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平成16年第二審第45号
件名

貨物船とうしん貨物船ダフ衝突事件
[原審・横浜]

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成18年4月25日

審判庁区分
高等海難審判庁(上中拓治,平田照彦,安藤周二,竹内伸二,長谷川峯清)

理事官
長浜義昭

受審人
A 職名:とうしん船長 海技免許:四級海技士(航海)
B 職名:ダフ水先人 水先免許:横須賀水先区
補佐人
a,b,c

第二審請求者
理事官小金沢重充

損害
とうしん・・・船首部を圧壊
ダフ・・・左舷中央外板に破口及び凹損

原因
とうしん・・・動静監視が不十分,海上交通安全法(避航動作)不遵守(主因)
ダフ・・・海上衝突予防法(協力動作)不遵守(主因)

主文

 本件衝突は,とうしんが,浦賀水道航路をこれに沿って南下しなかったばかりか,動静監視が不十分で,同航路をこれに沿って北上するダフの進路を避けなかったことによって発生したが,ダフが,衝突を避けるための協力動作が遅れたことも一因をなすものである。
 受審人Aの四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年5月8日21時19分
 浦賀水道航路
 (北緯35度14.6分 東経139度46.9分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船とうしん 貨物船ダフ
総トン数 499トン 14,021.00トン
全長 75.87メートル 153.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 735キロワット 6,031キロワット
(2)設備及び性能等
ア とうしん
 とうしんは,平成4年8月に進水した船尾船橋型貨物船で,船首にサイドスラスタを備え,船橋前面が船首端から60メートル後方に位置し,船橋ほぼ中央のコンソールに,舵輪,主機遠隔操縦装置,レーダー2台,自動衝突予防援助装置,GPS航法装置及び測深機などが設置されていた。
 旋回性能は,全速力の12.8ノットで航走中に最大舵角45度をとったとき,90度回頭の所要時間が左右とも約48秒で,縦距及び横距については,左旋回が236メートル及び186メートル,右旋回が230メートル及び144メートルであった。また,同速力で航走中に全速力後進をかけたとき,停止距離は580メートルで,船体が停止するまでの所要時間は2分38秒であった。
イ ダフ
 ダフは,平成10年10月に建造された船尾船橋型貨物船で,船橋前面が船首端から126.7メートル後方に位置し,レーダー2台,自動衝突予防援助装置,ロラン航法装置,GPS航法装置及び測深機を装備していた。
 航海速力は15.0ノットで,港内速力は,全速力が12.0ノット,半速力が10.2ノット,微速力が7.4ノット,極微速力が5.4ノットであった。
 満載状態における旋回性能は,12.0ノットで航走中に最大舵角35度をとったとき,90度回頭の所要時間,縦距及び横距は,右旋回が,1分35秒,470メートル及び230メートルで,左旋回が,1分33秒,460メートル及び230メートルであった。
 また,上記コンディションにおいて,同速力で航走中に全速力後進をかけたとき,停止距離は1,270メートルで,船体が停止するまでの所要時間は6分7秒であった。

3 事実の経過
 とうしんは,A受審人ほか3人が乗り組み,メイズ1,500トンを積載し,船首3.5メートル船尾4.7メートルの喫水をもって,平成16年5月8日20時15分京浜港横浜区国際ふ頭を発し,神戸港に向かった。
 これより先A受審人は,18時ごろ夕食を摂りながら缶ビール2缶を飲み,しばらく休養した後出航操船に引き続き単独で船橋当直に就き,視界が良かったことから作動中のレーダーを見ないで,専ら目視によって見張りを行いながら手動操舵にあたり,法定灯火を表示して浦賀水道航路北口に向け南下した。
 20時47分A受審人は,第2海堡灯台から304度(真方位,以下同じ。)1.9海里の地点で,浦賀水道航路中央第6号灯浮標(以下,灯浮標の名称については「浦賀水道航路」を省略する。)を左舷側に350メートル離して浦賀水道航路に入航したとき,針路を同航路に沿う145度に定めて機関を全速力前進にかけ,手動操舵のまま,航路の中央から右の部分(以下,浦賀水道航路の中央から神奈川県側を「南航航路」,千葉県側を「北航航路」という。)を11.8ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で進行し,21時02分撤去工事中の第3海堡を航過した後自動操舵に切り替えた。
 ところで,A受審人は,1箇月ほど前一等航海士が,以前から予約してあった病気の子供の診察に立ち会うため5月29日に下船したい旨を申し出ていて,このことをC社社長に報告していたものの,これまで自ら直接同郷の船員に連絡して交代者の手配を行っていたので,一等航海士の交代者についても電話で知り合いの船員に乗船を要請していたが,なかなか交代者が見つからず,出航前からこのことについて思案していた。
 自動操舵に切り替えた後A受審人は,船橋の窓と左右ウイングへの扉を閉めて舵輪後方に立ち,コンソールに両手をついて見張りをしていたが,前路に同航船を見かけなかったこともあって,一等航海士の交代者のことが頭に浮かび,21時09分中央第3号灯浮標を左舷側330メートルに航過したものの,下を向いてぼんやりと思案にふけり,見張りに専念しなかったので,同灯浮標を通過したことに気付かなかった。
 21時14分少し過ぎA受審人は,航路屈曲部にさしかかり,ふと顔を上げたとき,左舷船首44度430メートルに中央第2号灯浮標を認めるとともに,右舷船首18度1.8海里のところに北航航路を北上中のダフの白,白,紅3灯を初認したが,同灯浮標を中央第3号灯浮標と勘違いし,また,ダフについては,そのうち前路を無難に航過するものと思い,同船に対する動静監視を十分に行わず,再び下を向いて思案にふけりながら続航した。
 21時15分A受審人は,中央第2号灯浮標を左舷側330メートルに航過したとき,付近に転針の支障となる他船が存在しなかったが,下を向いていて航路屈曲部に達したことに気付かず,速やかに右転して南航航路をこれに沿って航行することなく,同じ針路のまま同航路を斜航し始めた。
 21時16分少し過ぎA受審人は,観音埼灯台から101度1.5海里の地点で,浦賀水道航路の中央線を横切って北航航路に進入したとき,右舷船首18度1.0海里となったダフが短音5回の汽笛信号とこれと連動した発光信号とによる警告信号を行ったものの,交代者のことで頭が一杯で,下を向いて見張りに集中していなかったので同信号及び北航航路に入ったことに気付かず,そのまま同航路を斜航し,その後同航路をこれに沿って北上中のダフと衝突のおそれがある態勢で接近したが,依然ダフの動静監視を十分に行うことなく,コンソールに両手をつき下を向いたまま思案にふけり,速やかに右転してダフの進路を避けないまま,同じ針路,速力で続航した。
 A受審人は,その後もダフが繰り返し警告信号を行ったが,これにも気付かないまま進行中,21時19分わずか前ふと顔を上げたとき,至近にダフの船影を認め,急いで手動操舵に切り替え,右舵をとるとともに機関を停止したが効なく,21時19分観音埼灯台から112度2.0海里の地点において,とうしんは,原針路,原速力のまま,その船首部が,ダフの左舷中央少し後方に前方から60度の角度で衝突した。
 衝突後A受審人は,事態に気付き,横須賀港に錨泊して事後の措置をとった。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は下げ潮の初期にあたり,東京湾湾口の潮流は北西流から南東流へのほぼ転流時であった。
 また,ダフは,船長Dほか22人が乗り組み,鋼管9,255トンを積載し,船首8.5メートル船尾8.8メートルの喫水をもって,同日08時30分愛知県衣浦港を発し,京浜港横浜区に向かった。
 20時55分D船長は,浦賀水道航路南口南方2.5海里のところでB受審人を乗せ,法定灯火を表示して同航路南口に向かった。
 B受審人は,昇橋したときパイロットカードでダフの港内速力を確かめただけで,最短停止距離などの操船性能を確認しないまま,使用中のレーダーを見て0.5海里後方に1隻と約3海里前方に2隻の同航船が存在することを知り,C船長及び当直の三等航海士が在橋し,当直操舵手が手動で操舵する態勢の下,ダフのきょう導を開始した。
 21時09分B受審人は,観音埼灯台から146度3.2海里の地点に達し,中央第1号灯浮標を左舷側450メートルに航過して北航航路に入ったとき,針路を002度に定めて機関を港内全速力前進にかけ,11.4ノットの速力で,同航路をこれに沿って進行した。
 21時12分少し過ぎB受審人は,3海里レンジとしたレーダーによって左舷船首19度2.5海里にとうしんの映像を探知するとともに,肉眼で同船の白,白,緑3灯を初認し,同船が南航航路を南下していることを知った。
 21時15分B受審人は,とうしんを左舷船首19度1.5海里に見るようになったとき,同船が中央第2号灯浮標に並航したことを知り,その後も同船のマスト灯と舷灯の見え具合に変化がなく,同船が緑灯を見せたまま直進するのを見て不審に感じ,その動向に留意しながら続航した。
 21時16分少し過ぎB受審人は,観音埼灯台から126度2.3海里の地点で,とうしんを左舷船首19度1.0海里に認めるようになったとき,同船が浦賀水道航路の中央線に達したと思われるのに,依然航路に沿って転針する気配がないので,右転を促すつもりで,短音5回の汽笛信号とこれと連動した発光信号とによって警告信号を行い,その後同船が,北航航路に進入して航路を斜航しながら衝突のおそれがある態勢で接近する状況となったことを認め,針路,速力を保持しながら,同船に対する動静監視を続けた。
 21時17分B受審人は,とうしんが避航動作をとらないまま接近し,自船が機関を全速力後進にかけても衝突を避けられない状況となったが,これまでの水先経験から,警告信号の吹鳴にもかかわらず,北航航路を斜航して南下し続けることを予想することができず,後方の同航船と航路東側にある浅瀬の甚九郎根を気にしながら,とうしんが右転して南航航路に復帰することを期待し,再び警告信号を行ったものの,衝突を避けるための協力動作として,直ちに右舵一杯の措置をとらず,同じ針路,速力のまま続航した。
 21時18分半ダフは,とうしんとの距離が420メートルとなったとき,三等航海士が警告信号を繰り返し,B受審人が右舵10度に続き右舵一杯を令したが,衝突を避けるための協力動作をとる時機が遅れ,025度に向首したとき,機関を全速力前進にかけたまま,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,とうしんは,船首部を圧壊し,ダフは,左舷中央部外板に破口を伴う凹損を生じたが,のちいずれも修理された。

(航法の適用)
 本件は,海上交通安全法の適用海域である浦賀水道航路において発生したもので,同法の規定が適用される事案であり,適用される航法について検討する。
 とうしん及びダフは,海上交通安全法第4条(航路航行義務)の規定により,海難を避ける等の正当な事由がない限り,航路の全区間をこれに沿って航行しなければならない船舶であり,航路に沿って航行するにあたっては,同法第11条(浦賀水道航路及び中ノ瀬航路)第1項の規定により浦賀水道航路の中央から右の部分を航行しなければならなかった。
 したがって,とうしんが,航路屈曲部において航路に沿って右転せず,航路の中央線を横切って北航航路を斜航したことは,同法第3条(避航等)第3項の規定により,航路をこれに沿って航行しているとはみなされず,同船は,同法第3条第1項の規定により,航路をこれに沿って航行する船舶の進路を避けなければならなかった。
 一方,ダフは航路をこれに沿って航行していたと認められ,とうしんが航路の中央線を横切って北航航路に進入した後,両船間に衝突のおそれがあるときは,前示のとおり,とうしんが避航船となるから,ダフは,海上衝突予防法第17条の規定によって保持船となり,警告信号,針路・速力の保持及び最善の協力動作が要求される。

(本件発生に至る事由)
1 とうしん
(1)交代者の手配を行っていたこと
(2)下を向いて思案にふけっていたこと
(3)中央第3号灯浮標の通過に気付かなかったこと
(4)航路屈曲部で南航航路に沿って右転しないで北航航路を斜航したこと
(5)ダフの動静監視を行わなかったこと
(6)ダフの警告信号に気付かなかったこと
(7)ダフの進路を避けなかったこと

2 ダフ
(1)ダフの操船性能を確認しなかったこと
(2)とうしんの右転及び南航航路への復帰を期待したこと
(3)右舵一杯をとる時機が遅かったこと
(4)全速力のまま進行したこと

(原因の考察)
 本件は,航路航行義務があるとうしんが,中央第2号灯浮標の通過を確認して航路屈曲部で右転し,南航航路をこれに沿って航行していれば,ダフと衝突のおそれが生じることがなく,また,北航航路を斜航して航路を北上中のダフと衝突のおそれが生じたとき,A受審人が,ダフの動静監視を十分に行っていたなら,ダフと衝突のおそれがあることに気付いてその進路を避けることができたものと認められる。
 したがって,A受審人が,中央第2号灯浮標の通過に気付かず,航路屈曲部で右転することなく,南航航路をこれに沿って航行しないで北航航路を斜航したこと,及び下を向いて思案にふけり,ダフの動静監視を十分に行わず,その進路を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
 A受審人が,ダフの警告信号に気付かなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,動静監視を行っていれば,衝突を避けることができたと考えられるから,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項であり,他船の警告信号を聞き落とすことのないよう,聴取に努めなければならない。
 A受審人が,交代者の手配を行っていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。
 B受審人が,北航航路に進入したとうしんと衝突のおそれが生じ,警告信号を行っても同船が避航動作をとらないで北航航路の斜航を続けるのを認めたとき,ダフの最短停止距離と旋回性能を勘案して,直ちに右舵一杯の措置をとっていたなら,きわどいながらも衝突を避けることができたものと認められる。
 したがって,B受審人が,とうしんの右転及び南航航路への復帰を期待し,協力動作として右舵一杯をとる時機が遅れたことは,本件発生の原因となる。しかしながら,とうしんが航路屈曲部で転針しないで中央線を越え,繰り返し警告信号が行われたにもかかわらず北航航路を斜航し続けたことは異常な運航であり,このことを予測することは困難であったものと認められる。
 B受審人がダフの操船性能を確認しなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項であり,船舶のきょう導にあたる際,その操船性能を確認する必要がある。
 ダフが,全速力のまま進行したことは,操船性能情報写中に記載の満載状態における最短停止距離とその所要時間から,全速力後進をかけてから2分間の進出距離を運動方程式によって求めると630メートルとなり,同船の長さを勘案すれば,全速力後進をかけたとしても,とうしんが全速力後進又は最大舵角で右転するなどの措置をとらない限り衝突を避けられないことから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。

(海難の原因)
 本件衝突は,夜間,浦賀水道航路の屈曲部において,南下するとうしんが,同航路をこれに沿って航行しないで北航航路を斜航したばかりか,動静監視が不十分で,同航路をこれに沿って北上するダフの進路を避けなかったことによって発生したが,ダフが,衝突を避けるための協力動作が遅れたことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,夜間,浦賀水道航路を南下中,前路に北上するダフを認めた場合,同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,そのうち同船が前路を無難に航過するものと思い,コンソールに両手をつき下を向いたまま思案にふけり,動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,北航航路を北上中のダフが衝突のおそれがある態勢で接近することに気付かず,その進路を避けないまま進行して同船との衝突を招き,とうしんの船首部を圧壊したほかダフの左舷中央部外板に破口及び凹損を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 B受審人が,夜間,浦賀水道航路において,北航航路をこれに沿って北上中,同航路を斜航し衝突のおそれがある態勢で接近するとうしんが,繰り返し警告信号を行ったにもかかわらず,避航の気配がないまま間近に接近した際,直ちに右舵一杯の措置をとらず,衝突を避けるための協力動作が遅れたことは,本件発生の原因となる。
 しかしながら,以上のB受審人の所為は,浦賀水道航路を航行する船舶には,海上交通安全法によって航路航行義務が課され,南航船及び北航船がそれぞれ航路中央から右側の部分を航行することにより航路における船舶交通の安全が図られ,航路航行が大前提となっており,そして,航路屈曲部で転針しないで北航航路に進入したとうしんに対し,繰り返し警告信号を行って避航を促し,同船の避航措置を期待しているうちに,協力動作をとる時機が幾分遅れたものであり,とうしんの異常な運航を考慮したとき,あえて職務上の過失とするまでもない。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文 平成16年12月13日横審言渡
 本件衝突は,とうしんが,航路を南下中,船位の確認が不十分で,航路の中央から右の部分を航行せず,航路を北上中のダフと衝突のおそれを生じさせたばかりか,動静監視が不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,ダフが,衝突を避けるための措置が遅れたことも一因をなすものである。
 受審人Aの四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。


参考図
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