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5. 漁業系海ごみ問題の現状と課題
漁業系海洋ごみ問題の現状と課題
−漁業資材の廃棄、リサイクルの現状−
東京海洋大学 兼広春之
1. はじめに
 海洋に流入するごみの量は世界で年間600〜700万トンに達すると推定されており(アメリカ科学アカデミー報告、1997)、海洋環境汚染問題の一つとして近年海洋ごみが大きな注目を浴びている。海洋に流出するごみの大半はプラスチック製品であり、分解しないまま半永久的に環境中に残ってしまうため、海洋環境汚染や生物への影響などが強く懸念されている。また、海洋に流出したごみは海流により海を渡って移動し、広い海域での汚染を引き起こすなど、海洋ごみ問題は今や一国だけの問題ではなく、海を越えた地球規模の環境問題として位置づけられており、解決に向けた国際間の枠組みによる取り組みが必要とされている。
 海洋ごみの中でも、とりわけ漁網やロープ等の漁業系廃棄物は以前から海洋生物被害を引き起こす大きな原因として、マリンデブリ国際会議等でその問題点が指摘されてきた。北太平洋海域における漂着物調査でも、大量の漁業資材(漁網、ロープ、プラスチック製フロート)がハワイ周辺の海域(ミッドウェー諸島)に漂着し、周辺に生息する海鳥や海洋動物に被害を与えていることが指摘されている。ミッドウェー諸島周辺の海域は北太平洋ごみベルト地帯と呼ばれているくらい海洋に流入したごみがたまりやすい海域として知られている。また、日本の沿岸域においても、日本海側の海岸や離島の海岸においては漁網やロープ、フロートなどの漁業系廃棄物の漂着が数多く見られるようになっていることが報告されており、近年ますますその度合いが増してきている。
 
2. 漁業系漂着ごみの現状と問題点
 漁業資材は他の生活用品などのプラスチック製品に比べて1個当たりの大きさや重量が非常に大きいため、回収・運搬・処理が極めてやっかいである。大きなものでは1トンを超える巨大な塊状になった網やロープ、1mくらいのサイズの発泡スチロール製フロートが大量に海岸に漂着している。では、こうした漁業系のごみはどこからくるのであろうか。日本の海岸に漂着する網、ロープ、フロートなどの漁業系漂着ごみの製造国を調べると、日本だけでなく韓国、中国、台湾などの外国製のものも数多く見られる。
 日本海・黄海・東シナ海はアジ、サバ、イワシなどの漁業資源の良好な漁場であり、これらの海域では日本をはじめとして中国、韓国、台湾の各国が漁業操業している。特に、日本海では主にエビ、イカ、カレイ等を対象とする沖合い底びき網漁業のほかに、イカ釣り漁業、カニカゴ漁業、イワシ、マアジ、サバ、ブリなどのまき網漁業が、また、東シナ海・黄海ではサバ・アジなどのまき網漁業と底引き網漁業が行われている。操業中の事故により漁網やフロートが流出したのであろうか。それとも船上から投棄された廃網や廃フロートが海流に乗って海岸に漂着したものであろうか。漁具の海洋投棄は国際法で禁止されているはずだが(マルポール条約やロンドン・ダンピング条約)。漁業系廃棄物の海洋への排出原因の早急な調査・解明と排出削減対策が必要である。
 
3. 漂着ごみのリサイクルについて
 海岸に漂着・散乱するごみは通常、可燃ごみと不燃ごみに分けて回収されているが、塩分を含んでおり、また海藻や貝などの付着により汚れているものも多いため、ほとんどがリサイクルされずに焼却あるいは埋め立て処理されているのが現状である。しかしながら、海洋ごみがまったくリサイクルされていないわけではない。海洋ごみの中でも多くを占めるプラスチックごみのリサイクルの可能性について考えてみる。
 通常、プラスチック製品をリサイクルする場合には、同じ種類(材質)のプラスチックだけを集める必要がある。しかしながら、海洋ごみの場合にはさまざまな種類のプラスチック製品が混ざっているため種類別に分別するのは非常に困難である。したがって、一般的には、海洋ごみに含まれる買い物袋や食品包装材、容器類など大半のプラスチック製品のリサイクル(再生利用)は実際上困難であると考えてよい。例外的に、ペットボトルは単一の樹脂(ポリエステル)でできており、分別もしやすいため、ある程度まとまった量が回収されればリサイクルの可能性はあると思われる。
 海洋ごみに含まれるプラスチック製品の中でも、漁業系の廃資材(網、ロープ、フロート)は例外的にリサイクル化が可能な製品であり、実際にリサイクルされているものも少なくない。例えば、ポリエチレン製の古網は他の漁業用の網(養殖用)や陸上ネット(防風用、農業用など)として再利用されたり、中国へ輸出されて漁網やペレットとして再生利用されていた。また、ナイロン網については、十数年前まで、北洋サケ・マス流し網漁業(1993年以降、公海での流し網漁業は禁止)に使用された古網は加熱溶融され、再度別のプラスチック製品として再生利用(いわゆる、マテリアルリサイクル)されていたし、現在でも、一部ではあるがナイロン漁網から再生されたプラスチック製品が再度家電製品や自動車、建材分野の製品として利用されている。さらに、ナイロンの廃漁網を高温で熱分解し、ナイロンの原料モノマー(ε-カプロラクタム)に戻し、再度新品のナイロン樹脂として生まれ変わらせるケミカルリサイクルも行われている((株)帝人)。この他同様なケミカルリサイクル法として、ポリエチレン製漁網を高温で熱分解することにより軽油、重油、ガソリンなどの燃料として利用するリサイクル法などが検討されている。
 また、漁業用の発泡スチロール製フロートについても、現在リサイクル化が検討されている。発泡スチロール製フロートは従来の硬質製フロートに比べ、軽量で安価であるため、近年、養殖用を中心として九州から北海道まで各地で大量に使用されるようになってきている。発泡スチロール製フロートの耐用年数は3〜5年程度とされているが、使用後の廃フロートの多くは回収処理されないまま山積みされているのが現状という。廃フロートの一部は海洋に流出したり、あるいは処理がやっかいなため人為的に海洋に投棄されており、それらが海岸に漂着しているものも多いと思われる。発泡スチロール製フロートの大きな問題点は、使用環境下で機械的な磨耗を受けたり紫外線による劣化を受け、破砕化しやすいことである。破片化した発泡スチロールは数mm以下、あるいはそれ以上に小さなサイズにまで微細化するため、一旦流出し、破片化したフロートはまったく回収することができず、海岸に半永久的に残ってしまう。早急に発泡スチロール製フロートの使用の見直しや破砕し難いフロートへの改良、排出されてしまった廃発泡スチロール製フロートの回収・リサイクル化の検討が必要とされる。
 海洋ごみ問題の解決にはごみの発生抑制対策が最も重要なことはいうまでもないが、発生したもの(海岸に漂着したごみ)の処理対策の確立も重要である。特に、海洋ごみの大半を占めるプラスチック製品については、処理対策の一つとして現在リサイクル化の検討が行われている。
 次に、処理が最もやっかいな漁網及び漁業用発泡スチロール資材(魚箱及びフロート)のリサイクルの現状と課題について述べる。
 
4. 漁網の生産量と廃漁網の発生量
 日本における漁網(陸上ネットを含む)の生産量は1984年〜1988年をピークに年々減少してきており、最盛時の30,000トンから2000年には12,600トンにまで低下した。2000年の生産量12,600トンのうち実際に漁網として生産、使用されている量は約8,000トン程度と推測されており、漁業種別に見ると定置網が2,690トン(35%)と最も多く、以下底引き網の1,750トン(23%)、刺し網1,400トン(18%)、旋網760トン(10%)、敷網類150トン(2%)、養殖網900トン(11.7%)となっている。素材別に見た場合、ナイロンが31.7%と最も多く、次いでポリエチレン28%、ポリエステル19.7%、ビニロン12.2%、その他8%となっている。ナイロンとポリエチレン、ポリエステルの3種類で漁網全体の約80%を占めている。
 生産される漁網のうち使用済みとして排出(廃棄)される漁網は年間約2,000トン程度と推定されており、その大半は焼却や埋立てにより処理されている。


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