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台湾の文化と歴史の創造のために
 もう一回り、今度は三人、李登輝さん、金美齢さん、日下さんに、つけ加えること、あるいは今、他のパネラーがお話しになったことで自分もご意見があるということがあろうかと思いますのでお願いいたします。
 李登輝さんからお願いします。
】 トマス・カーライルの『衣裳哲学』について、私は述べましたけれども、高等学校時代にはこういう難しい英語はどうしてもわからない。翻訳の日本の岩波文庫でさえも私にはなかなかわからないところがあって、それでこの本を繰り返し、繰り返し読んで、もう少しわかりたいという気持ちがあって、台北の図書館を歩き回りました。そして、もっとわかりやすい本がないかどうか調べてみたら、新渡戸稲造博士、そのときにトマス・カーライルのこの『衣裳哲学』を、軽井沢で台湾の製糖会社の高級職員に毎年講義をやっていた講義録を発見しました。これは私が初めて、新渡戸稲造先生と知り合いになった第一歩です。
 つまり、トマス・カーライルの講義録を通して新渡戸稲造先生を知って、また、新渡戸稲造先生が一八九九年に書かれました『武士道』というのが、それについてまた書かれている。それから続いて彼が書いた農業書を彼も農業経済学を札幌農学校でやりまして、そういうような形で非常に彼の影響も受けまして、彼のやったいろいろな仕事や、いろいろなものを一生懸命読みました。また新渡戸稲造先生は岩手県人で非常に有名な方です。台湾の農業改良意見書を書かれまして、台湾生産局における農業改良を非常にやってくれた方です。
 これが最後には、あのときは国際連盟の事務次長になりまして、太平洋の橋かけをやらなきゃならないというようなことで、日露戦争の結論にアメリカが日本のサポートをしたというのは、彼の『武士道』による紹介だったんです。
 私があえて付け加えなければならない点ですが、今日ここに来る前に『プレジデント』の編集の方に会いました。その人が私にこういうことを尋ねてきたのです。「さまよう日本と日本人に何か言ってくれませんか」と。その時にトマス・カーライル、トイフエルスドレックスのこの「漫遊」を、今の日本がこれから進まなきゃいけない、自信を取り戻してやっていかなくちゃならない、いかにして自信を取り戻すか、その自信を取り戻すにはどうするかというようなことを、お話しました。こういうようなことに関連して、まだまだ我々は、個人としても国としても、実はさまよっている。
 今、日下先生がおっしゃいました「文化の創造」についてですが、昨年の九月十一日に起こったいわゆる同時テロの問題、我々はそれをどう見なくちゃならないか。そして世界はグローバライゼーションに入っていく。グローバライゼーションの中で、多様性を持った各国がいかにして自分の国を責任を持ってやっていくか、これがおそらく、先ほどおっしゃられていたアイデンティティの問題と結びついて、国際的にも、これからますます、国際経済、国際政治というものからだんだん離れまして、もう少し「国際社会学」という問題を我々は検討しなくちゃならない。こういうことによって世界の本当の平和と協力と、そして新しい政治・文明というのを国際的につくり上げるんじゃないかという考え方で、そういうところに入ってきております。
 つけ加えて皆さんに、トマス・カーライルの『衣裳哲学』というのは、それだけで終わったのではなくて、これから出発し直していくときにも考え直す、台湾の将来も考え直す。国際的な問題も我々は取り扱っていく。そして台湾がいかにして一つの国際社会の一員としてやっていくかということも認めなくてはなりません。ありがとうございました。(拍手)
中嶋】 どうもありがとうございました。それでは、金美齢さん。
】 私、日本にいますと、多くの日本人から、台湾人は歴史がないじゃないか、一つの国というのは大体歴史があって、その国の神話があって、それで初めてある意味では国民の同じ歴史、神話によってアイデンティティができるのではないのか、歴史、神話のない台湾が何を、あなたはそこで何を求めるのか。台湾という主張をして、台湾という国をつくりたいと言っているときに、あなたは何をよりどころにしているのかと言われることがあります。特に、台湾に相対する中国が、四千年の歴史だとか五千年の歴史だとかということを言っておりますので、時々そういう質問を受けることがあります。
 私は基本的に、歴史がいくらもなくても、人口がいくら多くても、面積がいくら広くても、そこに住んでいる人間が幸せでなければ何もならないということを言っておりますけれども、それではなかなか相手を説得することができませんので、私はそういうときに、私の仲間であり、今の私たちが所属している台湾独立建国連盟の黄昭堂が言った言葉をよく思い浮かべるのです。
 それは何かといいますと、私たちが日本に来てかなり初期のころに、ある人が言いました。私は歴史を勉強している、歴史を認識しなくちゃいけない、歴史を研究しなくてはいけないというようなことを言った人がいます。それに対して私たちの現在の首席である黄昭堂は、「あなたは歴史を勉強しているかもしれないけれども、僕は歴史をつくっているんだ」と答えました。
 その言葉を受けて私は、数千人のある集まりがありました。それは日本で今、新しい教科書をつくるという運動がずっと進行しておりまして、その会合として二年ぐらい前に、本当だったらアイドルが集まるような、そういう音楽会場で、そこに数千人の聴衆を集めて、そういう質問を受けたことがあったときに、私は答えました。「台湾はこれから歴史をつくるんです。私が神話なんだ」と答えました。数千人の日本人の聴衆を前にして、台湾は今歴史をつくっている。そして私自身が神話であると。まあ、ある意味では傲慢だと言われるかもしれませんけれども、私は自信を持って、そう答えました。
 そして、この『台湾論』の中で、皆さんもお読みになったと思うんですけれども、小林よしのりさんが台湾に来て、陳総統にお目にかかったときに、陳総統は非常に手がたい人間なので、後で何を言われるかわからないということがわかっておりまして、なかなか小林よしのりさんの質問等に心を許して発言をしなかったんです。
 何をずっと話していたかというと、小林よしのりさんの漫画をほめたり、漫画について語っておりました。つまり、漫画について語れば無難だろうという、そういうことをずっと続けていたんですけれども、最後になって一言、陳水扁総統は「私たちは今、台湾の歴史をつくっているのである。だから、私たちのその活動を見守ってください」というようなことをおっしゃいました。
 そのときに私も、あっ、同じことをおっしゃっている、私は、自分が神話であり、神話をつくると言いましたけれども、全く気持ちは同じであり、同じことをおっしゃったということだったのです。
 ここにいる皆さんも、私たち台湾人というのは、ほかの国が持てないような、実はすばらしいチャンスを与えられています。ほかの国は、これから歴史をつくろうだとか、神話をつくろうなんという、そういうチャンスはなかなか与えられていません。私たちは今これから、まさに国をつくり上げていく、国を産んでいく。小林よしのりさんが言ったことですけれども、国産みをやっている人たちに自分は支援を惜しまない、それをずっと見守っていきたいんだということを言っておりますけれども、私たちは実は、考えようによっては、すばらしいチャンスを与えられている。
 私たちが自分の手で国をつくる、自分の手で歴史をつくる、そして私が神話だと言えるようなもし貢献ができるとしたら、それは人間として最大の幸せではなかろうかと思っております。ありがとうございました。(拍手)
中嶋】 ありがとうございました。それでは日下さん、お願いします。
日下】 李登輝さんが建国の父で、金美齢さんが建国の母か娘に・・・。(笑)
】 娘にしてください。(笑)
日下】 本当に歴史的な一瞬に私は横に座らせていただいて、今、台湾の建国宣言が行われたような気がしております。ありがとうございます。あとは何も言う事ありません。
中嶋】 ありがとうございました。
 
会場との質疑応答
客席】私はJET日本語学校の卒業生なんですけれども、学校時代、いつも金美齢先生にお世話になって、本当にありがとうございました。
 まず、今日は個人的に李前総統さんと金さんが台湾のために今まで頑張ってきたことに、本当に尊敬して、感謝いたします。将来は、国の未来は、この国の若者次第であると言われても過言でないと思います。二人の先生が今の台湾の若者に対して、どういうふうに期待されるかということについてちょっと伺いたいと思います。よろしくお願いします。(拍手)
中嶋】 それじゃ、今の台湾の若者についてのお二人の先生方の期待なり、ご意見をお願いします。
】 現在の台湾を見ますと、二十歳〜四十五歳、四十五歳〜五十歳、それぞれ違った年齢によって、台湾に対するアイデンティティが非常に違っているのです。それは結局、原因としては、国民政府になってから台湾に対する教育というのがあまりできていない。
 我々の祖先はいかにして中国大陸を離れ、自由を求めて台湾に来た、この歴史が今になってもわからない。(拍手)日本の植民地時代に台湾がどういうような影響を受けまして、近代化に入ってきたこともわからない。全く、いわゆる過去の台湾の歴史がないがしろにされてきている。おまけに台湾の地理に対しても、ほとんどそういう教育がなされていない。自分のいわゆる郷土に対する愛というのが、郷土に対する理解から出てくるのが当たり前ですけれども、これがほとんど教育の面で落とされている。
 私がそれで、教育改革はおそらく日本以上に教科書の偏向から教科書をいかにして解き放つかということが、教育の第一の問題だと思う。(拍手)今のところは教育を改めるという法律を改める、司法を改革する、最後的には魂を入れかえなくちゃならない。(拍手)若い人々も私が申し上げとったような、少し難しいかもしれないが、自分を見つめる。どういう人間になる、どういう人間になりたい、国をどういうように持っていきたい、私は何をすべきか、そういう点でもう少し古典的な問題も少し勉強したほうがいいじゃないかと思いま。これはおそらく少し無理なところもあるが、しかし、やはり必要だと私は思うから、選択をして、本当にそういう気持ちでやらなくてはいけない。
 国をどう思っているかというのは、一人の人間のことではなくて、全体のことを考えなくてはならない。そういうような点でも私が希望するというのは大体、今まで教育面でないがしろにされていた面をいかにして強めるか、それは政府がやらなくてはならない。それは皆さんも努力して、自分で台湾の歴史、台湾の地理、いろいろな過去を了解し、将来はどうあるべきかを考える。
 私はよく若い人々に会いますが、司馬遼太郎さんがよく言う言葉ですが、「皆さんにあるもので私にないものは何だ。それは、あなた方は将来がある。この将来を見つめて、将来を見通して何かやらなくちゃならない」、彼が日本の小学校の教科書で二つの重要なことを言っていましたが、これは台湾でも通用する問題です。
 人類愛の問題と、我々の環境をどうよくしていくかという問題、これがつまり将来の問題です。これが非常に大切じゃないかと思います。(拍手)
】 李前総統がお話ししたことがすべてだとは思いますが、ただ一つ、つけ加えたいと思います。私が今日、こうやって皆さんにお話ができるようになったのは、李総統というのは本当に絵にかいたような優等生でしたが、私は優等生じゃないんです。ただ、私が一つ救われたのは、本が好きだということです。とってもたくさん本を読みました。ですから、漫画も結構です。アニメも結構です。テレビも結構です。だけれども、やっぱりしっかり本を読むということがとても大切なんじゃないかと思います。
 それから、自分の頭で考えるということ。台湾の若者というのは、私が見ておりますと、自分の頭で考える訓練があまりできていない。まともな本をあまり読んでいない。それから、今日はたくさん年配の方もいらっしゃいますけれども、大体子供の将来というのを親が決めてしまうというケースが多いような気がします。ですから、若者はこれからしっかりと本を読んで、本というのは他人が生きてきた、ある意味では記録なんですね。
 今日、皆さんのお話があった本それぞれにはすばらしい人生を再現しています。すばらしい観察を再現した本だったと思うんですけれども、人間は一回しか生きられない、自分の人生を。本を読むことによって、他人の人生を体験することができる。それによって、自分がいかに生きるかということをしっかり考えていけば、間違いなく成長していくだろうと思います。だから、台湾の若者にはもう少しきっちりと本を読んでほしい。そして、自分の頭で物を考えてほしい。
 今は二十一世紀だということもしっかりわきまえて、いつまでたっても、あの途方もない中華思想に縛られることのないように、一日も早く、時代おくれの、そしてエゴセントリックな中華思想から抜け出るということを努力してほしいと思っております。(拍手)
】 一言つけ加えておきます。最近、いろいろな若い人々と一緒になりまして、いろいろなことを言っております。その中のテーマの一つに、いわゆる中国語で言えば「当家作主人(ダンジヤー・ツオ・チューレン)」、あるじになって、どういうようにあるじのことをやるかということです。台湾の自由と民主は得られた現在においても、まだ台湾は、自分がいわゆるあるじであることをすっかり忘れてしまっている。いわゆる昔の恐怖政府、白色テロによる恐怖政治が依然として残っている。異議があっても言っちゃいけないということが、今も、習慣になってしまっている。これから先、そこからいかに抜け出すか。
 さっきも私はちょっと言いましたが、私は自由を持っているということを自覚しなくてはならない。これから本当に能動的な状態まで持っていくには、一代から二代ぐらいかかるでしょう。しかし、この努力はどうしても我々に必要です。政治的な形態とか制度ができ上がっても、人の心が変わらなければだめです。私が今、最後に残されたわずかな人生をいかにして国のためにやろうと思っても、全部がついてこなくてはならない。一番重要なことは、結局、いかにして自分が主であるということを自覚するか。この点をつけ加えて、皆さんにご報告しておきます。(拍手)
 
東京財団主催シンポジウム「心に残るこの一冊」
2002年2月23日開催/於台北国際会議


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