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平成17年第二審第7号
件名

漁船正栄丸貨物船サン スプリング衝突事件[原審・広島]

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成18年2月13日

審判庁区分
高等海難審判庁(上中拓治,大須賀英郎,山田豊三郎,竹内伸二,長谷川峯清)

理事官
東 晴二

受審人
A 職名:正栄丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
a,b,c,d
指定海難関係人
B 職名:サン スプリング一等航海士
第二審請求者
補佐人a

損害
正栄丸・・・右舷前部から後部に至る舷縁破損及び船尾やぐらの折損,船長が左膝内側側腹靱帯損傷,甲板員が頭蓋骨骨折,急性硬膜外血腫及び脳挫傷
サン スプリング・・・右舷船首部外板に擦過傷

原因
正栄丸・・・動静監視不十分,横切り船の航法(避航動作)不遵守(主因)
サン スプリング・・・警告信号不履行,横切り船の航法(協力動作)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は,正栄丸が,動静監視不十分で,前路を左方に横切るサン スプリングの進路を避けなかったことによって発生したが,サン スプリングが,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年4月16日16時13分
 岡山県笠岡市真鍋島東方沖合
 (北緯34度21.9分 東経133度36.1分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船正栄丸 貨物船サン スプリング
総トン数 4.7トン 996トン
全長 13.55メートル 65.50メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力   1,103キロワット
漁船法馬力数 15  
(2)設備及び性能等
ア 正栄丸
 正栄丸は,昭和60年10月に進水したFRP製の小型底びき網漁船で,船体中央部に操舵室を,後部甲板に揚網機及びやぐらを有していた。操船設備は,操舵室に舵輪,自動操舵装置及び主機操縦装置が装備されているほか,同室外壁の右舷側後部にも舵輪と主機操縦装置が備えられていた。航海計器は磁気コンパスのみを有し,見張りや船位の確認は専ら目視により行われていた。
イ サン スプリング
 サン スプリング(以下「サ号」という。)は,昭和60年11月に日本で建造された船尾船橋型のケミカルタンカーで,船橋前面から船首楼に至る間の甲板下が貨物槽となっており,専ら日本,中華人民共和国,台湾及び大韓民国の間の液体化学物質の輸送に従事していた。
 操舵室には,ジャイロコンパスを組み込んだ操舵スタンドのほか,レーダー2台,GPS1台及びVHF無線電話2台などが装備されていた。
 船体部公式試運転成績書写によれば,旋回時の最大縦距及び最大横距は左及び右旋回ともに約190メートルで,11.4ノットの全速力前進における最短停止距離は625メートル,同停止時間は2分17.5秒であった。

3 事実の経過
 正栄丸は,A受審人及び同人の長男C甲板員が乗り組み,操業の目的で,船首0.35メートル船尾1.52メートルの喫水をもって,平成16年4月16日06時00分寄島漁港を発し,真鍋島南方の漁場に向かった。
 A受審人は,07時30分漁場に到着して底びき網漁の操業を行い,16時00分ごろ真鍋島と香川県仲多度郡多度津町佐柳島の中間付近で最後の曳網を終え,揚網しながら帰航を開始した。
 A受審人は,C甲板員に揚網機の操作を行わせ,自分は操舵室外壁の舵輪及び主機操縦装置を操作して操船にあたり,機関を微速力前進にかけ,周囲の島々の位置関係を見て船首を寄島漁港の方角に向け揚網作業を行いながら航行した。
 16時05分A受審人は,笠岡市大島の標高58メートル山頂三角点(以下「大島三角点」という。)から158度(真方位,以下同じ。)2.0海里の地点で,C甲板員の揚網作業が終了したのを見て,針路を寄島漁港に向く000度に定め,機関を全速力前進にかけ,8.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で自動操舵により進行した。
 定針したとき,A受審人は,右舷船首19度2.2海里のところを南西進中のサ号を初めて認めたが,同船が真鍋島と佐柳島の中間付近を通航する針路をとるであろうから,自船の右舷側を通って船尾方に替わるものと思い,船尾甲板でC甲板員とともに漁獲物の選別作業を始め,その後,サ号の動静監視を十分に行わなかった。
 16時07分半A受審人は,大島三角点から155度1.7海里の地点に達したとき,サ号が右舷船首20度1.5海里のところで,針路をやや右に転じ,その後,方位がほとんど変わらず,前路を左方に横切り衝突のおそれがある態勢となったが,依然として動静監視を行っていなかったので,このことに気付かず,同船の進路を避けないまま続航した。
 A受審人は,サ号の接近に気付かないまま船尾甲板で選別作業を続け,16時13分大島三角点から139度1.1海里の地点において,正栄丸は,原針路,原速力のまま,その右舷前部に,サ号の右舷船首が,前方から20度の角度で衝突した。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は低潮時で,付近には微弱な西流があり,視界は良好であった。
 また,サ号は,D船長及びB指定海難関係人のほか大韓民国,インドネシア共和国,ミャンマー連邦及び中華人民共和国の各国籍を有する船員11人が乗り組み,引火性液体化学物質2-エチルヘキサノールなど約1,360トンを積載し,船首4.40メートル船尾4.75メートルの喫水をもって,同日14時30分岡山県水島港を発し,中華人民共和国江蘇省張家港に向かった。
 D船長は,船橋当直を航海士と甲板手の2人による4時間交替の3直制とし,出港後まもなく,当直体制として降橋した。
 B指定海難関係人は,15時53分大島三角点から054度2.9海里の地点で昇橋して前直の二等航海士と交替し,針路を212度に定め,機関を全速力前進にかけ,まもなく相直の甲板手にバラスト調整を命じて自らの単独当直とし,9.2ノットの速力で自動操舵により進行した。
 定針したとき,B指定海難関係人は,左舷船首方4海里ばかりのところに正栄丸ほか1隻の漁船を初めて視認し,レーダーと双眼鏡により,それらの動静監視にあたった。
 16時05分半B指定海難関係人は,大島三角点から085度1.4海里の地点で,前述の2隻の漁船が相前後して北寄りの針路で航行しているのを認め,後方の正栄丸が,左舷船首13度2.0海里のところにあって方位変化が少ないことを知った。
 16時07分半B指定海難関係人は,大島三角点から097度1.2海里の地点に達し,正栄丸の前方を先行中の漁船が船首右方に替わり,自船と正栄丸との距離が1.5海里となったとき,まだ遠いうちに船間距離を離すつもりで両漁船の間に向首するよう針路を217度に転じたところ,正栄丸を左舷船首17度に見るようになった。
 B指定海難関係人は,その後,正栄丸の方位がほとんど変化せず,前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近するのを認めたが,小型漁船はかなり接近してから避航動作をとることがあるので,いずれ避航動作をとるものと思い,警告信号を行わず,更に間近に接近しても衝突を避けるための協力動作をとらずに続航した。
 16時13分少し前B指定海難関係人は,正栄丸が至近に接近しても避航の気配がないことから,ようやく危険を感じ,手動操舵に切り換えて左舵一杯をとったものの,及ばず,サ号が200度に向首したとき,原速力のまま前示のとおり衝突した。
 D船長は,自室で休息中,異音を聞いて昇橋し事後の措置にあたった。
 衝突の結果,正栄丸は,右舷前部から後部に至る舷縁の破損及び船尾やぐらの折損を生じ,その後修理され,サ号は,右舷船首部外板に擦過傷を生じた。また,A受審人が衝突の衝撃で転倒して左膝内側側腹靱帯損傷を,C甲板員が折損した船尾やぐらで背中と頭を強打して頭蓋骨骨折,急性硬膜外血腫及び脳挫傷を受傷した。
 
(航法の適用)
 本件衝突は,瀬戸内海の真鍋島東方沖合において,北上中の正栄丸と南西進中のサ号とが衝突したもので,以下,適用航法について検討する。瀬戸内海は海上交通安全法の適用される海域であるが,同法には本件に適用される航法規定がないので,一般法である海上衝突予防法が適用される。
 正栄丸の定針後,両船は互いに進路を横切るもわずかに方位が変化する態勢で接近していた。衝突の5分半前,両船間の距離が1.5海里のときのサ号の右転により,その後,方位がほとんど変わらなくなり,衝突のおそれがある態勢となったものである。5分半という時間及び1.5海里という距離についていえば,サ号の転針後にも両船が互いの動静監視を行ってそれぞれ必要な動作をとる時間的及び距離的余裕が十分にあったと考えられる。このとき正栄丸を先行中の漁船はすでにサ号の船首を替わっており,両船の行動に影響するものではない。したがって,本件は定型航法を適用するのに何ら支障はなく,海上衝突予防法第15条横切り船の航法により律することになる。

(本件発生に至る事由)
1 正栄丸
(1)サ号が自船の右舷側を通って船尾方に替わるものと思い,動静監視を十分に行わなかったこと
(2)船尾甲板で漁獲物の選別作業に従事していたこと
(3)A受審人がサ号の進路を避けなかったこと

2 サ号
(1)船橋当直が単独で行われていたこと
(2)正栄丸と先行漁船の間を通航しようとして,5度右転したこと
(3)警告信号を行わなかったこと
(4)衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと

(原因の考察)
 本件は,正栄丸が,サ号の動静監視を十分に行っていたなら,同船が前路を左方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近していることに気が付き,その進路を避ける動作をとり,衝突を回避できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,サ号が自船の右舷側を通って船尾方に替わるものと思い,サ号の動静監視を十分に行わないまま船尾甲板で漁獲物の選別作業に従事し,その進路を避けなかったことは本件発生の原因となる。
 一方,サ号は,正栄丸が前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近するのを認めていたから,警告信号を行い,衝突を避けるための協力動作をとっていたならば,衝突を回避できたものと認められる。
 したがって,B指定海難関係人が警告信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 サ号の船橋当直が単独で行われていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 サ号が5度右転したのは,正栄丸と先行漁船の間を通航しようとしたためであって,サ号と正栄丸との間に衝突のおそれのある関係が生じる前の行動であり,本件と相当な因果関係があるとは認められない。

(主張に対する判断)
 正栄丸側補佐人は,サ号の右転時期を衝突の3分前と主張し,この右転がなければ本件衝突は発生しなかったとして,本件は船員の常務により律するべきである旨主張するので検討する。
 B指定海難関係人に対する質問調書中,転針時の正栄丸との距離について,相手船が0.9ないし1.0海里のときという記載が1箇所あるが,その後に,自分の記憶では距離が1.5海里というのが正しいと思う旨の供述記載がある。また,そのときの状況について,まだ遠いうちに避けておこうと思い転針したとも述べ,まだ余裕のある時期の転針であるとしている。転針時期を両船の距離が1.5海里のときと認定したのはこれらの証拠によるもので,時間に換算して衝突の5分半前となるのである。
 したがって,サ号の転針時期が衝突の3分前であるとする同補佐人の主張を採ることができない。
 次に,前述の転針によって衝突のおそれが生じたことは事実であるが,その後,正栄丸がサ号の動静監視を行って避航動作をとる十分な余裕があったことは,航法の適用の項で述べたとおりである。一般に小型漁船がかなり接近してから避航動作をとることを考えれば,両船の距離が1.5海里のときから定型航法を適用しても何ら支障はない。
 したがって,本件を船員の常務によって律するべきであるとする同補佐人の主張を採ることができない。

(海難の原因)
 本件衝突は,瀬戸内海の真鍋島東方沖合において,両船が互いに進路を横切り衝突のおそれがある態勢で接近中,北上する正栄丸が,動静監視不十分で,前路を左方に横切るサ号の進路を避けなかったことによって発生したが,サ号が,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
 

(受審人等の所為)
 A受審人は,真鍋島東方沖合を北上中,右舷船首方に南西進中のサ号を認めた場合,衝突のおそれの有無を判断できるよう,その動静を十分に監視すべき注意義務があった。しかるに,同人は,サ号が自船の右舷側を通って船尾方に替わるものと思い,船尾甲板で漁獲物の選別作業に従事し,その動静を十分に監視しなかった職務上の過失により,サ号が前路を左方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かず,その進路を避けずに進行して衝突を招き,正栄丸の右舷前部から後部に至る舷縁の破損及び船尾やぐらの折損を,サ号の右舷船首部外板に擦過傷をそれぞれ生じさせ,また,自身が左膝内側側腹靱帯損傷を,C甲板員が頭蓋骨骨折,急性硬膜外血腫及び脳挫傷をそれぞれ負う事態を招くに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B指定海難関係人が,真鍋島東方沖合を南西進中,前路を右方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近する正栄丸を認めた際,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては,勧告するまでもない。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文 平成17年3月23日広審言渡
 本件衝突は,正栄丸が,動静監視不十分で,前路を左方に横切るサン スプリングの進路を避けなかったことによって発生したが,サン スプリングが,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。


参考図
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