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3. DVのサイクル
 アメリカの心理学者、レノア・E・ウォーカーは、DV被害者の調査をしながら、暴力に3つのステージからなるサイクルがあることを発見し、「暴力のサイクル」説を唱えました。
 相談を受ける中で気付くことは、日本においても、多くのDV被害者がこのサイクルを体験している、ということです。被害の程度、繰り返される周期はさまざまですが、一般的に、暴力のサイクルが徐々に短くなり、暴力の激しさも次第に増していくことが知られています。
 被害者の大多数は、初めて暴力を振るわれたときに、「もうこんなパートナーとは一緒にやっていけない」と思うわけではありません。むしろ、「暴力を振るわせてしまった私も悪かった」「謝ってくれたし、愛してくれているのだから、このくらい我慢しよう」と、自らを納得させ、加害者の心理を理解しようと努力します。確かに、暴力を振るった後、平謝りをする加害者も多いのです。
 暴力のサイクルを支配しているのは、被害者ではなく、加害者です。加害者は、「お前が俺を怒らせた」「暴力を振るうのはお前が言うことを聞かないからだ」と、常に暴力の責任を被害者に負わせようとします。しかし、暴力の原因は、決して被害者にあるのではありません。加害者が、「暴力」という手段を選択しこのサイクルを生み出しているのです。
 ですから、いったんこのDVのサイクルが回り始めると、被害者は、知らず知らずのうちに暴力の渦に巻き込まれ、気がついたときには、サイクルから抜け出せない、という状況に陥ってしまうのです。
 「DVにはサイクルがある」ということは、DVについて学んだことがあれば一度は耳にすることですが、被害者にとっては、その気付きが、大きな決心につながることもあります。どのような暴力がどれくらいの周期で現れるのか、被害者自ら気付くことは、危険な暴力を避けることにも、家を出るタイミングを決めることにも役立ちます。そのためにも、暴力を受けた時期や内容を、相手に気付かれないように暗号のような形でもよいので、記録していくことを勧めましょう。
 
 
4. 「支配」と「被支配」〜暴力が起こる背景
1)力(パワー)と支配(コントロール)の車輪
 DVの関係とは、パワーとコントロール(力と支配)の関係です。優位な立場にある人が、自分の力を利用し、弱い立場の人を支配することであり、前述したようなさまざまな形の暴力が複雑に重なり合って起こります。
 そこに、女性への差別意識や家事役割意識、暴力を容認しがちな男性優位の社会のあり方や「子どもは夫婦揃って初めて健全に育つ」といった社会通念が絡んでくるため、被害を受けている女性は、ますます声を挙げにくくなり潜在化することになります。「あなたは、夫に養ってもらっているのだから、多少の我慢は仕方がない」といった言葉を、被害者が相談した親族から聞かされることもまれではないのです。
 しかし、他人に振るったら「犯罪」となる暴力が、妻、恋人、といったパートナーだからといって許されてよいはずはありません。DVは、女性の生きる力を削ぎ落とし、人間としての尊厳を奪ってしまう「人権侵害」である、という認識を浸透させていく必要があります。
 
力(パワー)と支配(コントロール)の車輪
※ミネソタ州ドゥルース市のDV介入プロジェクト作成のものを神奈川女性センターが日本向けに加筆修正
 
2)暴力を振るう理由
 2003年法務総合研究所が発表した『研究部会報告24−ドメスティック・バイオレンス(DV)の加害者に関する研究−』に、興味深い調査結果が報告されています。加害者(配偶者、内縁関係、元夫も含む)が、(元)パートナーに対して振るった暴力(殺人、殺人未遂、傷害、傷害致死、DV防止法違反、ストーカー規制法違反)により不起訴事件及び第一審判決が確定した事件346件について、加害男性、被害女性双方に、暴力の理由を尋ねたところ、3割以上が当てはまると答えた理由は次のようになっています。
 
<加害男性> <被害女性>
(1)被害者の言動・態度(68%)
(2)日常さ細なこと(43.2%)
(3)加害者の被害者への支配欲(40.4%)
(4)加害者の嫉妬・やきもち(32%)
(1)日常さ細なこと(36%)
(2)加害者の被害者への支配欲(33.9%)
(3)加害者の経済面の問題(32.3%)
(4)加害者の酒(31.7%)
(5)加害者の嫉妬・やきもち(30.9%)
 
 この結果から、暴力を振るう男性側は、ほぼ7割が「暴力を振るわせるお前が悪い」という言い分を持っており、一方被害を受ける女性の方は、さ細なことで一方的に暴力を振るわれ、多くの要因は、暴力を振るう加害者側にある、ととらえていることが分かります。
 加害者の心理的要因(精神分裂病、うつ病、アルコール・薬物・ギャンブル依存症、など)について、関連性が指摘されることもありますが、すべてに当てはまるものではありません。
 DV防止法が施行される前には、よく警察官や調停委員の反応として、「あなたも夫を怒らせるようなことをしたのでしょう?」といった言葉が聞かれたものですが、「DVとは何か」を理解しなければ、こうした二次被害はこれからも起こり得ます。被害者にも非がある、とする言葉は出てこないようにしたいものです。DV被害者の支援に携わる私たちは、「力」と「支配」のコントロールの中で、加害者が女性を支配する手段として暴力を選び取っている、としっかり理解し、そこから、支援の一歩を踏み出す必要があります。
 
3)ジェンダーへの意識
 2004年度にウィメンズネット「らいず」が実施した『家庭等における暴力』実態調査で、ジェンダーや暴力容認に対する社会意識を調査したところ、表のような結果になりました。
 男女の役割分業意識については、「とてもそう思う」と「ややそう思う」の合計をみると、男性が、女性に比べて約2倍になっています。さらに、「身近な人が思い通りになるのは気分がよい」や「子どものしつけには体罰が必要」とする考え方についても、男性のほうがかなり肯定的であることが分かります。
 さらにこの調査では、「男は仕事・女は家事育児」はもっともだと思う、身近な人が言いなりになると気分がよい、子どものしつけのために体罰は必要、夫婦や恋人間で多少の暴力は必要、と感じている人ほど、DV行為との相関が高い、という結果が出ました。パートナー間の暴力は多少とも必要だと、感じている男性が4.96%、それに対して女性が3.16%いる、という結果も、支援する側として認識しておかなければならない現実です。
 
■社会意識についての男女の考え方
 ウィメンズネット「らいず」『家庭等における暴力』実態調査(2004年)より
 
「男は仕事・女は家事育児」はもっともだと思う 男性 とても
やや
7.44%
23.97%
31.41%
女性 とても
やや
2.68%
12.90%
15.58%
差別社会は変わるべき 男性 とても
やや
48.76%
27.27%
76.03%
女性 とても
やや
57.91%
26.52%
84.43%
身近な人が思い通りになるのは気分がよい 男性 とても
やや
7.02%
23.55%
30.57%
女性 とても
やや
3.41%
17.76%
21.17%
子どものしつけには体罰が必要 男性 とても
やや
7.44%
36.36%
43.80%
女性 とても
やや
2.68%
24.09%
26.77%
夫婦や恋人で多少の暴力は必要 男性 とても
やや
0.83%
4.13%
4.96%
女性 とても
やや
0.00%
3.16%
3.16%


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