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平成17年広審第27号
件名

貨物船ビハン05乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成18年1月31日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(島 友二郎,吉川 進,米原健一)

理事官
前久保勝己

指定海難関係人
A 職名:ビハン05船長

損害
ビハン05・・・船底外板全般にわたり亀裂及び破口を伴う凹損並びに舵板及びプロペラの損傷,乗組員1人死亡及び同3人行方不明
養殖施設・・・真珠母貝養殖施設の損傷

原因
錨地選定不適切

主文

 本件乗揚は,台風避難にあたり,錨地の選定が不適切で,強風と波浪により走錨し,海岸付近に圧流されたことによって発生したものである。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年8月30日12時25分
 愛媛県由良岬東岸
 (北緯33度01.5分 東経132度24.1分)

2 船舶の要目
(1)要目
船種船名 貨物船ビハン05
総トン数 5,552トン
全長 98.17メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 2,425キロワット
(2)設備及び性能等
ア 船体構造
 ビハン05(以下「ビハン」という。)は,1990年本邦造船所において建造された二層甲板船尾船橋型貨物船で,B社製造の6EL40型と呼称される機関を装備しており,空倉時の非常全速力前進及び航海速力は,それぞれ15.0ノット及び14.5ノットであった。
 ビハンは1番及び2番貨物倉があり,1番貨物倉の船首側,両貨物倉間及び2番貨物倉の船尾側に計3基の鳥居型デリッククレーンを備えていた。
 上甲板下の船体付き各タンクは,バラストタンクとして船首側からフォアピークタンク,ディープタンク,両貨物倉下の二重底の各舷に1番ないし3番バラストタンク及び船尾部にアフターピークタンクが,油タンクとして両貨物倉下の二重底の中央部に1番及び2番燃料タンク,機関室内に3番及び4番燃料タンク並びに潤滑油タンクがそれぞれ配置されていた。
 また,貨物倉は,ホールドバラストの積載ができない構造となっていた。
イ 錨及び錨鎖
 大錨は,重量3,300キログラムのJIS型ストックレスアンカーで,錨鎖は,直径50ミリメートル,1節の長さ27.5メートル及び同重量1,506キログラム(1メートル当り54.75キログラム)で,両舷に各9節が装備されていた。揚錨機は電動油圧型で,標準巻揚速度は毎分9メートルとなっていたが,右舷錨は巻揚げが困難で,使用不能の状態であった。

3 錨地付近の状況
 ビハンが錨泊した海域は,豊後水道の四国側に位置し,北西から北にかけては由良岬に,東は四国本土などに囲まれた湾内で,その湾口が南東から西に開いて同水道に面しており,南東から南西にかけての風向に対しては遮蔽となる陸地や島などがないうえ,南からの波浪が浸入しやすい地形となっていた。また,海図上の水深が70メートルないし84メートル,底質は岩,砂及び貝殻で本船が最初に投錨した地点の音響測深儀で測定した水深は92メートルであった。

4 平成16年台風16号
 平成16年台風16号(以下「台風16号」という。)は,8月19日マーシャル諸島付近で発生し,23日にサイパン島の西で大型で猛烈な勢力となった。27日以降日本の南海上をゆっくりと北西に進み,29日夜には九州の南海上で進路を北向きに変え,30日09時には中心気圧950ヘクトパスカル,最大風速毎秒40メートル,暴風半径東側260キロメートル(km,西側170km,強風半径東側600km,西側410kmと大型で強い勢力となり,09時30分ころ鹿児島県串木野市付近に上陸して九州を縦断した。17時過ぎ中心気圧965ヘクトパスカルと強い勢力を維持したまま山口県防府市に再上陸して北北東に進み,夜には鳥取県沖の日本海に達し,次第に速度を速めて,強い勢力のまま能登沖を北東に進行した。その後,やや勢力を弱め,31日昼前に津軽海峡を通り,14時過ぎ北海道苫小牧市付近に再々上陸し,北海道を縦断して,オホーツク海で温帯低気圧に変わった。

5 大分港長の警戒体制の発令状況
 大分港長は,同月28日22時00分第1警戒体制「在港船舶は,台風の動向に留意して乗組員を待機させ,船舶代理店等陸上関係機関と連絡を密にして,荒天準備を行うほか,必要に応じて直ちに運航できるよう体制を整備する措置をとる。」を発令し,更に翌29日16時00分第2警戒体制「港内にある大型船舶は,原則として港外の安全な場所へ速やかに避難すること。」を発令して台風16号に対する警戒を呼びかけた。

6 事実の経過
(1)ビハンの動静
 ビハンは,東南アジア及び東アジア諸国並びにロシア連邦間の航路に就航しており,A指定海難関係人ほか19人のいずれもベトナム社会主義共和国人が乗り組み,空倉のまま,平成16年8月25日12時00分大韓民国ポハン港を出港し,翌26日12時40分船首1.80メートル船尾4.70メートルの喫水をもって,大分港に入港し,着桟待ちのため錨地に投錨した。
(2)台風避難の状況
 同月28日朝A指定海難関係人は,それまで国際ナブテックスにより入手していた気象警報及び同日受信した代理店からのテレックスにより,29日から30日にかけて台風16号が大分港に最接近することを知り,同港から他の海域に移動し,台風避難をすることとしたが,代理店から避難錨地の情報を入手しないまま,台風の接近に伴う風向及び風力の変化,波浪の影響,錨及び錨鎖の把駐力に影響を与える水深や底質などを考慮するなどして,錨地の選定を適切に行わなかった。
 翌29日09時55分A指定海難関係人は,全バラストタンクに漲水して船首2.20メートル船尾4.70メートルとなった喫水をもって,台風避難の目的で,大分港の錨地を発し,14時40分由良岬灯台から070度(真方位,以下同じ。)2.6海里の水深92メートルの地点に左舷錨を投じ,錨鎖を6節半まで伸出して錨泊を開始し,船橋当直を,一等航海士が4時から8時まで,二等航海士が0時から4時まで,及び三等航海士が8時から12時までの4時間3直制とし,守錨当直にあたらせた。
(3)転錨状況等
 同月29日17時ごろ風向が北東から南東に変わって風力8に達し,南寄りの波浪が波高7メートルに高まる中,17時40分A指定海難関係人は,錨鎖を1節延ばして7節半としたが,ビハンは時折風下側に走錨する状況となった。
 20時00分A指定海難関係人は,揚錨して外洋に避難することとし,船首に一等航海士を配置して揚錨作業にあたらせたが,水深が深いことや,依然として強いままの南東風と波浪による船体のピッチング等により,揚錨機に掛かる荷重がその能力を超えて巻き揚げが困難となり,揚錨をあきらめ,機関を使用して錨を曳きずりながら南方へ約1.9海里移動し,20時40分由良岬灯台から113度2.6海里の水深76メートルの地点に左舷錨鎖8節を水際まで延出して再び錨泊を開始した。
 錨泊後A指定海難関係人は,機関を極微速力前進にかけ,船首を風上に向首すべく手動操舵として,走錨防止措置をとった。
(4)走錨及び乗揚の状況
 翌30日台風16号の接近に伴い,更に風浪が強まり,A指定海難関係人は,機関を06時10分微速力前進,07時10分半速力前進,07時45分全速力前進にそれぞれかけて走錨防止に努めたが,南東の風が風力12に達して南寄りの波高が8メートルに高まり,船首の振れ回りを抑制できない状況に陥り,11時30分ビハンは,風下に向けて走錨が始まった。
 A指定海難関係人は,風上に向首して走錨を止めるべく操船を試みたが,船首が大きく振れ回って走錨が続き,由良岬東側の海岸に向け圧流され,11時57分非常用位置指示無線標識(EPIRB)及び国際VHF無線電話のデジタル選択呼出し(DSC)などで遭難信号を発し,12時00分全乗組員に救命胴衣を着用の上,船橋への招集を命じ,機関を非常全速力前進としたが,効なく,12時25分由良岬灯台から066度1,750メートルの地点において,ビハンは,船首を200度に向け,その右舷船首船底が海岸の岩に乗り揚げた。
 当時,天候は雨で風力12の南東風が吹き,潮候は下げ潮の末期で,南東からのうねりを伴う波高は8メートルで,大雨,洪水,暴風,波浪警報が発表されていた。

7 乗揚の結果
 ビハンは,前示地点に乗り揚げたのち,左右舷45度に達する船体動揺を繰り返して船底を擦りながら更に北方に圧流され,13時ごろパニックに陥った乗組員4人が船橋を離れて後部甲板に降りたところ,波にさらわれて海中転落した。
 14時30分ごろビハンは,前示乗揚地点から北方に150メートルの海岸に乗り揚げて圧流が止まり,船底外板全般にわたり,亀裂及び破口を伴う凹損,並びに,舵板及びプロペラの損傷などを生じ,バラストタンク及び燃料タンクに浸水し,燃料油が流出して付近海域を汚染したほか,付近の真珠母貝養殖筏に接触して同筏を損傷させた。
 翌31日未明より海上保安部及び海上自衛隊のヘリコプターによる乗組員救助が開始され,船上の乗組員16人は収容されたが,海中転落した乗組員の内,甲板手Cが死亡し,他の3名は行方不明となった。

(本件発生に至る事由)
1 錨地の選定を適切に行わなかったこと
2 代理店から避難錨地についての情報を入手しなかったこと
3 右舷錨が使用不能であったこと

(原因の考察)
 本件は,水深が浅く,風浪を遮蔽できる適切な錨地を選定していれば,走錨することなく発生を回避できたものと認められる。
 したがって,A指定海難関係人が,適切な錨地を選定しなかったことは,本件発生の原因となる。
 代理店から避難錨地についての情報を入手しなかったこと,右舷錨が使用不能であったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件乗揚は,大型で強い台風16号が九州に接近し,大分港から避難する際,錨地の選定が不適切で,水深が深く,南寄りの風浪を遮蔽できない愛媛県由良岬南東の湾内に錨泊中,強風と波浪により走錨し,陸岸に向け圧流されたことによって発生したものである。
 (指定海難関係人の所為)
 A指定海難関係人が,大型で強い台風16号が九州に接近し,大分港から避難する際,錨地の選定が不適切で,水深が深く,南寄りの風浪を遮蔽できない愛媛県由良岬南東の湾内を錨地として選定したことは,本件発生の原因となる。
 A指定海難関係人に対しては,勧告しないが,今後台風避難で錨泊するときには,錨地選定を適切に行い,安全運航に努めなければならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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