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寄港地・小笠原を知ろう
小笠原諸島について
小笠原への旅
 東京から南へ1,000km、世界でも有数の透明(とうめい)度を誇る(ほこる)海に浮かぶ小笠原の島々が見えてきます。羽を広げると2m近くになるアホウドリの仲間をはじめ、さまざまな動植物、もちろんクジラやイルカもみなさんを迎えて(むかえて)くれます。さあ、亜熱帯(あねったい)の小笠原へ降り(おり)立ってみましょう。
 
小笠原の地理
 小笠原諸島は小笠原群島(ぐんとう)(聟島(むこじま)列島、父島列島、母島列島)と火山列島、西之島(にしのしま)、沖ノ鳥島(日本の最南端(さいなんたん))、南鳥島(日本の最東端)で構成(こうせい)される、北緯(ほくい)20度から27度、東経(とうけい)136度から154度の東西1,800km、南北1,000kmの広大な海域に散らばる(ちらばる)島々の集まりです。
 
 
 小笠原群島の島の名前には、親族(しんぞく)の名前のついたものが多く、聟島列島には聟島、媒(なこうど)島、嫁(よめ)島、父島列島には父島、兄島、弟島、孫島、母島列島には母島、姉島、妹島、姪(めい)島といった名前の島があります。
 小笠原群島の3つの列島は、第3紀初期(今から約6,000万年前)の海底火山活動でできた海嶺(かいれい)がその後の隆起(りゅうき)によって海面上に現れたと考えられており、ほぼ現在の地形になったのは300万年前といわれています。一部にはサンゴ礁(しょう)などによって作られた石灰岩(せっかいがん)の地域もあります。一方、西之島や火山列島の島々は、170万年前以降の新しい火山活動でできた島です。
 
父島列島の島々
 
南島海中公園
 
小笠原の気候
 小笠原は亜熱帯に属していて、父島の年間の平均気温は23度、月別の平均気温はもっとも暑い7月で28度、もっとも寒い2月で18度と1年を通じて温暖(おんだん)です。降水量は1,200mmで東京よりやや少なめです。
 梅雨(つゆ)は本土より約1ヶ月早い5月半ば(なかば)から6月半ばまでで、10月ごろまで暑い夏が続きます。台風は7月から11月にかけて接近することがあります。
 
父島南側の断壁
 
小笠原の歴史
 小笠原諸島の発見は、1543年(天文12年)にスペインのサン・ファン号が3つの島を発見し「火山列島」と命名したのが最初の記録とされています。1830年(天保(てんぽう)元年)にはアメリカ、ヨーロッパ、ハワイのカナカ人の20名が父島に上陸し、最初の定住者となりました。
 1876年(明治9年)には小笠原が国際的に日本の領土(りょうど)として認められ、日本人の移住と開拓(かいたく)が進みました。大正から昭和初期にかけては、亜熱帯(あねったい)の季候をいかした果樹(かじゅ)やかぼちゃなどの冬野菜の栽培(さいばい)、カツオ、マグロ漁や捕鯨(ほげい)、サンゴ漁などが盛ん(さかん)におこなわれ、人口も7,000人以上になりました。
 しかし、太平洋戦争で小笠原も戦地となり、1944年(昭和19年)には小笠原の住民は本土へ強制的に疎開(そかい)させられました。戦後、小笠原はアメリカ軍の統治下(とうちか)に置かれたため、欧米系およびハワイ系の島民だけは帰島をゆるされましたが、日本人の帰島(きとう)はできませんでした。1968年(昭和43年)にようやく小笠原は日本に返還(へんかん)され、日本人の帰島が可能になりました。


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