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航行不能船舶への初動対応・緊急曳航に関する研究動向の調査
黒田 貴子
(独)海上技術安全研究所
1. はじめに
 日本船舶海洋工学会の若手研究者・技術者活性化事業に係わる海外派遣制度により,2006年10月17日から10月29日までの間,ブレスト(フランス)とトロンヘイム(ノルウェー)に渡航し,航行不能船舶への初動対応と緊急曳航に関する研究動向を調査した。
 調査のために出席した会議,訪問した研究機関等は以下のとおりである。
【会議】(Brest/France)
・Sea Tech Week 2006 ―2nd International Workshop on Technologles for Search and Rescue and Other Emergency Marine Operation―
・Arctic Emergency Operations Meeting
【研究機関】(5機関)
・Ifremer, Cedre (Brest/France)
・MARINTEK, SINTEF, SMSC (Ship Manoeuvring Simulation Center) (Trondheim/Norway)
 以下に派遣中での調査を報告する。
 
2. 国際研究プロジェクト ―北極圏における航行不能船舶の緊急曳航―
 ノルウェーのMARINTEKとSMSCはフランスのIfremerと共同で「北極圏における航行不能船舶の緊急曳航」に関する3年計画(2006-2008)の国際研究プロジェクトを実施している。主にSAR (Search and Rescue:捜索と救助)や北極圏での緊急曳航に関する研究に取り組んでおり,海上技術安全研究所もこのプロジェクトに船舶の曳航シミュレーションの開発に関して協力している。このプロジェクトが主催するワークショップとプロジェクトミーティングがフランスのIfremerが主催するSea Tech Week 2006の中で同時に開催された。著者はこのワークショップで講演をし,ミーティングに出席した。
2.1 Search and Rescue WorkShop
 SARに関するワークショップとしてMARINTEKのプロジェクトに参加する国際機関が発表を行った。主な参加機関はIfremer, Cedre (FR), MARINTEK, Norwegian Coastal Administration (NOR), BMT (UK), US Coast Guard, ASA (USA)などで参加者は約60人ほどであった。主な講演内容は航行不能船舶の漂流予測システムや流出油の挙動予測と防除支援ツール,沈船のサルベージ技術などである。US Coast Guardが使用するASA社のDrifting Prediction Systemと流出油の挙動予測と環境影響評価を行うOILMAPやSIMAP,イギリスのBMTが開発した船から落下したコンテナや人,流出油の漂流軌跡を予測するSARIS (Search and Rescue Information system)などGISを用いた現場対応のツール開発に関する講演が目立った。著者はここで当所の最適曳航支援システムと海上保安庁の巡視船による実海域での曳航試験の比較について講演を行った。
2.2 Arctic Emergency Operation Meeting
 プロジェクトに関係する機関から15名ほどが出席し,ノルウェーで行う予定の実海域でのシャトルタンカーによる漂流実験や曳航試験の試験計画や最終ゴールであるETV System (Emergency Towing Vessel System)の概念などが検討された。著者はここで最終曳航支援システムのデモをSTATOIL社とNorwegian Coastal Administrationにそれぞれ行い,今後,プロジェクトの中でこのシステムをベースに開発を進めることに同意をいただいた。また,運用側として改良して欲しい点など貴重な意見を伺うことができた。
 
3. 航行不能船舶の漂流と流出油防除 ―フランスの関連機関―
 ブレストにあるIfremerとCedreを訪問し,航行不能船舶の漂流に関する研究や流出油防除について先方の研究者と,情報交換を行った。
3.1 Ifremer
 Ifremerは約700名のスタッフを抱えるフランスで最大の海洋関係の研究所であり,MARINTEKの国際プロジェクトにも参加している。プロジェクトの中では航行中の船舶から落下したコンテナの漂流予測に関する研究を行っている。石油掘削生産カテナリーライザーやFPSO関係に関する研究に関しても有名である。著者は漂流運動の安定・不安定判別に関する実験の提案や,船舶曳航時の索張力の推定法と沈船からの油流出に関する研究について説明を行った。Ifremerはコンテナ模型を使った漂流実験を行っており,海洋構造物でのクレーンワイヤーにかかる張力に関する研究も行っているため,漂流運動時のDampingや曳航時の索張力の推定法に興味を持っていただいた。また高圧タンクによる深海艇での水圧,腐食試験を行っており,紹介していただいた。さりにIfremerからはカテナリーライザーに関する研究について紹介していただき,著者もライザー関係の研究を行っているので実験手法など,有益な情報を得ることができた。
 
3.2 Cedre
 Cedreは海洋汚染防除機関であり,防除作業の指揮をサポートしている。また流出油防除訓練や研究も行っている。著者が訪問した前夜はブレストをストームが襲い,ブレスト沿岸でコンテナ船が座礁したため,対応の様子を直に見ることができた。幸いにも油の流出か確認されなかったので1日たっぷりと施設内を見学し,研究者と意見交換をすることができた。著者は現在研究を行っている沈船からの油流出予測や流出油や油処理剤の挙動予測から環境被害予測までを統合した流出油防除作業支援ツールについて紹介した。Cedreの研究者らは当所で行っている流出油防除関係の研究について大変興味を示してくださり,多くの質問を受けた。
 
4. 北極圏での緊急曳航及び流出油防除 ―ノルウェーの関連機関―
 トロンヘイムにあるMARINTEKとSMSCを訪問し,曳航システムの打ち合わせを行った。またMARINTEKと連携しているSINTEFを訪問し,北極圏での流出油防除に関する研究について話を伺った。
 
4.1 MARINTEK / SMSC
 MARINTEKでは2日間かけて打合せを行った。ここではIfremerと同じく海洋構造物でのクレーンワイヤーの張力推定に実績があり,船舶の曳航索張力の推定に関しても曳航を開始するときの索の状態の影響を考慮した研究を行っていた経緯がある。著者は最適曳航支援システムの構成や計算方法,特徴,必要なデータなどの説明を行い,成果物となるETV SystemやGUI化,表示方法などを話し合った。また今後行う実海域での曳航試験について計測項目や方法などを議論した。打合せの合間に施設見学やMARINTEKで行っている研究内容や運営方法などの紹介を受けた。MARINTEKでは受託試験を数多く受けており試験水槽ではいくつかの民間会社のロゴが入った模型試験が行われていた。またプロジェクトのコントラクターであり航行シミュレーター開発を行っているSMSCを訪問し,打合せで決まった内容を説明した。施設見学では船舶の航行シミュレーターとクレーンによる船への積み卸し作業のシミュレーターを体験させていただいた。
 
4.2 SINTEF
 MARINTEKと連携しているSINTEFのトロンヘイムにあるSEALABを訪問し,北極圏での流出油に関する研究についてお話を伺い,施設見学をさせていただいた。ここでは流出油防除関連の研究を行っており,油を扱える潮流装置を備えた氷海水槽や回流水槽を併設している。そこで油の種類の違いによる処理剤との混ざり具合などを実験しており,日本の油水槽と試験方法に関心がある様子だった。油処理剤混合物の挙動モデルについて情報交換した。
 
5. おわりに
 本制度の派遣により,緊急曳航だけでなく海洋汚染にかかわる研究や,石油掘削生産ライザーに関わるヨーロッパ・北欧の研究機関,研究者と交流ができ,今後の研究を進める際の人脈作りに大いに効果があった。さらに,情報を吸収するのみではなく,日本での船舶の曳航や油防除関係の研究について多くの研究機関,研究者に対して情報発信ができ,相手に興味を持っていただけたことが大きな成果だと考えている。
 最後にこのような機会を与えて頂いた日本財団及び日本船舶海洋工学会の関係各位にこの場を借りて厚く御礼を申し上げます。また,派遣手配,準備に関し協力していただきました方々にもお礼申し上げます。
 
平成18年度若手研究者・技術者海外派遣報告および評価
派遣者氏名 黒田貴子
派遣者所属 (独)海上技術安全研究所
調査テーマ 航行不能船舶への初動対応・緊急曳航に関する研究動向の調査
訪問国 フランス、ノルウェー
派遣期間 2006年10月17日〜29日
紹介者
1. Tor Einar Berg/ 原正一 MARINTEK
2. Michel Olagnon/ 原正一 Ifremer
3. Michel Girin/ 原正一 Cedre
訪問先面談者 所属
a. Marc Le Boulluec Ifremer
b. Emmanuel De Nanteuil Cedre
c. Sevein-Arne Reinholdtsen MARINTEK
d. Per S. Daling SINTEF
e. Stig-Einar Wiggen Ship Manoeuvring Simulator Centor
調査内容(1) 航行不能船舶への初動対応・緊急曳航に関するヨーロッパ・北欧の動き
 Sea Tech Week 2006の中で行われた2nd International Workshop on Technologies for Search and Rescue and Other Emergency Marine Operationに出席し、船舶曳航のシミュレーションと実船実験について講演した。主な参加機関はIfremer, Cedre (FR), MARINTEK, Norwegian Coastal Administration (NOR), BMT (UK), US COAST GUARD, ASA (USA)などで、参加者は60名ほどであった。航行不能船舶の漂流予測システムや、流出油の挙動予測と防除支援ツール、沈船のサルベージ技術の話題が多かった。特にUS Coast Guardが使用するASA社のDrifting Prediction SystemやBMTが開発した船から落下したコンテナや人、流出油の漂流軌跡を予測するSARIS (Serch and Rescue Information System)など、現場の海象、気象データを直接取り込みGISを用いた現場対応型ツールの開発に関する研究が盛んであり、予測モデルに必要な情報収集ネットワークの形成とユーザーフレンドリーを重視したシステム開発が進んでいることが分かった。
調査内容(2) 船舶の緊急曳航システム開発
 ノルウェーのMARINTEKとSMSCが実施する国際研究プロジェクト「北極圏における航行不能船舶の緊急曳航」に海上技術安全研究所も協力しており、ETV (Emergency Towing Vessel)-Systemの開発を行っている。このシステムのユーザー側となるノルウェーのSTATOIL社とNorwegian Coastal Administrationに当所で開発した曳航シミュレーションのデモを行い、意見をいただいた。航行不能船舶曳航時に必要な情報、段取りなど曳舟側の考えを伺った。本プロジェクトの中では実船実験も計画されており、その打ち合わせも含めて今後の開発計画をMARINTEKと相談した。曳航策張力の推定に関しては訪問した多くの機関で張力推定に関する研究が行われており、話を聞くことができた。MARINTEKでは船舶の曳航策張力の推定に関しても曳航を開始するときの索の状態を考慮した推定方法の研究を行った経緯がある。推定法について話を伺った。Ifremerではクレーンワイヤーの張力推定の他にライザー管に関する研究も行っている。
調査内容(3) 航行不能船舶の漂流に関する研究
 調査内容(1)で述べたように漂流に関する研究、現場での捜索ツールの開発は盛んに行われており、船から落下したコンテナや人、流出油の漂流軌跡を現場海域の気象・海象データを直接取り込み予測するツールが開発されている。GISを用いた現揚対応型ツールが多く、予測モデルに必要な情報収集ネットワークの形成とユーザーフレンドリーを重視したシステム開発が進んでいることが分かった。
 訪問先であるフランスのIfremerではコンテナ模型を使った漂流実験を行っている。漂流運動の安定・不安定判別に関する実験方法や漂流運動時のダンピングの推定法などを話し合った。今後の研究として気象・海象も予測し、漂流軌跡を推定するツールの開発にも聴取できた。
調査内容(4) 海洋での流出油防除に関する研究
 海技研では船舶事故発生時に併発する流出油などによる海洋汚染に関する研究を行っている。CedreやSINTEFでは、海洋汚染による環境影響や化学的防除手法である油処理剤に関する研究が多く行われていた。フランスの海洋汚染防除機関であるCedreではフランスでの防除体制や油処理剤散布の判断基準や油処理剤散布後の混合物の挙動、油処理剤吏用の現場での判断基準、流出油や防除作業による環境影響に関する研究について聴取し、当方が取り組んでいる研究に関して紹介、議論をした。特に油処理剤と油の混合物の挙動のモデル化について議論した。沈船からの油回収作業なども実施しており、回収方法について聴取した。当所では沈船船体の腐食に関する研究を行っており、深海底での腐食に関してはIfremerが高圧タンクを用いてライザー管接合部などの腐食、水圧試験を行っている。
 ノルウェーのSINTEFでは北極圏での流出油に関する研究について調査した。ここでは油を扱える潮流装置を備えた氷海水槽や回流水槽を併設しており、油の種類の違いによる処理剤との混合物の挙動予測モデルなどの研究をしている。試験水槽での試験方法や、北欧特有の流出油防除の問題点なと聴取した。
 
調査の達成状況に対する自己評価
 本調査では航行不能船舶の漂流、緊急曳航、初動対応に関する研究に関わるヨーロッパ・北欧での動向をワークショップでの発表だけでなく機関を訪問し担当者と議論する時間が持て、有益な情報と研究機関、研究者及び利用者側の行政や民間会社との人脈を得ることができた。また、船舶事故時に併発する流出油による海洋汚染に関わる研究や石油掘削ライザーについても研究者と情報交換を行うことができ、今後の研究を進める際の足がかりとして大いに効果があった。派遣中では調査するだけでなく、日本での船舶の曳航や油防除関係の研究について多くの研究機関、研究者に対して情報発信をすることができ、相手に興味を持っていただけたことも成果の1つである。
その他調査に関連した特記事項
 本派遣では現地での調査だけでなく、訪問先の機関で当方の究を紹介し討論するプレゼンテーションの時間を多くとることができ、当方の研究して相手側の興味を引き付けることができた。
後続の申請者・派遣者へのアドバイス
 初めての訪問先で施設見学や相手先の研究内容を伺うだけでなく、自分の研究での問題を相談したり、研究内容を紹介したりと、自分からのPRをすると相手も積極的に対応してくれると思う。
派遣事業に対する意見・要望等
 若手研究者が計画した研究調査のための海外派遣に出資する制度は有益と思う。
 
推薦委員会の評価
推薦委員会 無
国際学術協力部会の評価
 この調査は、当初、(1)第2回荒天下における航行不能船舶の曳航に関する国際ワークショップ(IFREMER(仏))での講演とその情報収集、(2)フランスのIFREMERによる漂流船舶の数学モデルとMARINTEKの荒天下における緊急曳航に関する研究について調査研究の実施、(3)緊急曳航に関するタグボート側(海難救助船側)のモデルの開発状況および研究進捗状況の調査であった。調査報告では、4つの内容が記されているが、上記以外に、海洋での流出油防除に関する研究調査を追加した。この研究については、海上安全研究所でも行われているが、港湾空港技術研究所でも行われおり、今回の調査が海上安全研究所でどこまで生かされる疑問であり、今後、行政面からの一元的な取り扱いが望まれる。
 研究者の交流ネットワークの面からは、訪問先の機関と海上安全研究所の共同研究が実施されていることもあり、成果があったと思われる。


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