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Common Structural Rules (CSR) の適用状況と今後の動向および最新関連技術の調査
久間康充
長菱設計株式会社
1. はじめに
 今回、日本船舶海洋工学会主催の「若手研究者・技術者の海外派遣」制度のもと、平成19年1月14日から同年1月26日の日程で、題記テーマで調査を実施してきたのでここに報告する。
 
2. 調査目的と訪問先
 CSRは2006年4月に施工され、各方面で実適用が始まっている。評価手法の複雑化や船体重量増加など、造船所のみならず、業界全体に与える影響が徐々に明確になってきた段階だと思われる。
 筆者は現在CSRに関連した業務に従事しているが、CSRの運用面や関連ツールに関して、規則開発またはメインテナンスの担当者と直接議論することは非常に有意義であると考えていた。
 そこで今回は、CSRの実プロジェクト適用状況、規則の今後の動向および関連ツールの最新状況の調査を目的として各船級協会を訪問した。併せて船級協会の規則担当者との人脈形成も目的とした。
 訪問先は、海外に本部を持つ船級協会の中からABS、LR、DNV、 BVを選定した。結果的、に二週間弱という短期間で世界一周することとなった。
 
3. 調査内容
 今回の訪問では、(1)CSR適用状況、(2)CSR改正・メインテナンス、(3)今後の動向(バルカー・タンカーCSR間の技術的統一動静、適用船種拡大の方向性)、(4)最新強度評価ツールの4項目を中心に調査を実施した。
(1)CSR適用状況
 全般的な状況として、実際の承認作業は実施済みもしくは実施中であり、設計・承認作業の双方において、従来規則からすればスケジュール・コストとも相当量増大するとの共通認識を持つことができた。また、実際のプロジェクトとして規則を適用してみると、規則の解釈や適用要領について規則のドラフト段階で明確にならなかった箇所があり、規則改善の余地があるようである。
(2)CSR改正・メインテナンス
 規則の技術的部分のメインテナンスは、タンカー・バルカーそれぞれ専任のプロジェクトチームによって実施されており、造船所や船級協会などから寄せられた規則に関する質問への回答(Q&A)や共通解釈(CI)を検討しているとのことであった。規則改正の要否についてもこの場で議論されている。ご存知の方が多いと思われるが、Q&AとCIはIACSのウェブサイトで公開されており、随時更新されている。
(3)CSRの今後の動向
 タンカー・バルカー規則間の本格的調和作業を前にして、各団体からの規則に対するフィードバックが実施されてはいるが、現時点でそれ以上の具体的な進捗はないようである。CSR適用船種拡大については規則担当者の個人的な意見という前提で様々な話をすることができたが、当面は上述した規則メインテナンスと規則間調和が先決のようである。
(4)最新強度評価ツール
 今回訪問した各船級協会とも開発にもっとも力を入れている分野であり、様々なデモ・紹介を受けることができた。各船級協会とも造船所の設計作業に合うようなソフトウェアを目指して開発しているとのことであり、設計ツールとしても十分活用可能な印象を受けた。筆者からは、CSR関連ソフトウェアの発展は大歓迎であるが、(1)設計者は規則を理解したうえで慎重に使用すべきである点、(2)ユーザーのミスをチェックできるようなソフトウェアにしてほしい点などを設計側ユーザーのコメントとして伝え、開発担当者とも共通認識を持つことができた。
 
3.1 American Bureau of Shipping(ヒューストン)
 市街地から北へ約20Kmの場所に位置する。今回の訪問では規則開発のK.Tamura氏に取りまとめて頂き、ほかにR.Nagayama氏、F.Lee氏、Y.Shin氏、R.Basu氏、M.Lee氏、G.Xie氏、W.Shi氏、G.Marshall氏と打合せすることができた。特に規則メインテナンスに直接関わっているR.Nagayama氏からは、CSRでは船殻構造だけを注目しがちだが、実設計ではそれ以外の艤装品への要求も理解しておいてほしいとのアドバイスを頂いた。(写真1)
 ABSでは研究開発部門をResearch & Product Development (R&PD) としており、技術の研究開発だけでなくProductの研究開発をモットーとしている点を強調されていた。このR&PD部門ではCSR関連事項の他にも、現在LNG関連のR&PD活動に力を入れているとのことであった。
 
写真1 ABSにて
 
写真2 LRにて
 
写真3 DNVにて
 
写真4 BVにて
 
3.2 Lloyd's Register(ロンドン)
 LR本部はロンドン市街地に位置し、伝統的な建物と数年前に完成した近代的な建物が融合した印象的な建物である。今回の訪問ではルールグループのC.Thornton氏に取りまとめて頂き、他にA.Johnston氏、S.Won氏、A.Birch氏、A.Badger氏と打ち合わせすることができた。LRでは、タンカーCSRを中心に、規則を適用する際の注意事項について打合せすることができた。(写真2)
 LRの強みは多くの損傷データを持っていることで、R&D部門では、このデータベースを活用しての疲労強度評価関連の技術開発に力を入れているとのことであった。
 
3.3 Det Norske Veritas(オスロ)
 DNV本部はオスロ郊外のHovicという町の海に面した場所に位置し、アウトドア好きには絶好のロケーションである。今回の海外派遣では、タクシーを使わないことも個人的な課題としていたため、ここが最大の難関であったが、何とか遅刻もせず訪問することができた。今回の訪問では技術コンサルタント部門のF.Kamsvaag氏に取りまとめて頂き、ほかにL.Hovem氏、H.O.Stromme氏、I.Haaberg氏、A.Karlsson氏と打ち合わせすることができた。ここでは、バルカーCSRを中心に、規則を適用する上での疑問点について情報交換を実施することができ、有意義な打合せを行うことができた。(写真3)
 DNVは技術研究開発部門に多くのスタッフを有しており、分野も多岐にわたっているようである。荷重構造スタビリティ部門に関して言えば、各スタッフが構造、船体運動のどちらかに特化しているわけではなく、双方に精通している人が多い点が強みとのことであった。
 
3.4 Bureau Veritas(パリ)
 BV本部はパリ中心部の西側にあるデファンス地区に位置する。今回の訪問では技術部門のP.Cambos氏に取りまとめて頂き、他にG.Cesarine氏、F.Bigot氏、Roche氏、N.Shinkai氏、C.Chauviere氏と打ち合わせすることができた。BV内でのタンカーのシェアは約2割でその中でもプロダクト船が比較的多いのが特色であるので、ここではプロダクト船を中心として意見交換を実施した。バルカーについても、Cesarine氏が規則メインテナンスに直接関わっており、規則改正やメインテナンスの実状についても有意義な話しを聞くことができた。(写真4)
 
4. おわりに
 今回の調査派遣では、海外の4つの船級協会でCSR周辺状況を調査することができた。CSRは実適用が始まったばかりで規則自体の共通解釈や規則間の技術項目調和が課題として残っているが、規則運用に関する情報、メインテナンス面の最新の状況や取り組みを理解することができ非常に有意義であった。
 特に、通常の設計業務ではなかなか会う機会がない海外の規則・技術開発担当者との議論を通して、人脈形成ができたことは今後の業務に大いに役立つと考える。
 最後に、今回のような機会を与えて頂いた日本財団および日本船舶海洋工学会の関係各位に深く感激いたします。
 
技術者海外派遣報告および評価
派遣者氏名 久間康充
派遣者所属 長菱設計株式会社構造グループ
調査テーマ Common Structural Rules (CSR)の適用状況と今後の動向および最近関連技術の調査
訪問国 米国、イギリス、ノルウェー、フランス
派遣期間 2007年1月14日〜26日
紹介者
1: Mr Ken Tamura Manager, Rule Development, ABS corporate Office
2: Mr. Chris Thornton Hull co-ordinator, Rules Group, Research & Development, Lloyd's Register
3. Mr. Frodo Kamsvaag Principal Engineer, DNV Hydrodynamics, Structures & Stability, Det Norske Veritas
4. Philippe Cambos. Head of Oil & Gas section, Technical Department, Bureau Veritas
訪問先面談者 所属
a: Mr. Y.Shin Technical Advisor, Research & Product Development, ABS corporate Office
b: Mr. A.Birich Rule Projects Manager, Ship design System, Lloyd's Register
c: Mr. H.O.Stromme Approval Engineer, Maritime Technology & Production Center, Det Norske Veritas
d: Mr. G.Cesarine Head of Rule section. Development Department, Bureau Veritas
調査内容(1) CSR適用状況
 全般的な状況として、実際の承認作業は実施済みもしくは実施中であり、設計・承認作業の双方において、従来規則からすればスケジュール・コストとも相当量増大するとの共通認識を持つことができた。また、実際のプロジェクトの中で船体中央部だけでなく船首尾構造まで評価してみると、規則の解釈や適用要領について規則のドラフト段階で明確にならなかった箇所があり、規則改善の余地があるようである。
調査内容(2) CSR改正・メインテナンス
 規則の技術的部分のメインテナンスは、タンカー・バルカーそれぞれ専任のプロジェクトチムによって実施されており、造船所や船級協会などから寄せられた規則に関する質問への回答(Q&A)や共通解釈(CI)を決まった手順に従って検討しているとのことであった。規則改正の要否についてもこの場で議論されている。規則改正については、原則毎年1月に技術作業部会で審議されることに始まり、途中各船級協会の技術委員会などを経てその年の12月にIACS理事会で採択され、翌年の7月に施工されることになっており、起案から施工まで18ヶ月の時間をかけるプロシージャとなっている。Q&AとCIはIACSのウェブサイトで公開されており、随時更新されている(2007年1月29日時点でタンカー関連で112項目、バルカー関連で103項目のQ&AおよびCIあり)。
調査内容(3) CSRの今後の動向
 タンカー・バルカー規則間の本格的調和作業を前にして、各団体から規則に対するフィードバックが実施されてはいるが、現時点でそれ以上の具体的な進捗はないようである。CSR適用船種拡大については、規則担当者の個人的な意見として様々な話をすることができたが、総じて言えば当面は上述した規則メインテナンスと規則間調和が先決ということになるであろう。
調査内容(4) 最新強度評価ツール
 今回訪問した各船級協会とも開発にもっとも力を入れている分野であり、様々なデモ・紹介を受けることができた。各船級協会とも造船所の設計作業にfitするようなソフトウェアを目指して開発しているとのことであり、設計ツールとしても十分活用可能な印象を受けた。筆者からは、CSR関連ソフトウェアの発展は大歓迎であるが、(1)規則を理解したうえで慎重に使用すべきである点、(2)ユーザーの入力ミス等の間違いをチェックできるようなソフトウェアにしてほしい点などを設計側ユーザーのコメントとして伝え、開発担当者とも共通認職を持つことができた。船級協会提供のCSR強度評価ツールは今や設計を行う上で欠かせないものとなってきており、設計側の意見を伝えることができたことは、非常に有意義であったといえる。
 
調査の達成状況に対する自己評価:
 規則開発者と直接議論することによって、訪問先で様々な情報を得られたことはもちろんであるが、当方の技術アピールもすることができ、当初の目的は達成できたと考える。当初設定していた議題を超えて議論できた項目もあって、非常に有意義であった。また、通常の設計業務ではなかなか会う機会がない海外の規則・技術開発担当者と人脈形成ができたことは今後の業務において大いに役立つと考える。
その他調査に関連した特記事項:
 各船級協会とも技術開発(R&D)活動には力を入れており、大手造船所と同等もしくはそれ以上の人員規模で実施しているところもあるようである。分野も広範囲でCSR関連以外の分野でも精力的に技術開発を行っているようである。
後続の申請者・派遣者へのアドバイス
 訪問するに当たっては、調査したいことの主題および副題程度を事前に連絡し、下打ち合わせを行っていたので、先方も説明資料を事前に準備でき、当日はスムーズに打ち合わせを実施することができた。また、打ち合わせのレジメや自身から伝えたいことをPPTで資料作成していたので、この点もスムーズな打ち合わせに大きく寄与した。
派遣事業に対する意見・要望等
 まず、機会を与えて頂いた日本財団および日本船舶海洋工学会の関係各位に深く感謝します。
 本派遣に関する背景(実商談と直結していないのになぜ今回のような派遣調査を実施しているのか等)を訪問先へ理解してもらうのに結構苦労した。本派遣に関する英語版の広報用ホームページがあれば、訪問先への説明に非常に役立つものと思われ、また学会のアピールにもなると考える。実際に、若手技術者にとってはいい企画だと訪問先からも好評を戴いた。
 
推薦委員会の評価
推薦委員会 無
国際学術協力部会の評価
 2006年4月以降に契約されたタンカー、バルカーに対して適用されるCommon Structural Rules (CSR)については、各船級共に共通規則であるが、各船級においてソフトの違いにより結果に相違する点があるとも言われている。各船級間において、規則適用の調和が図られているようであるが、CSRを適用しての建造実績がまだない状況では、各船級間の相違がどの程度あるかが把握出来ていない。今回の派遣調査により、主要な海外の船級協会(ABS、LR、NV及びBV)のCSRに対する考え方を把握し、また、CSRの担当責任者との人脈の構築がなされたものと評価できる。


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