日本財団 図書館


3. 被害者の声を受け止める:電話相談と面接相談
1)電話相談(DVホットライン)
 DV防止法の改正により、都道府県に加えて市町村も配偶者暴力相談支援センターとして機能できるようになり、相談窓口が増加することは、潜在化しがちなDV被害者にとって、支援へのアクセスが容易になったことを意味します。
 DV被害者支援についてひと通り知識を習得し、相談員として電話に向かう際これまでにない緊張を体験する人もいるでしょう。もちろん相談員は、受話器の向こうにいる被害者が、パートナーに気づかれないよう一瞬のチャンスを得て、勇気を振り絞りダイヤルしてきていることを忘れてはいけません。気負わず、心で相手の声をしっかり受け止める気持ちがあれば、スタートラインは合格と言えます。
 DVの電話相談の特徴は、被害者が重大な生命の危険にさらされているケースから、何年、何十年と暴力を受け続けたことで被害者自身の心理的な感覚が麻痺しているケース、命の危険はないながらも、激しい身体的暴力によって負傷しているケース、時間的あるいは金銭的に自由がなく家から出られないケース、とさまざまな状況に置かれている被害者と向き合うことにあります。
 そこで相談員は、相談開始直後から、相談者の言葉に耳を傾けながらも、暴力の内容や頻度、けがの程度などについて質問を入れながら、次の目安の中で、緊急性を判断していかなければなりません。
 
(1)緊急対応が必要(即日〜1か月以内)
(2)中期的視野(1か月以上〜半年ぐらい)での対応が可能。しかし何かのきっかけにより、緊急対応が必要となる可能性がある。
(3)長期的視野(6か月以上)での対応が可能。
 
(1)緊急対応が必要
 被害者が、「家を出る」という決心をしている場合、あるいは、暴力の程度がエスカレートし、深刻なけがをしていたり、けがを負う可能性が非常に高い場合は、被害者や子どもの安全確保が何より最優先課題となります。最寄りの警察署、配偶者暴力相談支援センターとも連携し、早急に「セイフティ・プラン」(被害者が安全に家を出るための計画)を立てる必要があります。その際、支援者は1人ではなく、リスク回避のためにも、複数で対応することが大切です。緊急時、「持ち出すものは最低限のものだけでもやむを得ない」ことを伝えておく必要があります。
 
「いざ」というときの持ち出し物リスト
・緊急連絡先、避難先や支援先の電話番号
・身分証明書(運転免許証、パスポートなど)
・健康保険証(コピーでも可)、母子手帳
・現金(当面の生活費)
・預金通帳やカード類
・印鑑(実印、印鑑証明カード、銀行印など)
・財産に関する法的書類の写し(抵当権決定証書、賃貸借契約書、土地の権利書、など)
・日ごろ服用している常備薬
・裁判に提出できる証拠品(けがの写真、診断書、録音や支援者に相談した際の電話記録メモなど)
・思い出のもの、子どもが大切にしているもの
・子どもの学用品(最小限)
・着替え(最小限)
・その他、被害者の居所を探す手がかりとなるようなもの(住所録、PC・メールの履歴、など)
※携帯電話の利用は、発信記録の取得に注意
 
(2)中期的視野での対応が可能
 DVがどれほど深刻な被害をもたらしていたとしても、被害者は、これまで触れてきたような加害者からのさまざまな暴力によって疲弊し、また、長年の脅迫や暴力的な言動に、恐怖心や自己否定の感情に打ちのめされていることが多く、法的にも、経済的にも、精神的にも、乗り越えなければならない問題を山のように抱えています。
 今日は離婚する、と思っても、次には、やはりこのまま生きていくしかない、とあきらめたり、この人には私しかいない、と自らを奮起させたり、と、大きく揺れ動いています。何回も相談を重ねることを前提に、毎回、その日のゴール地点を描きながら、1つひとつ問題点を明らかにして、解決へのプロセスを一緒に描いていくことが大切です。被害者が抱えている問題を、文字にして整理し、自分が持っている社会資源(利用できる人やもの)を書き出してみるよう伝えてみましょう。その中から、被害者が自力で解決を図ることが困難な問題に対して、支援者は適切な連携先を見つけ、協力体制をとっておくことが重要です。
 
(3)長期的視野での対応が可能
 「これってDVでしょうか」と反応を伺いながら、恐る恐る電話口で尋ねてくる相談もあります。今すぐ、何かをどうにか変えたい、というのでなくとも、自分の身に起きていることを理解したい、という気持ちで相談を寄せてくるケースです。しかしながら、この場合、自分の状況への理解が深まると、一気に行動に移す被害者も少なくありません。相談が長期化することが予想されても、中期的にも短期的にも移行する可能性も見据えて、必ずまた電話をかけてくるよう促す必要があります。1回1回の相談が、発展的に解決に近づくものとなるよう、支援する側も、「慣れ」に陥らず、さまざまな情報収集に努めておくことが不可欠です。
 
2)面接相談
 電話相談だけでは対処できない問題を抱え、「実際に会って話を聴いてもらいたい」という要望が被害者からあった場合、DV被害者と面接相談の場を設けます。声だけが頼りの電話相談と違い、直接、お互い向き合うことで、顔色や身体状況、あるいは表情から、被害者の置かれているさまざまな状況について理解が深められます。
 面接場所の案内や待ち合わせ場所の指定は、慎重に行う必要があります。場所や時間をメモした紙を、うっかり置き忘れることがないように気をつけてもらいましょう。加害者の行動圏を離れた、人目につきにくい場所であることが前提です。また、面接までに何度も電話相談を重ねていても、面接相談には、2人で臨むことが大切です。1人での判断は、ややもすると支援者の性格や感情に影響を受けがちです。また、子どもを連れてくる場合、1人が子どもの相手となり、もう1人が被害者の話をじっくり聞く体制をつくることもできます。子どもの言動にも注意深く配慮し、母親との関係、父親との関係を読み取ることも大切です。
 被害者にしてみれば、相談のために家を出る、ということは、大きな決断です。支援者は、被害者のそうした力を削ぐことがないよう、1回の面接で何度もの電話相談に匹敵するぐらいの、いっそうのエンパワーメントを目指したいものです。
 
4. 緊急支援と危機介入
1)緊急支援
 電話相談や面接相談を経て、いよいよ被害者が「家を出る」と決心した場合、前述した「セイフティ・プラン」が役に立ちます。セイフティ・プランには、次のような項目が含まれます。
・避難場所(シェルター、一時保護所など)の受入先の確保
・避難場所までの経路確認(2通りぐらい準備)
・逃げる際の交通手段
・警察への連絡(捜索願いを出される可能牲が高い)
・支援者との待ち合わせ場所
・外部との連絡方法(電話の発信記録が入手される可能性も考慮)
・家を出るタイミング
・持ち出す荷物の保管場所
・万一加害者に見つかった場合の駆け込み先(交番やコンビニ、など)
・被害者が仕事をしていた場合、職場への連絡
・就学児童が学校に通っている場合の待ち合わせ方法、学校への連絡
・家の中にある凶器となるようなものを隠しておく
・DV関係の資料や支援先のメモなどを残さない
・被害者の友人や知人の住所録を抹消(パソコンなど)
 実際には、しっかりとセイフティ・プランを立てていても、夜中に激しい暴力に襲われ、明け方にそのまま逃げ出すような事態が発生する可能性もあります。子どもがいる場合には、年齢や状況にもよりますが、できる限り同行するよう強く勧めましょう。後から、子どもだけを連れ戻すには、危険がいっそう高まるだけでなく、離婚のとき、法的に不利になることもあるからです。
 
2)危機介入
 非常に危険な状態にありながら、夫の監視が厳しかったり、病気やけがをしているために、家を出ることが極めて難しいケースもあります。そうした被害者の保護には、警察、配偶者暴力相談支援センターとの連携に加え、保健師、民生委員、通院歴のある医療機関の医師・看護師・ソーシャルワーカーなど、地域に根ざして活動している人たちと協力体制を作り、被害者との接点を安全に確保することが不可欠です。
 無事、シェルターや一時保護所にたどり着くことができれば、それは大きな山を1つ越えたことになります。施設に受け入れる手続きとして、被害者の情報を聞き取る必要があっても、ひとまずは苦労をねぎらい、安心・安全の感覚を取り戻せるよう、被害者や子どもたちの気持ちを、徐々に解きほぐしていくことが肝心です。
 欧米では、シェルターに身を寄せている被害者や子どもたちが、それぞれに無料でカウンセリングを受けられる制度が整っている国が多くあります。DVが、子どもにも深刻な影響を与えることを考えれば、日本にもいち早くそうした制度を確立する必要があります。今後、精神科医や臨床心理士といかに連携を深めていくかが課題となる分野です。


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION