日本財団 図書館


5. 費用対効果分析
 本調査では、マ・シ海峡の利用者の観点からの便益を算出した。便益としては、安全便益と輸送便益の2つが挙げられる。
 
(1)輸送便益
 輸送便益とは、各プロジェクトの実施で輸送が整流化されることにより、当該水域を航行する所要時間が短縮され、それによって得られる便益を指す。また、運航時間短縮や船型大型化によるによる海運経済上の機会コスト増(減)も含まれる。
・運航コスト:例えば、運航時間短縮に伴う燃料費、人件費が含まれる。
・機会コスト:運航サービスにおける営業機会の増加(又は減少)を指す。この便益は、船主を通じて荷主の便益になっているとも言える。
 
(2)安全便益
 安全便益とは、各プロジェクトの結果、海難リスクが減少することが期待されることによる便益を意味する。海難による経済的な損失としては、船舶損失(全損の場合)、修理経費、人的損失、貨物損失、及び事故船の撤去費用が含まれる。さらに、事故を起こした船舶がタンカーの場合には油流出の危険性があり、油流出による海洋汚染に伴う経済損失も含まれる。
[海難の大きさについて]
 安全便益は、海難の発生リスクの減少によって得られる経済的な効果である。本研究では、海難の大きさを「全損」、「重大」、「軽微」、「損害無し」、の4段階に区分して考えることとした。「全損」の発生確率は一番低く、「軽微」や「損害無し」になるにつれて発生確率は高くなる。ハインリッヒの法則と同じ考えである。
 各段階における被害の割合を「損害係数」として表すこととし、「全損」における損害係数を1とする。船舶損失・人的損失などの損失の計算は、各段階における「損害係数」を乗じることとなるが、事故船の撤去費用は、「全損」及び「重大」の場合にしか発生しないので、「軽微」及び「損害無し」の場合は算入しない。
[海洋汚染による損失について]
 タンカーが海難になった場合、例え「全損」の場合でも貨物油の全てが流出する訳ではない。このため、タンカーの場合、船舶の大きさとその油流出量の相関関係式を求めた。タンカー以外の船舶の場合は、油流出量は一律1.5キロリットルとした。単位油流出量当たりの損失額としては、IOPC基金の実際のデータから、流出油1キロリットル当たり18千USドルという数値を用いた。
 
6. 費用対効果分析の結果
 費用対効果(B/C)の値は、一般的に1.5以上であれば「十分な費用対効果がある」とされている。分析の結果、通航量の増加に伴い、B/Cの値も、増加していることが分かる。
 
プロジェクト (1)
沈船除去
(2)
航行援助施設
(3)
浅瀬浚渫
(4)
レーン交換
コスト(百万米ドル) 64 21 43 322
B/C(2004年) 5.16 9.65 6.62 2.22
B/C(2010年) 10.35 12.58 13.23 2.61
B/C(2020年) 14.09 16.44 17.80 4.81
 
(参考)日本における航路整備プロジェクトでの費用対効果分析の例:
東京湾口航路整備事業(中ノ瀬航路浚渫及び第三海保撤去)(計画中)3 B/C=1.51
関門航路開発保全航路整備事業(実施済)4 B/C=1.64
 
3社団法人日本海難防止協会、平成15年度東京湾海上ハイウェイネットワークの構築に関する調査研究報告書、平成16年3月
4国土交通省九州地方整備局:関門航路開発保全航路整備事業、平成17年12月
 
7. その他の分析(避航操船空間閉塞度:BC値)
 本調査では、それぞれのプロジェクトによって航行の安全性がどの程度向上するかについて、安全性を数値化することによって検証した。数値指標としては「避航操船空間閉塞度:BC値」5を用いた。この指標は、航行中に他船と見合い関係になった時に、どの程度、避航の自由度があるのかを数値化したものであり、数値が小さいほど避航の自由度が大きいことを示しており、逆に、船舶密度が高くなって避航回数が多くなってくると、数値は大きくなる。一般的には、この指標が0.6以上であれば航行上危険な状態であるとされている。
 
 下のグラフは、2ないし3のプロジェクトが同時に実施指された状態におけるBC値を示している。プロジェクト2(航路標識の維持管理)を行わないということは非現実的であるため、プロジェクト2を実施した状態を基本状態と考えることとした。沿岸国の提案であるプロジェクト1とプロジェクト2の両方を実施した場合、現時点では航行は危険なレベルになっていないが、2020年には0.6を超えており、危険なレベルになることがわかる。
 
 
5長澤 明、原 潔、井上 欣三、小瀬 邦治:避航操船環境の困難度−II、日本航海学会、平成4年10月
 
8. 結論
(1)マ・シ海峡の将来の通航量予測
 通航量は着々と増加し、2020年では2004年と比較して、隻数・トン数ともに約50%増となることが見込まれる。
 
(2)費用対効果分析
 分析の結果、4つのプロジェクトいずれも十分な費用対効果が見込まれることが示された。
 
(3)その他の分析
 予測した通航量増加に伴い、将来的には、マ・シ海峡における航行の安全性が危険なレベルにまで達することが示された。近い将来には、通航量増加による船舶混雑を解消させるために、何らかのプロジェクトが必要になってくるものと思われる。
 
伊崎 朋康 主任調査役(運輸政策研究機構)


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION