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2 主な議論等
(1)マレーシア副首相の基調演説
 マレーシア副首相の基調演説(運輸大臣が代読)のポイントは、以下のとおりです。
・非政府の研究機関による有益な貢献に期待する。
・マ・シ海峡の通航量は今後急増する。安全・セキュリティ対策を担う沿岸国の負担は大きい。マレーシアは、主要な利用国が能力開発面で沿岸国を支援してくれることを望む。また、海峡管理のための基金への支援を求める。油流出への対応のための回転基金がすでに存在することから、これを拡充することも一案である。
・2006年のクアラ・ルンプール会議では、沿岸国から6つのプロジェクトが提案された。任意の協力を求める形になっているため、利用国がコストのかかるものを選ぼうとしない恐れや、支援が得られないものが残るおそがある。利用国によく再考をお願いしたい。
・道徳的な責務としての海運業界による貢献を求めたい。
・日本財団が航行援助施設の整備等を支援する基金を提案してくれることを、全面的に支援する。
 
(2)笹川陽平・日本財団会長の挨拶
 日本を代表して笹川陽平・日本財団会長が行った開会の挨拶の内容を抜粋・要約して紹介します。この挨拶は、その強いメッセージ性から、ロイズ・リストなど海外のメディアでも大きく取り上げられました。
 
笹川陽平・日本財団会長の挨拶(抜粋・要約)
 
・アカデミー賞を受賞した映画「不都合な真実」で、地球温暖化による気候変動が、海水温の上昇、海岸線の冠水、氷河の後退など海にも様々な悪影響を及ぼすことが描かれていた。こうした危機に対処していくためには、海事分野においても、海を利用するだけの活動を「海を守り、海の変化に適切に対応する活動」に変えていかなければならない。マ・シ海峡についても同じことが言える。
・マ・シ海峡は、海上交通の要衝として重要性が高まっており、漁業や観光といった活動の場でもある。その航行安全・環境対策は重要。
・マ・シ海峡の通航量はスエズ運河の4倍、パナマ運河の10倍以上。2020年には通航量は載貨重量トンで60%、隻数で50%増加し、安全上のリスクが増大する。これに対応するための経費は10年間で約3億米ドル。
・政府関係者だけでなく、直接的な受益者であり、汚染の原因者となる民間事業者が自らの問題として考えるべき。海峡利用者が企業の社会的責任の観点から必要な経済的負担を自主的に行うべき。
・費用分担の考え方として「次世代につなぐBurden Sharing」を提唱したい。マ・シ海峡は年間40億トン(DWT)以上の船舶が利用するので、利用者が1トン当たり1セント貢献するとしても年間4千万ドルの資金が集まる。運賃への影響はほとんどない。これにより沿岸国の過重な負担が解消される。
・航行援助施設などの維持・更新は、利用者による負担が適切。新たな航行援助施設の整備、浚渫などの投資は、利用国が協力することが適当。交通管理や取締りなどに必要な沿岸国の能力開発については、経験を有する利用国や日本財団のような民間団体が支援を行うことが適当。
・沿岸国や利用者によりマ・シ海峡の航行安全・環境保全のための基金ができる可能性がある。日本財団は、未来への改革の一歩として、そうした基金の設立に取り組みたい。
・国際法の父・グロティウスは、海の非枯渇性・再生産性を根拠に「自由海論」を展開したが、大航海時代と異なり二十一世紀では、海は無限に自由に収奪可能なものではない。利用者が自主的に費用を負担することを前提とする現代の「新自由海論」がマ・シ海峡から生まれることを望む。
 
(3)日本による発表((財)運輸政策研究機構/伊崎朋康・主任調査役)
 (財)運輸政策研究機構からは、(1)2010年、2020年におけるマ・シ海峡通航量の将来予測、(2)航行安全・環境保全関係プロジェクトに関する費用対効果分析について発表がありました。
 (1)の海峡通航量の将来予測については、2020年の通航量がトンベース(DWT)で2004年の1.6倍、隻数ベースでは1.5倍になり、今後急激な通航量の伸びが見込まれることが示されました。
 (2)のプロジェクトの費用対効果分析では、分析対象としたいずれのプロジェクトも十分に費用対効果が大きく、特に、航行援助施設の維持更新プロジェクトや、分離通航帯の浚渫プロジェクトの費用対効果が大きいことが示されました。
 
(4)マレーシアによる発表(MIMA/モハマッド・ニザム・バシロン研究員)
 MIMAからは、航行安全・環境保全対策の費用分担の基本的な考え方について、以下のような問題提起がありました。
・「ただ乗り」ができることが、利用者負担実現の障害になってきた。
・費用負担については、「誰が」、「何のために」、「どうやって」負担するかが長年の課題になっており進展がなかった。
・資金拠出者が発言力を持ちたいとすることは、沿岸国の主権意識と衝突する。
・検討課題としては、(1)利用国の定義、(2)資金拠出のメカニズム(任意か強制か)、(3)資金管理のシステム、(4)IMOの役割の4つがある。
・航行援助施設の維持は、長期的に取り組む必要があり、それをまかなえるような持続可能な基金が必要になる。
・完全な任意の資金拠出に頼る場合、コストの高いプロジェクトを誰も選ばないようなことも懸念されるため、何らかの仕組みを通じて利用者に働きかけを行う仕組みを考えてもよい。
 
(5)インドネシアによる発表(東南アジア研究センター/ハシム・ジャラール教授)
 ハシム・ジャラール教授からは、国連海洋法条約との関連でみた利用者の役割について、次のような指摘がありました。
・沿岸国と利用国との協力を考えるに際して、海運会社や石油会社などの利用者による協力を含めて考えてよい。国連海洋法条約第43条の趣旨は、国以外の利用者を排除しない。
・通航量が増加し、沿岸国による航行安全・環境保全対策が困難になっている今、「ただ乗り」の時代は終わった。
・沿岸国がIMOクアラ・ルンプール会議で6つのプロジェクトを提案しており、利用国による支援を期待する。沿岸国と利用国が個別に協議して進めて構わない。基金の設立も提案されている。既存の回転基金を拡充することもありうるが、別の基金を設立する方が望ましい。こうした仕組みで利用国が沿岸国を支援する方が、利用国自らが海峡の管理を行おうとするよりも実際的で、政治的にも法的にも受け容れられやすい。
 
(6)シンガポールによる発表(RSIS/ロバート・C・ベックマン教授)
 ロバート・C・ベックマン教授からは、海運会社の役割について次のような指摘がありました。
・海運会社は「公平性」の観点から責任を有するといえる。すなわち、多くの船は通過するだけで港湾の使用料を払わず、一方で航行援助施設から利益を受け、「ただ乗り」になっている。また、海運会社はマ・シ海峡を通ることにより時間と莫大なコストを節約できている。日本だけが負担しているのも不公平。
・企業の社会的責任の観点からも、貢献すべき。海運業界のイメージ向上にも役立つ。
・海運業界の貢献の前例としては、中東で寄港する船舶が任意に航行援助施設の費用負担を行うMENASの例がある。
・資金拠出する海運会社には、基金による資金の管理や使途について発言権が与えられるべき。
・世界にはマ・シ海峡以外に109の狭い海峡があり、海運会社はマ・シ海峡における資金拠出が他の先例になり波及することを恐れている。歯止めをかけるため、沿岸国と利用国との合意、IMOや主要海運団体による承認などの手続を経ることを条件とすればよい。
・国連海洋法条約における沿岸国と利用国の協力の規定は、民間企業が基金に拠出することを妨げない。
 
(7)海運関係団体等による意見表明
 主催4研究機関以外の団体が意見表明する時間が設けられ、海運関係団体としては日本船主脇会、BIMCO、ICS、INTERTANKOが、その他の団体としてはReCAAPの情報共有センター及び日本の海洋政策研究財団が、それぞれ意見表明を行いました。
 
 意見表明やそれを受けた質疑応答の中で、海運関係団体からは、任意の協力という考え方については支持できること、より具体的な協力の方法について関係者と協議を行う用意があることなどについてコメントがありました。また、日本船主協会からは、質疑に答える形で、これまでマ協を通じて協力してきたが今後も協力を継続したいとのコメントがありました。海洋政策研究財団からは、マ・シ海峡における協力の仕組みづくりに関し同財団がとりまとめた調査報告書の紹介がありました。
 
3 シンポジウムを終えて
(1)2006年のIMOクアラ・ルンプール会議では、沿岸国から航行安全・環境保全対策に関する協力メカニズムと6つのプロジェクトの提案がありましたが、同会議の場で、沿岸国が提案したプロジェクトに対し早くも中国が支援を表明しました。同会議以降、他の利用国も関心を有するプロジェクトについて個別に沿岸国と接触し、協議を進めようとしています。このように、この1〜2年、利用国側が積極的に沿岸国への支援に乗り出し、政府レベルではマ・シ海峡における協力に向けての動きが急速に進展しています。
(2)一方、沿岸国は、上記会議で協力メカニズムの一部として「航行援助施設基金」の設置を提案していますが、この基金の設置に関し協力を申し出る利用国は現在のところまだありません。また、基金は、利用国だけでなく民間も含めたより幅広い関係者からの資金協力の受け皿となることが想定されていますが、現在までのところ、上記会議における沿岸国からの協力メカニズム・プロジェクトの提案を受けた海運業界など民間からの協力の意向表明はありません。
(3)こうした中、シンポジウムは、これまであまり議論がなされてこなかった基金のあり方や民間の役割についてスポットを当てており、まさに政府レベルでの議論で欠けていた部分を補完する、時宜を得たものとなっています。シンポジウムでは特に、海運業界をはじめとするマ・シ海峡の受益者が、企業の社会的責任として沿岸国の行う航行安全・環境保全対策に協力すべきであること、民間からの協力は基金を通じて行うのが適当であることなどについて議論し、合意を見ました。
(4)このようなシンポジウムでの主張は非常に目新しいものであり、各方面からの反響は大きく、シンポジウムの結果はBBCやロイズ・リストをはじめ海外のマスコミで広く取り上げられました。
(5)民間の役割を強調する議論の流れに、海運業界がどのような反応をするのかが注目されました。結果的には、招待を受けてシンポジウムで意見表明をした団体もあり、また、質疑応答に参加した海運関係団体の代表者は、具体的な支援の意向表明は避けたものの、任意での協力という前提の下に、基金への協力に関する具体的な議論に参画したいとの前向きなコメントをした団体もありました。
(6)冒頭の笹川会長の挨拶では、日本財団が基金の設立を支援することが表明されました。これは、2006年9月に沿岸国が基金の設立を提案して以来、官・民を通じ初めての基金への支援表明になります。日本船主協会からも、これまで(財)マラッカ海峡協議会を通じて行ってきた協力を今後も継続したい旨、質疑応答の中でコメントがありました。
 この2〜3年、マ・シ海峡における協力の機運が急速に高まるきっかけとなったのは、2004年10月にMIMAがクアラ・ルンプールで開催した「マラッカ海峡会議」で中国が初めて沿岸国への支援の意思を表明したことでした。今回のシンポジウムで日本の民間団体がいち早く支援表明を行ったことにより、民間ベースでの支援をめぐる議論に弾みがつくことが期待されます。
(7)4つの研究機関は、本年9月のIMOシンガポール会議にシンポジウムの結果を報告するとともに、本シンポジウムのフォローアップとして、同会議に向け基金のあり方についてさらに研究を深めることとしています。
 基金の検討は沿岸国側においても進められていますが、これら研究機関が民間によるイニシアティブとして建設的な提言を行い、政府レベルでの取組みを補完してマ・シ海峡における初の多国間協力の枠組み構築に貢献することが期待されます。
以上
 
主な参加者(主催4団体及び関係者)
 
会場の様子


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