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講義12 加害者を知ることでDVへの理解を深める
〜よりよい被害者支援をするために
1. 加害者を通してDVを知る
(1)特権意識や価値観
 風呂から出た時、夕飯の用意ができていなかったので暴力を振るった。また、妻が勝手にテレビのチャンネルを変えた、それがきっかけで暴力を振るった。彼がして欲しかったことは、自分を優先するということです。このように男性たちは気付いていないが、特権意識をもっている。自分の意識とか価値観、歪んだ価値観を持っている。そういうものに気が付いて変えなければだめです。
 そのような間違った特権意識や価値観を持っていると相手を躾けるために罰していいと思ってしまう。そうする権利が自分にはあると考えてしまう。
(2)自己正当化と責任転嫁
 加害者は絶対自分は正しいと信じている人が多い。ある男性参加者が僕たちDV男性は正しい病にかかっている。相手が反論したり、言うことを聞かないだけでばかにされ攻撃されたように思ってしまい腹が立つ。自分の暴力のことを批判されたりすると、否定をされたと考え自分の持っている特権を奪われそうに感じる。ですから攻撃してくる相手が悪いと考えて責任転嫁する。そして相手が加害者で、自分こそ被害者だと思っている。こういう思考は自己中心性から生まれる。
(3)自己中心的で否定的
 相手の言動を自己中心的で厳しい目で見る。相手の態度行動にフォーカスする。考え方見方が否定的・批判的・虐待的だから怒りがわいてくる。だからその考え方を変えなければいけない。彼女に対してそのような見方をしない、そうすると怒りはぐっと減るはずです。それでも時々わいてくる怒りやいろんな感情は、言葉で相手に伝えるようにならなければならない。
 防止教育では「アイ(I)メッセージ」といって、自分の気持ちをオープンに正直に相手に伝える方法も紹介します。でもコミューケーション能力が高く、自分の気持ちを言えるからDVはしないのかというと、そうではない。プログラム受講者で、自分の気持ちをとうとうと喋る人は幾人もいます。仕事上訓練を受けているから、コミュニケーション能力がものすごく高い。そういう人はその能力さえ武器にして攻撃する。妻との口論でも自分の結論は決まっている。どうやってそこに追い込んでいくかと分かってやっている。
2. アウェアでの52週
 この人が奥さんに暴力振るっているのかと思うくらい、やさしい顔、喋り方、物腰は優しげです。職業・年齢・学歴は一切関係ない。誰でも加害者になってしまう可能性があります。アウェアの場合、一番多い職業は歯医者、獣医、内科を含め医者です。最近多いのが、アメリカの裁判所経由できた日本人です。家族3人でロサンゼルスのディズニーランドヘ旅行に行き、彼としてはいつも通り口論のすえ蹴った。ディズニーランドのスタッフや警察が取り囲んで羽交い絞めにされそのまま刑務所へ1週間ほど入った。裁判で52週を受けることになり、今アウェアに来ている。毎月リポートをアメリカの裁判所に書いている。何とかして妻を取り戻したい一心で、というのが最初の動機です。
 離婚した人も来ます。このままでは自分が生きられないから自分を変えたい、離婚を突きつける妻の気持ちを変えたい、あるいはどこかに行ってしまった妻を取り戻したい一心で来ます。でも通い始めて少しずつ気付くようになると、自分が暴力と向き合って暴力を振るわない人間になることが必要なのだと分かってくる。妻が出て行ったことを段々受け入れられるようになる。でも最後まで受け入れられないという人もいます。
■ファシリーテーターとは
 ファシリテーターは引き出し役です。彼らはお互いに意見を交換し批判し合ったり、自己批判も他者批判もします。私が批判するより周りの仲間が批判する方が効くし、胸にストンと落ちる。別居中でまだ気付きの浅い人が、このごろ趣味のコーラスで素敵な女性に会って今僕は人生が楽しくなっていると語ったら、他の男性が、あなたはメリーゴランドに乗って馬から馬へただ移ろうとしているだけだと批判したんです。自分のことを棚に上げて僕言わせてもらいますけどという、これがいいんです。それそれが互いに言い合う、体験をシェアし合う、そのために私が入るわけです。
3. 力と支配の輪
 「力と支配の輪」の図(参照)では、一見別々な暴力行為が実はお互いにかかわり合って相手へのすごい力になってしまうということが表わされています。例えば経済的な暴力は、経済的なものだけにとどまらず、孤立や精神的な虐待になり関係し合う。暴力を組み合わせて使う。身体への暴力は一切せず、精神的に追い込み、最後には相手を半狂乱にしてしまう人もいる。目的は支配です。相手を支配するために使う力、あらゆる暴力全部がDVです。
4. DV行動の要因と背景
■妻への期待と甘え
 ジェンダーの問題は、なかなか気づき難いので、何時間もかけてジェンダーワークをやります。例えば妻への期待を皆一杯持っています。でしゃばらないでほしい、母親のようであってほしい、文句を言わないでほしい、恩を感じてほしい、感謝してほしい、精神的に支えてほしい、夫の気持ちを受け止めてほしい、包容力をもってほしい、甘え上手であってほしい、ほめ上手であってほしい、心を癒してほしい、僕の言ったことを正しいと信じてほしい、意見が対立したときは自分の意見を引っ込めてほしい、黙って聞いてほしい、自分の要求どおりにしてほしい、僕のわがままを聞いてほしい、言わなくても自分のほしいものがわかってほしい、あらゆることで男より優っていないでほしい。
 ジェンダーワークをやると、あまり甘えているので恥ずかしくなった、とすぐ分かる人、感情では全然分からない、受け入れられないという人もいます。観念的にはできても、態度行動を変えるところまでは長い。本人が決意し努力し忍耐して時間をかけて少しずつ変わっていく。変わったと思ったけどまたやってしまった、でもあきらめないでまた頑張って前へ進むという繰り返しです。1年では基礎勉強だけで不十分。実は彼らは一生やらなければならない、一生の問題です。気を抜いて気遣いをやめた途端にまたやってしまい、もう一度アウェアに帰ってくる人もいる。彼は変わったというグループの評価をもらっても、妻の評価では、アウェアに一生通ってもらいたいと書いてあったりする。若い人は比較的柔軟であるのに比べ、何十年もDVやって思い通りに暮らしてきた人は、それを手放せない。ですから若いうちからの防止教育が必要です。
5. 現情と課題〜暴力を容認しない社会へ
 DVは社会が生み出した問題です。もちろん個人的な要因はあります。育った家庭でDVがあった、力と支配を家の中で見ていたというのはすごいインパクトがあり影響がある。しかし幸せな子ども時代を送った人が加害者になり、アウェアに来る。半分はいます。つまり社会だけでも加害者になってしまう。十分な準備ができてしまうほど社会は間違ったことだらけなのです。だから社会全体が変わらなければならない。社会全体が変わるということは、一人ひとりの意識が変わるということです。
 ジェンダーバイアスから自由な人、影響を受けていない人などどこにもいない。ジェンダーバイアスはまずい、と思ったら自分でアンテナを張る。するといかに人々が、テレビが、雑誌が、新聞が、小説が、ジェンダーバイアスだらけかと分かります。自分たち自身、社会全体の意識を変えていく、被害者支援を真っ先にする。だけど加害者をほって置くわけにはいかない。子どもに連鎖していくから、加害者にも変わるための罰が必要です。アメリカのように逮捕し、更生プログラムの受講命令を裁判所から出すシステム作りが必要です。それと防止教育、それら全部を進めていく必要がある。日本は他国より遅れてやっと始めました。先輩の国が一杯あるのだから日本は短い間に変えていくということが私たちの責任です。
茨城県内のDV被害相談先・関係機関一覧
■DVの相談
◇NPO法人ウィメンズネット「らいず」(水・金10:00−16:00) 029-222-5757
◇茨城県配偶者暴力相談支援センター(婦人相談所に併設) 水戸市三の丸1-5-38 茨城県福祉相談センター内 029-221-4166
◇茨城県警察本部 水戸市笠原町978-6 029-301-0110
生活安全部生活安全総務課(DV事案担当)
女性被害犯罪「勇気の電話」
最寄りの警察署(生活安全課) 0120-556-942
 
■子どもの虐待の相談
◇茨城県児童相談所  
中央児童相談所 茨城県福祉相談センター内 029-221-4992
日立児童分室 日立市弁天町3-4-7 0294-22-0294
鹿行児童分室 鉾田市鉾田1367-3 0291-33-4111
土浦児童相談所 土浦市中高津2-10-50 029-821-4595
筑西児童相談所 筑西市玉戸1336-16 0296-24-1614
◇子どもホットライン 水戸市笠原町978-6 029-221-8181
◇いばらき子どもの虐待防止ネットワーク“あい” 水戸市見和2-251-22 見和郵便局留 029-309-7670
 
■保護命令の申立手続き(地方裁判所)、調停の申立手続き(家庭裁判所)その他の法律手続き
◇水戸地方裁判所 水戸市大町1-1-38 029-224-8408
◇水戸家庭裁判所 水戸市大町1-1-38 029-224-8513
◇水戸地裁・家裁各支部  
日立支部 日立市幸町2-10-12 0294-21-4441
土浦支部 土浦市中央1-13-12 029-821-4359
龍ケ崎支部 龍ケ崎市4918 0297-62-0100
麻生支部 麻生市麻生143 0299-72-O091
下妻支部 下妻市下妻乙99 0296-43-6972
◇法テラス茨城 水戸市大町3-4-36大町ビル3F 050-3383-5390
◇茨城県弁護士会 水戸市大町2-2-75 029-221-3501
 
■こころの相談
◇茨城県精神保健福祉センター 水戸市笠原町993-2 029-243-2870
 
■就労の相談
◇いばらき就職支援センター 水戸市三の丸1-7-41 029-300-1916
◇最寄りのハローワーク
 
参考資料
〜本書を作成するに当たって参考にした資料〜
・DV被害者支援ブックレット作成委員会編/「援助者のためのDV被害者支援:臨床現場からの発信」/DV被害者支援ブックレット作成委員会 2002年
・DV法を改正しよう全国ネットワーク編著/「女性たちが変えたDV法:国会が「当事者」に門を開いた365日」/新水社 2006年
・茨城県「茨城県DV対策基本計画」 2006年3月
・ウィメンズネット「らいず」/「家庭等における暴力」実態調査(概要) 2005年
・戒能民江/「DV防止とこれからの被害当事者支援」/ミネルヴァ書房 2006年
・海里真弓/「DV(ドメスティック・バイオレンス)」/講談社コミックスデザート 2003年
・警察庁/「配偶者からの暴力事案の対応状況について」/2006年3月
・小島妙子/「ドメスティック・バイオレンスの法 アメリカ法と日本法の挑戦」/信山社 2002年
・小西聖子/「ドメスティック・バイオレンス」/白水社 2001年
・(財)女性のためのアジア平和国民基金「夫やパートナーからの暴力対応マニュアルI&II」/(全文)http://www.awf.or.jp/help/manual/dv12.pdf
・常磐大学国際被害者学研究所編 ハーヴィー・ウォレス著/講演会論文シリーズ2 「ドメスティック・バイオレンスヘの対応−被害者と手を携えて−」/成文堂 2006年
・内閣府/「男女共同参画白書」/H15年度版
・内閣府/「男女間における暴力に関する調査」/2006年
・内閣府男女共同参画局/「配偶者からの相談の手引き−改訂版」/2004年
・日本DV防止センター編 長谷川京子他著/「弁護士が説くDV解決マニュアル」/朱鷺書房 2005年
・番敦子 中山洋子 根本真美子著/「Q&A DVってなに?この1冊でドメスティック・バイオレンスまるわかり」/明石書店 2005年
・法務総合研究所/「研究部報告11−児童虐待に関する研究(第1報告)」/2001年
・法務総合研究所/「研究部報告22−児童虐待に関する研究(第3報告)」/2003年
・法務総合研究所/「研究部報告24−ドメスティック・バイオレンス(DV)の加害者に関する研究」/2003年
・村本邦子/「暴力被害と女性」/昭和堂 2001年


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