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持続可能性を求めて
 
 マラッカ・シンガポール海峡の航行安全と環境保護は長期的構想である。したがって、こうした活動に対する資金調達も長期的計画と考えるべきである。プロジェクトまたは活動に基づく資金調達は、それ自体としては、沿岸国のニーズを完全に満たすことはできないかもしれない。一つの解決策は、当海峡の航行安全と環境保護を対象とした資金プールの創設である。これは航行援助施設の購入だけでなく、その維持管理も支援するというものだ。この資金プールは、「マラッカ・シンガポール海峡のセキュリティ、安全、環境保護の向上に関するクアラ・ルンプール声明」と一致したものになるだろう。ただし、こうした提案は、実施される前に、利用者によって受け入れられなければならない。
 
 同時に、沿岸国も、航行安全と環境保護に向けたより革新的なアプローチを追及することができるだろう。マラッカ海峡の協力の取り決めは、国際条約の現行枠組みを中心に構成できるであろうし、特定の国際条約を確実に遵守することを目指したプログラムやプロジェクトに対しては援助が得られるだろう。例えば、SOLAS条約2002年締約国会議の当事国は、IMO事務局長に対し「海上セキュリティ信託基金」を設立するよう求め(IM0 2002)、同基金はその後2003年6月に設立された。しかし、マラッカ海峡を対象にした同様な信託基金の構想は、特に基金が海上セキュリティ信託基金のようにIMOによって管理される場合は、沿岸国に好意的には受け入れられないかもしれない。またMARPOL73/78条約でも、特に当海峡地域で依然不足している廃棄物受け入れ施設の設置に、協力の機会を提供している。
 
 負担分担メカニズムの持続可能性も貢献の行われ方によって左右されるだろう。当海峡の負担分担に資金を供給するためには、完全に自発的なアプローチが利用者にとって最も魅力的かもしれない。しかし、それは沿岸国にとって最も有益なものであろうか。クアラ・ルンプール会議では、利用者に対し負担分担に「自発的に」貢献するよう要請した。これは貢献が完全に自発的であることを意味するだろうか。あるいは、クアラ・ルンプール会議で提案された資金調達メカニズムのような手段を通じて進んで貢献するように利用者を説得できるだろうか。このようなアプローチを行えば、クアラ・ルンプール会議の時とは違って(検討のため机上に上ったもののうち最も費用のかかる沈船除去プロジェクトについて引き受け手がなかった)、費用のかかるプロジェクトにも利用者の貢献によって資金が提供されるようになるだろう。
 
 持続可能性を追及すると協力の範囲が広がって他の課題を含めることになるかもしれない。海運に関連した環境問題のほか、他の環境保護分野が検討される可能性もある。例えば資源保護は検討に値する問題の一つである。これは船舶による汚染がマングローブのような生態系に及ぼす影響について理解を深めるプロジェクトを含む可能性がある。さらに、そのようなプロジェクトが当海峡の航行安全を向上させるために貢献する場合は特に、当海峡に関する水文学の理解を目指したプロジェクトも提案される可能性がある(Basiron 2005)。
 
 持続可能性の問題は重要であるが、解決の難しい問題である。しかし、結局は、インドネシア、マレーシア、そして幾分シンガポールも、おそらく次のような事実を受け入れなければならないかもしれない。すなわち、クアラ・ルンプール会議で両方の資金を提供するという合意があったにも拘わらず、沿岸国は資本支出のための資金は受け取れても、機材を購入する初期投資より累積的に高くなることの多い維持管理コストのための資金は必ずしも受けられないという事実である。
 
より広い視野が必要か
 
 本シンポジウム及びマラッカ海峡における最近の活動の多くは航行安全と環境保護が中心であるが、当海峡のより広い意義を見失わないことも沿岸国にとって重要である。当海峡をより包括的または全体論的に眺めることで、海運以外の商品及びサービスの点から見て、全般的な利益の維持及び保護を確かなものにすることになろう。これは海峡の安寧に対するその他の脅威についてもきちんと対処するということである。当海峡に対する視野を広げれば、航行安全問題以外の協力の機会も開かれるだろう。また、従来、沿岸国自身が航行安全と海運に関連した環境問題を除いて、極めて僅かな協力しか行っていなかったことにも留意しなければならない(Nontji 2006)。
 
結論
 
 マラッカ・シンガポール海峡における沿岸国と利用者間の協力は、海峡を通航する船舶数が2006年に最高記録の65,649隻に達し(別表1)、今や新しい時代に入ったと言える。問題意識の構築、調査、協議という長いプロセスの後、セキュリティ問題に促されて、両当事者は、日本から提供されてきた資金と技術支援以上の協力を促進するため、ある種の合意に達したように思われる。当海峡におけるこうした新しいレベルの協力を提供するには、プラットフォームが必要になることが予想される。沿岸国と利用者間の対話フォーラム及び資金調達プロジェクトと活動のメカニズムを構築することについては、すでに合意されている。こうした変化が起こると、利害関係者の役割と立場もまた変化することが予想される。沿岸国としては援助要請に対してより具体的になる必要があり、これはクアラ・ルンプール会議で目に付いたことである。同様に、利用者側も沿岸国の要請に対応する見解をさらによく調整する必要がある。しかし、当海峡に関する最近の会議で満足に扱われなかった基本問題が依然としてある。それは、誰が、何に対して、どのように払うかという長年の問題である。こうした問題にはこれまでほとんど回答が与えられてこなかったが、対話メカニズムと資金調達メカニズムに関する提案では、進展が見られる。このことは、特に航行援助施設を維持管理するコストが高いことを考えると、果たしてこの新しい協力が維持できるだろうかという疑問を感じさせる。
 
 しかし、沿岸国は、当地域で今後協力を形作る場合に役立つと思われるTTEGとマラッカ海峡回転基金の運営により、確かな経験と制度上の歴史を持っている。この2つのメカニズムは今後の協力が構築されるプラットフォームを形成することができるだろう。同時に、協力の範囲を広げて航行安全以外の分野を検討することも価値がある。
 
参考資料
 
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 Nontji, A(2006)。Mohd Nizam Basiron及びAmir Dastan(編集)のマラッカ海峡における海洋環境の管理。マラッカ海峡における包括的セキュリティ環境の構築。クアラ・ルンプール、マレーシア海事研究所。
 
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 Valencia, M. J.(2006)。マラッカ海峡の協力:水の半分入ったコップ。2006年12月21日、ジャカルタ・ポスト。
 
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 IMOは包括的な海上安全対策を採択している。
 
モハマッド・ニザム・バシロン研究員(マレーシア海事研究所)
 
別表1
クラン船舶交通システム(VTS)に報告された船舶の種類と総隻数(1999年1月−2006年12月)
種類 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年
VLCC/深喫水の原油運送船 2,027 3,163 3,303 3,301 3,487 3,477 3,788 3,851
タンカー 11,474 13,343 14,276 14,591 15,667 16,403 14,759 14,784
LNG船/LPG船 2,473 2,962 3,086 3,141 3,277 3,343 3,099 3,297
一般貨物船 5,674 6,603 6,476 6,065 6,193 6,624 6,340 6,477
コンテナ船 14,521 18,283 20,101 20,091 19,575 20,187 20,818 22,615
バルクキャリア 3,438 4,708 5,370 5,754 6,256 6,531 7,394 8,129
RORO船/自動車運搬船 1,229 1,761 1,764 1,980 2,182 2,440 2,515 2,863
旅客船 1,919 3,301 3,151 3,490 3,033 2,838 2,299 2,009
家畜運搬船 42 70 108 108 80 46 45 51
曳船 566 774 610 422 478 568 420 372
政府所有船/軍艦 93 117 155 111 120 130 153 81
漁船 52 44 60 38 35 67 34 39
その他 457 828 854 942 1,951 982 957 1,081
合計 43,965 55,957 59,314 60,034 62,334 63,636 62,621 65,649
出典:マレーシア半島海事局(2007)


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