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平成17年広審第96号
件名

旅客船せとしお岸壁衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成18年3月8日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(米原健一,吉川 進,黒田 均)

理事官
阿部能正

受審人
A 職名:せとしお船長 海技免許:五級海技士(航海)

損害
船首下部防舷材に擦過傷
旅客1人が腰椎圧迫骨折

原因
操船不適切(前進行きあしの減殺措置不十分)

主文

 本件岸壁衝突は,前進行きあしの減殺措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 なお,旅客が負傷したのは,船長が乗組員に対して旅客誘導を適切に行うよう指示を徹底していなかったことによるものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年12月1日10時38分
 香川県唐櫃港
 (北緯34度29.4分 東経134度05.8分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船せとしお
総トン数 393トン
全長 44.85メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,103キロワット
(2)設備及び性能等
 せとしおは,平成8年3月に進水した全通一層甲板船首船橋型の旅客船兼自動車航送船で,岡山県宇野港,香川県豊島の家浦港及び唐櫃港並びに同県小豆島の土庄港を結ぶ定期航路に就航していた。
 船体は,上から順に,操舵室を有する航海船橋甲板,客室を有する遊歩甲板及び自動車を載せる車輌甲板から成り,着岸時には船首を岸壁に直角に押し付けて車輌甲板前端のランプドアを下ろし,同ドアを使用して旅客や自動車を乗下船させるようになっており,左右両舷の前部及び後部両側の4箇所に設置された階段(以下「乗下船用階段」という。)により,旅客が遊歩甲板と車輌甲板とを行き来できるようになっていた。
 操舵室は,中央に舵輪スタンドが設置され,同スタンドの右舷側に機関操縦レバー及びバウスラスターの遠隔操作盤などが,左舷側にレーダー及びGPSプロッターがそれぞれ設置されていた。
 操縦性能は,航海速力が機関を回転数毎分663として約11ノットで,船体部海上試運転成績書写によると,速力が13.0ノットのとき,最大縦距,同横距及び360度旋回に要する時間が右旋回のとき89メートル,78メートル及び1分29秒で,左旋回のとき90メートル,74メートル及び1分37秒で,全速力後進をかけると,最短停止距離が220メートルとなり,船体が停止するまでに1分6秒を要した。

3 唐櫃港及び同港における接岸時の操船方法について
 唐櫃港は,豊島北東部に位置し,北方を備讃瀬戸に面する港で,北側に東西方向の長さ約180メートルで,その西端に灯台が設置された防波堤(以下「北側防波堤」という。)が築造され,港内の西部にフェリーが発着する岸壁が北西方に向けて設けられていた。
 せとしおは,気象・海象等の状況や緊急の場合を除いて運航基準図に定められた常用基準経路を航行することになっており,また,速力については,運動性能などを考慮した速力基準が定められて操舵スタンドの左舷側に表示されていた。
 A受審人は,土庄港から唐櫃港に向かう際,土庄港港界付近で,針路を266度(真方位,以下同じ。)に定め,機関を全速力前進にかけて進行し,唐櫃港北東方沖合に至り,豊島北東端の宮埼先端をほぼ左舷正横に見る地点で針路を232度に転じるとともに機関を半速力前進とし,北側防波堤東端をほぼ南方に見る地点で微速力前進に,同防波堤西端をほぼ南方に見る地点で極微速力前進にそれぞれ減速し,同西端をほぼ左舷正横に見る地点で機関を停止したのち,岸壁に直角になるよう左回頭しながら25メートルまで接近したとき,機関を半速力後進にかけ,行きあしが停止するころ船首が岸壁に着くよう操船していた。

4 下船時の旅客の誘導について
 下船時の旅客の誘導については,運航管理規程中の作業基準に定められ,接岸5分前に船長が録音テープを使用して船内放送を行い,車輌甲板への立入り禁止や席を立たないことなどを旅客に周知し,接岸したのち,乗組員が乗下船用階段に取り付けていた立入り禁止の注意書付きの鎖を外し,旅客を誘導して下船させるようになっており,運航管理者からも指導されていたが,時折旅客が前示5分前の船内放送を聞いたのち,接岸前に同階段を下りて車輌甲板に行くことがあった。

5 事実の経過
 せとしおは,A受審人ほか3人が乗り組み,旅客6人を乗せ,自動車2台を積載し,船首3.0メートル船尾3.4メートルの喫水をもって,平成16年12月1日10時10分土庄港を発し,唐櫃港に向かった。
 A受審人は,出港操船に続いて単独で船橋当直にあたり,機関を全速力前進にかけ,常用基準経路にしたがって備讃瀬戸を西行し,10時34分少し前予定どおり宮埼先端をほぼ左舷正横に見る,宮埼北方の三角点(以下「宮埼三角点」という。)から341度400メートルの地点で,針路を232度に定め,機関を半速力前進として9.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,手動操舵により進行した。
 定針したあと,A受審人は,舵輪少し右舷側の機関操縦レバーの後方に立って見張りと操舵にあたり,10時35分少し過ぎ宮埼三角点から290度440メートルの地点に達したとき,機関を微速力前進の7.0ノットに減じ,10時36分機関を極微速力前進とする地点に差し掛かったとき,録音テープを使用し,車輌甲板への立入り禁止や席を立たないことなどについての船内放送を行ったものの,機関を極微速力前進にすることを失念し,減速しないまま,機関長及び甲板員2人を車輌甲板に配置し,北側防波堤及び岸壁の方向や距離などを目測しながら続航した。
 10時36分半A受審人は,宮埼三角点から268度650メートルの地点に達したとき,機関を停止しようとしたところ,極微速力前進に減じていないことに気付いたが,もう少し接近して減速しても間に合うものと思い,直ちに機関を後進にかけるなど,行きあしの減殺措置を十分にとることなく,機関操縦レバーを停止の位置にしただけで,過大な速力のまま進行した。
 A受審人は,間もなく旅客6人のうち唐櫃港で下船する予定の5人が席を立ち,客室から乗下船用階段に向かい,車輌甲板への立入りを禁ずる注意書付きの鎖を外して同階段を下り始めたが,乗組員に運航管理規程に基づいて旅客誘導を適切に行うよう指示を徹底していなかったので,車輌甲板の乗組員が旅客誘導を適切に行わない状況のもと,唐櫃港の岸壁に向け左回頭を始め,10時38分わずか前岸壁まで25メートルに接近したところで機関を半速力後進にかけたのち,続けて全速力後進にかけたが,及ばず,10時38分宮埼三角点から250度670メートルの地点において,せとしおは,145度に向首したとき,3.0ノットの速力で,船首が岸壁にほぼ直角に衝突した。
 当時,天候は晴で風はなく,潮候は上げ潮の中央期であった。
 その結果,船首下部防舷材に擦過傷を生じ,また,岸壁衝突時の衝撃により,乗下船用階段を下りていた旅客1人が足を滑らせて尻餅をつき,腰椎圧迫骨折を負った。

(本件発生に至る事由)
1 機関を極微速力前進にすることを失念したこと
2 予定の減速を行っていないことに気付いたとき,直ちに機関を後進にかけるなど,前進行きあしの減殺措置を十分にとらなかったこと
3 過大な速力のまま接近したこと

(原因の考察)
 本件は,予定の減速を行っていないことに気付いたとき,直ちに機関を後進にかけるなど,前進行きあしの減殺措置を十分にとっていれば,過大な速力のまま接近することはなく,岸壁衝突を回避できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,予定の減速を行っていないことに気付いたとき,直ちに機関を後進にかけるなど,前進行きあしの減殺措置を十分にとらないで,過大な速力のまま接近したことは,本件発生の原因となる。
 A受審人が,機関を極微速力前進にすることを失念したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件岸壁衝突は,香川県唐櫃港において,接岸予定の岸壁に接近中,予定の減速を行っていないことに気付いた際,前進行きあしの減殺措置が不十分で,過大な速力のまま,同岸壁に向首し進行して発生したものである。
 なお,旅客が負傷したのは,船長が乗組員に対して旅客誘導を適切に行うよう指示を徹底していなかったことによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,香川県唐櫃港において,接岸予定の岸壁に接近中,予定の減速を行っていないことに気付いた場合,直ちに機関を後進にかけるなど,前進行きあしの減殺措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,もう少し接近して減速しても間に合うものと思い,前進行きあしの減殺措置を十分にとらなかった職務上の過失により,過大な速力のまま,接岸予定の岸壁に向首し進行して同岸壁との衝突を招き,船首下部防舷材に擦過傷を生じさせ,旅客1人に腰椎圧迫骨折を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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