲板員や司厨員などは乗船していなかった。
(3)A及びB両受審人の最近の就労状況等
 船橋当直は,1ないし2時間程度の短時間航海ではA受審人が1人で,3時間ぐらいのときはA受審人及び一等機関士の2人で,それを超えるときはB受審人を加えて3人で,それぞれの時間を分担する当直体制をとっていた。このほか,B受審人は,航海当直に入直する機会が少ない代わりに,食事の用意などの賄いの仕事を担当していた。
 荷役は,陸上のベルトコンベアーで積み込むこともあったが,自船が装備するデリックやジブクレーンで積み,揚げを行うことが多く,それらの操作はA及びB両受審人が分担して行っていた。
 休息は,広島市南区似島町又は出島に1週間に1回程度,半日から1日半係留してとるほか,航海及び荷役当直の非直時間並びにその他の停泊時間にも適宜にとっていた。
(4)乗揚の経過
 勇進丸は,海砂を満載したまま,平成17年2月20日17時40分似島町に着き,乗組員それぞれが休息をとり,翌21日04時00分同町を発し,07時30分広島県豊田郡大崎上島町白水に着き,揚荷したのち,10時00分同地を発し,11時00分愛媛県今治市大三島町に着き,砕石を満載して13時00分同地を発し,翌22日01時30分大阪港大阪区第3区に投錨し,沖で待機したのち,06時00分揚地に移動するため抜錨し,07時00分木津川を遡って大阪市浪速区木津川に着き,砕石を揚荷したのち,11時20分同地を発して積地に向かい,21時30分広島県福山市沖に着き,海砂を積み込み,23時50分同地を発して再び木津川に向かった。
 途中,勇進丸は,翌23日06時50分から11時00分まで兵庫県高砂市沖に停泊して積荷の海砂の塩抜きを行い,15時00分木津川に着き,海砂を揚げた。
 勇進丸は,空倉のまま,船首1.40メートル船尾3.10メートルの喫水をもって,17時10分木津川を発し,加太瀬戸を通航する経路で和歌山下津港に向かった。
 A受審人は,自らと一等機関士にB受審人を加えた3人で船橋当直行うこととし,発航操船に引き続き木津川を下り,加太瀬戸に入る3海里手前付近で再度昇橋するつもりで,17時40分大阪港大関門付近で昇橋してきた一等機関士に航海当直を引き継いだ。
 A受審人は,これまで断続的に出入港が続き,乗組員が連続した休息をとっておらず,船橋当直者が眠気を催しやすい状況となっていたが,今までに自船の船橋当直者が当直中に居眠りしたことがないので,特に何も言わなくてもよいと思い,眠気を催した際は,立って当直に当たったり,必要に応じて報告を求めたりするなどの居眠り運航の防止措置を具体的に指示することなく,再度昇橋するつもりの地点について引き継がないまま降橋し,夕食をとって自室に戻り休息した。
 一方,B受審人は,発航後乗組員の夕食を準備し,食事をとって少しの間休息したのち,19時14分関西国際空港西方沖合の地ノ島灯台から037度(真方位,以下同じ。)12.6海里の地点において昇橋し,A受審人からの指示及び引継ぎのないまま,一等機関士と交替して船橋当直に就いた。
 B受審人は,交替したとき,針路を218度に定め,機関を全速力前進にかけ,10.0ノットの対地速力で自動操舵により進行した。
 B受審人は,定針したとき,3海里レンジとした副レーダー画面で周囲を確認してからお茶を入れて飲み,その後海図台前のいすに腰掛け,副レーダーとGPSプロッタそれぞれの画面を監視しながら続航した。
 19時40分B受審人は,地ノ島灯台から036.5度8.3海里の地点に達したとき,関西国際空港の映像もレーダー画面から外れ,近くの周囲に船舶を認めないようになったこと,比較的短時間の航海が続いたこと及び多少疲労が残っていたことなどから眠気を催すようになったが,なんとか我慢できると思い,立って見張りに当たったり,必要に応じてA受審人に報告して当直の交替を申し出たりするなどの居眠り運航の防止措置を十分にとることなく,肘掛け及び背もたれ付きのいすに腰掛けたまま副レーダーとGPSプロッタそれぞれの画面を監視しながら船橋当直を続けているうち,いつしか居眠りに陥った。
 こうして,勇進丸は,B受審人がいすに腰掛けて居眠りしているうち地ノ島北岸に向首進行し,20時30分地ノ島灯台から306度350メートルの地点において,原針路,原速力のまま同島北岸に乗り揚げた。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は下げ潮の中央期で潮高は約90センチメートルであった。
 自室にいたA受審人は,加太瀬戸通航のために昇橋するので,眠りにつかずに自室で小休止しているうちに,昇橋する予定地点を指示していなかったこと,船橋当直者が居眠りしていたことなどから報告を受けられず,その予定地点を航過したことに気付かないまま待機中,衝撃で異変に気付き急ぎ昇橋した。
(5)乗揚後の経過
 その後A受審人は,船体の損傷状況及び油流出の有無の点検を行い,損傷がフォアピークタンク底部など限定的であったこと,油の流出がないことなどから,沈没の危険がないと判断して満潮を待っていたところ,翌24日08時10分ごろ,乗揚時より潮位が50ないし60センチメートル上昇し,船首が浮上したので,機関を後進にかけて自力で離礁し,その後修繕地に向かった。
 乗揚の結果,フォアピークタンク船底外板に亀裂を伴う凹損を生じたが,入渠して外板を切り換えた。また,船橋に一定の時間をセットして小さな音や光を発し,船橋当直者がこのことに気付かないで,この時点から1分以内にボタンを押さないと,大きな音響を発する居眠り防止装置を入渠時に設置した。

(本件発生の事由)
1 乗組員が少なかったこと
2 短時間の航海が続いたこと
3 船長が再昇橋する予定地点を引き継がなかったこと
4 船長が居眠り運航を防止するための具体的指示を船橋当直者に与えなかったこと
5 船橋当直者が居眠り運航を防止するための措を十分にとらなかったこと
6 船橋当直者がいすに腰掛けたまま居眠りしたこと
7 居眠り運航防止装置を導入していなかったこと

(原因の考察)
 本件乗揚は,夜間,大阪湾を南下中,B受審人がいすに腰掛けたまま居眠りし,地ノ島に向首したまま進行したことによって発生したが,眠気を催した際に,居眠り運航の防止措置をとっていれば,容易に回避できたものと認められる。
 船橋当直者が居眠りに陥るときは,疲労の蓄積,気の緩みなどで眠気を催し,それを放置して船橋当直を漫然と続けている場合が多く,このため船長は,そのようなことが予測されたとき,又は,このような状況を認めたときは,船橋当直者に対して,緊張して当直に当たること,いすから立って当直を行うこと,また,当直を維持できないような体調のときは,当直の交替を申し出ることなどを具体的に指示すべきであり,一方,船橋当直者においても,眠気を覚えたようなときは,立って当直に当たったり,当直を維持できないようなときは船長に報告して船橋当直の交替を申し出たりするなどの措置をとる必要があった。しかし,本件では,いずれの措置もとられず当直者が居眠りに陥り,地ノ島に向首したまま進行して乗揚を招いた。
 したがって,A受審人が,前示のような居眠り運航の防止措置を具体的に指示しなかったこと及びB受審人が,居眠り運航の防止措置を十分にとらず,居眠りに陥ったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 A受審人が,加太瀬戸通航のための昇橋すべき予定地点について船橋当直者に引継ぎがなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,昇橋すべき地点を明確に指示していたとしても,船橋当直者が居眠りに陥って報告が得られなかったと認められることから,本件発生の原因とするまでもない。しかしながら,これらの引継ぎは,船橋当直のあり方の基本であり,海難防止の観点から,適切に行われるよう是正されるべきである。
 乗組員が少なかったこと,短時間の航海が続いたこと,居眠り運航防止装置を導入していなかったことは,それぞれ本件発生に至る過程で関与した事実であるが,これらの実態は,本船のみならず内航貨物船においては特異なものでなく,これらの是正が,一般的に,海難防止のための改善策となり得たとしても,これらの実態によって本件が発生したとは認められない。

(海難の原因)
 本件乗揚は,夜間,大阪湾を加太瀬戸に向けて南下中,居眠り運航の防止措置が不十分で,地ノ島北岸に向首進行したことによって発生したものである。
 運航が適切でなかったのは,船長が,船橋当直者に対し,眠気を催した際に居眠り運航の防止措置をとるよう具体的に指示しなかったことと,船橋当直者が,眠気を催した際,居眠り運航の防止措置を十分にとらなかったこととによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,断続的に出入港が続いたのち,夜間,大阪湾を和歌山下津港に向けて航行するに当たり,B受審人に単独船橋当直を行わせる場合,同人が十分に休息をとれていないおそれがあったから,船橋当直が適切に維持されるよう,同人に対して眠気を催した際に,立って当直に当たったり,必要に応じて報告を求めたりするなどの居眠り運航の防止措置をとるよう具体的に指示すべき注意義務があった。しかるに,A受審人は,今までにB受審人が当直中に居眠りしたことがないので,特に何も言わなくてもよいと思い,同人に対して眠気を催した際に居眠り運航の防止措置をとるよう具体的に指示しなかった職務上の過失により,同人が居眠りに陥って地ノ島北岸に向首進行して乗揚を招き,船首部船底に亀裂を伴う凹損を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して,同人を戒告する。
 B受審人は,断続的に出入港が続いたのち,夜間,大阪湾を和歌山下津港に向けて単独当直に当たって南下中に眠気を催した場合,そのままいすに腰掛けて当直を続けると居眠りするおそれがあったから,船橋当直が適切に維持できるよう,立って当直に当たったり,必要に応じてA受審人に報告して船橋当直の交替を申し出たりするなどの居眠り運航の防止措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,B受審人は,今までに船橋当直中に居眠りしたことがないので,まさか居眠りすることはないと思い,いすに腰掛けたままで居眠り運航の防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により,居眠りに陥って地ノ島北岸に向首進行して乗揚を招き,船首部船底に亀裂を伴う凹損を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して,同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文 平成17年11月7日神審言渡
 本件乗揚は,適切な航海当直の実施への配慮が十分でなかったことと,居眠り運航の防止措置が十分でなかったこととによって発生したものである。
 受審人Aの五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 受審人Bを戒告する。


参考図
(拡大画面:17KB)





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION