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平成17年函審第46号
件名

旅客船カムイワッカ乗揚事件
第二審請求者〔理事官喜多 保〕

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成18年2月21日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(野村昌志,弓田邦雄,堀川康基)

理事官
喜多 保

受審人
A 職名:カムイワッカ船長 操縦免許:小型船舶操縦士
指定海難関係人
B社 代表者:C 業種名:遊覧観光船運航業

損害
船尾部キールに凹損,右舷船首部船底に擦過傷等,旅客3人が尾骨骨折等の重傷,同19人が打撲傷等の軽傷

原因
カムイワッカ・・・針路選定不適切
遊覧観光船運航業者・・・輸送の安全確保不十分

主文

 本件乗揚は,針路の選定が適切でなかったことによって発生したものである。
 遊覧観光船運航業者が,輸送の安全の確保を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月15日停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年6月23日12時10分
 北海道知床半島西岸
 (北緯44度16.5分 東経145度15.4分)

2 船舶の要目
(1)要目
船種船名 旅客船カムイワッカ
総トン数 18トン
登録長 12.55メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 669キロワット
(2)設備及び性能等
 カムイワッカ(以下「カ号」という。)は,平成14年4月に登録された限定沿海区域を航行区域とする最大とう載人員62人のFRP製旅客船で,プロペラ推進器1機及びウォータージェット推進器2機を備え,全通する上甲板中央部が客室となっており,同甲板下には船首から順に,倉庫,機関室,燃料タンク,舵機室などが配置されていた。操舵室は客室上部の船尾寄りにあって,同室の前面中央寄りにGPSプロッタ,レーダーなどが,右舷側に舵輪及び機関操縦盤が配置され,舵輪の後方に背もたれ付きの操縦席が設置されていた。

3 本件時の北海道知床半島沿岸海域の状況
 知床半島は,オホーツク海と根室海峡に接した北海道北東部に位置し,同半島中央部から先端の知床岬にかけての海岸線は切り立った崖が続き,所々に砂浜や礫浜があり,西岸には同岬南西7海里ほどに位置するカシュニの滝を始め,奇岩,絶壁などの景勝地が点在していた。知床岬の南西5海里付近にはフプウシレトと称する北西に突き出た岬があり,同岬西50ないし100メートルの海域に高さ0.5メートルの干出岩のほか暗岩,洗岩などの浅礁域(以下「フ浅礁域」という。)が存在し,海底地形図第6378号5に同干出岩が記載されていた。
 また,知床半島沿岸では,春から秋にかけて定置網漁業が営まれ,同半島西岸中程に位置する北海道宇登呂漁港宇登呂地区(以下「宇登呂漁港」という。)から知床岬に至る約22海里の沿岸海域には約70箇所の定置網の漁場区域があり,本件時,同網の中には陸岸から1,500メートルほど沖合にまで設置されているものもあった。そしてフ浅礁域沖にはます定44号と称する漁場区域があって2箇統の定置網が設置され,そのうちフ浅礁域寄りの定置網(以下「フ定置網」という。)とフ浅礁域との距離が最短で40メートルばかりとなっていた。
 なお,知床半島は,世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約に基づく自然遺産への登録が期待され,旅客船による知床半島の遊覧が人気の高い観光コースとなり,主に宇登呂漁港を基地にし,指定海難関係人B社(以下「B社」という。)など9事業者による11航路13隻の旅客船等が運航されていた。

4 事実の経過
 カ号は,A受審人ほか1人が乗り組み,旅客32人を乗せ,知床半島遊覧の目的で,船首0.2メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,平成17年6月23日10時00分宇登呂漁港を発し,知床岬に向かった。
 ところで,B社は,知床岬まで遊覧する航路(以下「知床岬コース」という。)の旅客不定期航路事業を行うに当たり,海域の実態に合う基準経路,同経路付近に存在する浅瀬や航行の支障となるものの位置等を記載した運航基準図を作成するなど,輸送の安全の確保を十分に行わず,基準経路の往路を定置網の漁場区域が多数存在する陸岸から1,000メートルばかり沖に,同復路を陸岸から1海里ほど沖にそれぞれ定めて同基準図を作成していた。
 また,当初C代表者がA受審人を知床岬コースに同乗させ,基準経路によらず景勝地を回って見せたものの,個々の景勝地への接近方法及び離岸距離などの具体的な遊覧経路等を同受審人に任せていた。
 A受審人は,知床岬コースの船長として15回ほど運航経験があり,定置網の漁場区域が定められた基準経路上に多数存在して同経路を航行できないことやフ浅礁域の存在及びフ定置網の設置状況などを知っていた。またフ浅礁域付近に設置された定置網に付属すると思われるオレンジ色の浮玉を針路目標とし,フ定置網の陸側の海域を何度か通過した経験があった。
 発航したのち,A受審人は,カシュニの滝まで適宜定置網を替わしながら陸岸寄りを,そののち知床岬まで陸岸から1海里ばかり沖を北上し,11時30分知床岬灯台から332度(真方位,以下同じ。)1海里ばかりの地点に至り,反転して陸岸沿いに南下した。
 12時08分少し前A受審人は,知床岬灯台から225度4.7海里の地点で,針路を220度に定め,プロペラ推進器の機関を回転数毎分1,900,ウォータージェット推進器の2機関を同2,000にそれぞれかけて17.0ノットの対地速力とし,操縦席に腰を下ろした姿勢で手動操舵により進行した。
 12時08分半わずか前A受審人は,知床岬灯台から224.5度4.9海里の地点のフプウシレト沖に達したとき,次の航行経路を思案し,陸岸寄りの経路となるフ定置網の陸側の海域にはフ浅礁域が存在して狭隘であり,また定置網に付属する索その他の漂流物の存在や海潮流の影響などにより同海域へ接近するのは危険であったが,フ浅礁域付近にある浮玉を針路目標にすれば同海域を通過できるものと思い,フ定置網の沖側を経路としてフ浅礁域から離れる針路とするなど,針路の選定を適切に行わず,陸岸寄りの経路をとるため左転して針路を遠方の峰や谷間などからフ定置網の手網の陸側先端付近に向く177度に転じ,旅客を客室のほか操舵室の前方及び後方の甲板等に適宜位置させ,乗組員を船首部に配して続航した。
 間もなく,A受審人は,右舷船首にフ定置網の身網及び同網から陸岸へ一直線に延びる手網を,次いでほぼ正船首にオレンジ色の浮玉を視認して同浮玉を針路目標とし,フ浅礁域に接近して進行した。
 こうして,カ号は,針路目標とした浮玉の至近を続航中,海潮流の影響などにより同浮玉がフ浅礁域に寄っていたためか,12時10分知床岬灯台から221度5.2海里の地点の浅礁に,原針路原速力のまま乗り揚げた。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候はほぼ低潮時であった。
 乗揚の結果,カ号は,船尾部キールに凹損,右舷船首部船底に擦過傷等を生じ,旅客3人が尾骨骨折等の重傷を,同19人が打撲傷等の軽傷を負った。
 A受審人は,旅客を来援した同業船2隻に移乗させて宇登呂漁港に向かわせ,カ号は,来援したB社の僚船によって離礁し,曳航されて北海道羅臼港に引き付けられ,のち修理された。
 本件後,B社は,北海道運輸局長から輸送の安全の確保に関する命令を受け,運航管理規程並びに運航基準及び事故処理基準の遵守徹底を図り,従業員に対する安全教育を実施するとともに,事故発生を想定した総合訓練を実施して輸送の安全を確保する措置を講じ,同命令に対する安全対策報告書を提出した。
 また,知床地区における同業者,関係する漁業団体及び行政機関により構成する,「知床地区旅客船等安全対策等連絡会議」が設立され,海域の実態に合う基準経路などが検討されることになった。

(本件発生に至る事由)
1 B社が,海域の実態に合う基準経路を記載した運航基準図を作成するなど,輸送の安全の確保を十分に行わなかったこと
2 A受審人が,フ浅礁域付近にある浮玉を針路目標にすればフ定置網の陸側の海域を通過できるものと思ったこと
3 A受審人が,フ定置網の沖側を経路としてフ浅礁域から離れる針路とするなど,針路の選定を適切に行わなかったこと
4 A受審人が,17.0ノットの対地速力で航行していたこと

(原因の考察)
 本件は,フ定置網の沖側を経路としてフ浅礁域から離れる針路とするなど,針路の選定を適切に行っていれば回避できたものと認められる。
 また,海域の実態に合う基準経路を記載した運航基準図を作成するなど,輸送の安全の確保を十分に行っていれば本件発生を防止できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,北海道知床半島西岸沖を遊覧南下中,次の航行経路を決める際,フ浅礁域付近にある浮玉を針路目標にすればフ定置網の陸側の海域を通過できるものと思い,フ定置網の沖側を経路としてフ浅礁域から離れる針路とするなど,針路の選定を適切に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 B社が,知床岬コースの旅客不定期航路事業を行うに当たり,海域の実態に合う基準経路を記載した運航基準図を作成するなど,輸送の安全の確保を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 A受審人が,17.0ノットの対地速力で航行していたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。

(海難の原因)
 本件乗揚は,北海道知床半島西岸沖を遊覧南下中,次の航行経路を決める際,針路の選定が不適切で,浅礁域に向首進行したことによって発生したものである。
 遊覧観光船運航業者が,知床岬コースの旅客不定期航路事業を行うに当たり,海域の実態に合う基準経路を記載した運航基準図を作成するなど,輸送の安全の確保を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は,北海道知床半島西岸沖を遊覧南下中,次の航行経路を決める場合,定置網の陸側の海域には浅礁域が存在して狭隘であり,また定置網に付属する索その他の漂流物の存在や海潮流の影響などにより同海域へ接近するのは危険であったから,定置網の沖側を経路として浅礁域から離れる針路とするなど,針路の選定を適切に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,浅礁域付近にある浮玉を針路目標にすれば定置網の陸側の海域を通過できるものと思い,針路の選定を適切に行わなかった職務上の過失により,海潮流の影響などにより同浮玉が浅礁域に寄っていたためか,浅礁域に向首進行して浅礁への乗揚を招き,カ号の船尾部キールに凹損及び右舷船首部船底に擦過傷等を生じさせるとともに,旅客3人に尾骨骨折等の重傷を,同19人に打撲傷等の軽傷をそれぞれ負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月15日停止する。
 B社が,知床岬コースの旅客不定期航路事業を行うに当たり,海域の実態に合う基準経路を記載した運航基準図を作成するなど,輸送の安全の確保を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 B社に対しては,本件後,運航管理規程並びに運航基準及び事故処理基準の遵守徹底を図り,従業員に対する安全教育を実施するとともに,事故発生を想定した総合訓練を実施して輸送の安全を確保する措置を講じ,また同業者,関係する漁業団体及び行政機関を交え,海域の実態に合う基準経路の検討を行っていることに微し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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