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競艇沿革史

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


沿革史の発刊に際して
全国モーターボート競走施行者協議会
専務理事(前) 高橋百千
 
 全国モーターボート競走施行者協議会(全施協)では、創立満十五周年を迎えたので、過般の総会の決議によって、その沿革史を作ることになりました。
 先年、本会では「十年の歩み」と題した小冊子を発刊しましたが、そのときは事務局独自の調査資料によってまとめましたので、衆知をあつめたものとはいえませんでした。
 このたびの沿革史は、将来、貴重な資料となるよう史実を正確にまとめることを主眼とし、広く関係者の方々にご執筆をお願いいたしました。ご担当の各位には、ご多用中格別のご協力を賜わり、厚くお礼申しあげます。
 この協議会のおいたちについては、既刊「十年の歩み」に尽されておりますので、ここには筆をあらためないことにいたします。
 私事を先にして申し訳ありませんが、昭和三十二年四月中旬、私は運輸省船舶局長から呼びだしがあって、突然、全施協の事務局長を引き受けるよう要請がありました。なおその諾否は、全施協会長が帰任せられる都合で、四月十二日までという期限つきでありました。
 当時、私は日本船灯株式会社の常任監査役をしておりましたので、社長と相談の上、執務は交互にということで諒解を得て、その趣旨で四月十二日船舶局長室に出向き、全施協会長吉田若松市長と会見の上、事務局長となることを承諾し、四月十五日付で局長の辞令を受けました。
 当時の会長は、前述の通り若松市長吉田敬太郎氏、副会長は、府中市長小林茂一郎氏、舞坂町長堀江清一氏で、前任局長は菊山嘉男氏でありました。
 事務局は、その直前に千代田区平河町から中央区日本橋の兜橋ビル四階に移転したばかりで、まだ十分整とんができていないあわただしいときに、その局長室で事務引きつぎをいたしました。当時、職員は合計四人で、業務担当黒瀬淳氏、庶務担当小野朔氏のほか、その補助として玉川治君と羽金美代子さんだけで、何かのときには相互に応援し合って事務を処理していました。
 そのころの競艇の年間売上高は、全国開催日数三千六百二十五日でようやく二百二十五億円になったばかり、それでも施行者は多少明るい気持になられたという程度で、当時の全施協の賦課金は売上高の三千分の一でしたから、年間、約七百五十万円程度と記憶しております。
 まだそのころは、交通不便な競走場では売上げがのび悩んでいたため、全国各地の施行者の収益格差が大きく本会の賦課金どころではなく、法で定められた国庫納付金さえ滞納になっていた所もあり、事務局経理も容易ではなかったように思います。
 前述の国庫納付金というのは、昭和二十六年六月十八日法律第二四二号の第二十条で売上高の百分の三を国庫に納入するように定められていたことによったものであります。
 しかし後には公営競技に対する世評に気がねしたものか昭和二十九年六月に「自転車競技法等の臨時特例に関する法律」の公布によって、競艇も国庫納付金をやめ、それと同じ額を「全モ連」に納めて、関連工業等の振興に使うことに改められたのであります。それから考え合わせますと私が事務局長になった昭和三十二年には、まだ国庫納付金を滞納していたことになりますから、この間の競艇運営上の苦心は並み並みではなかったように思われます。
 競艇創設当時には誰しも今日の隆盛を見通しきれた人はなかったであろうと思いますが、その中で世評に堪え、かつ大きな危険負担を感じつつ、公共団体の長が財政困難の中で投資に踏みきられた悲壮にも近い勇断を顧みて、今日の隆盛を作り出した先輩の努力を忘れてはならないと考えます。
 関係者の苦労にもかかわらず、世評はますます悪化してゆきましたが、売上高の向上の見通しが明るくなってきたので、旧法の改正が必要となり、時勢に沿うように昭和三十二年六月十日、法律第百七十号で改正法が公布されました。そのとき変わった興味ある点を一、二をあげますと
(旧法)
第八条 施行者は、一口金五十円又は百円の勝舟投票券を券面金額で発売することができる。
2 施行者は、前項の勝舟投票券十枚分を一枚をもって代表する勝舟投票券を発売することができる。
(現行法)
第八条 施行者は、券面金額金十円の勝舟投票券を券面金額で発売することができる。
2 施行者は、前項の勝舟投票券十枚分以上を一枚をもって代表する勝舟投票券を発売することができる。
 これを比べますと、味のある規定のように感じられます。
 次に、新法では第十九条と第二十条の交付金の率の改正があったことで、これは計算上むずかしい数字によられたものでありますが、過去において施行者と競走会との間で競技運営費用の分担をしていた負担区分の協定を改めなければならない機会も加わってきました。
 昭和三十二年の法改正から以後は、わが国の経済成長に伴い世評とはうらはらに舟券の売上高は毎年増加してきました。本会の使命も益々重大さを加え、関係団体や監督官庁との折衝が増加してきましたので、私は昭和三十三年一月に、日本船灯株式会社を辞任して事務局長に専念することになりました。三十二年度中には、懸案の選手会から要求されていた日当の改正と、競走会との負担区分の協定とについて、一応、理事会の議決を経て解決しました。
 しかし、競艇事業創設以来、競技実施上問題となっていた、ボート並びにモーターの改善については確たる基準がなく、当時各競走場ではフライング、出遅れ、エンストという事故が絶えず起きておりました。
 元来、競走用モーターは、特殊構造で燃料消費が多いため普通の市販品とはなりにくく、自然、これがメーカーは限定されたものに依存せざるを得ないことになります。従って、競艇関係では過去にいろいろの経緯がありましたが結局最後に残ったメーカーは、キヌタとヤマトの二社になってしまったのであります。
 このようにメーカーの数が少なくなりますと、モーターやボートの改良を義務づけることもやさしくなりますので運輸省の指導下に関係者が集まって、これ等の検討会を催し、漸次改善の実績をあげてまいりました。
 この検討会の席上で施行者であるボート、モーターの所有者及び会社でこれを所有している者等、いわゆるオーナーであるもの全体が、これ等の改善及び合理化については共同の利害を持つものであるから、全施協とは別に全国の所有者を糾合した協議会を創設することに話合いができまして、昭和三十四年十一月二十八日、全国モーターボート競走所有者協議会を創設し、会長には全施協会長がこれに当り、副会長には所有者会社の社長が交代で就任するということに協定ができました。事務局は全施協内に設け、所有者会社との連絡は副会長所属の事務担当者が行なうことになり、ボート及びモーターの製造について使用者が満足するように改善を練ることになりました。
 この協議会は、その後しばしば会合を重ねておりましたが、諸般の事務ばかりでなく技術関係業務が増加したため全施協の事務局職員兼務では処理できなくなったので、事務及び技術に専念するものを採用することについて総会の承認を得て、新たに大西謙次氏を総務部長に、木戸繁雄氏を技術嘱託に迎えたのであります。その後、順調に推移しておりましたが、所有者でない施行者から、この会の存廃に対する批判があったことと、又、所有者賞金と選手賞金との関連性を含めて、所有者会社と施行者との間における利害の一致しない場合が生ずる恐れが多くなりましたので双方協議の上、昭和三十七年三月解散することになり、その後、所有者会社は独立した任意団体を作って、事宜により協力することになったのであります。
 昭和三十五年十月二十九日には、日本モーターボート選手会が社団法人の認可をうけて誕生しました。競輪の選手会の動向を勘案して、競艇では、監督官庁や選手養成訓練を義務づけられている全モ連の賛助があって成立したもので、いろいろな批判もありましたが、これによって競艇事業の運営上、三者協調が円満に行なわれるようになったと思われます。選手会は、それまで単なる任意団体でありまして、いろいろの交渉に応ずる場合、施行者として、その信頼性に迷うことが多かったのでありますが、これですっきりして話合いがつきやすくなりました。
 選手会の初代会長は山中弘氏、副会長原富夫氏、理事長佐藤庄一氏でありました。以来、監督官庁の諒解の下、施行者に関する問題はすべて直接交渉をすることになり、円満に取運びができるようになりました。
 昭和三十四年を迎えるころから、再びギャンブル廃止論が世評に上り、有力報道紙が書き立てるようになりました。これは兵庫県、京都市などが、公営競技罪悪論をかかげて自から廃止に踏み切ったことが大きな誘因になったものかと思います。
 もともと中央競馬を除くほかの公営競技は、競走法第一条に規定する目的は、あれこれと色よいことは示されておりますが、その主目的は戦災復興や地方財政の窮乏を救うことを第一義に考えていたのであり、その原則的な考え方によりますと、施行者がひとまずその目的を達したとなれば、すみやかに廃止すべきであるといえることにもなります。しかし、施行者の多数のものは、初期苦難の時代を乗り越えて、今、ようやく先行きの明るい見通しがつきそうになったときに、にわかにこの収益事業を廃止する気にはなれないであろうことも察しられます。
 しかしながら、廃止論の世評は日を追って強くなる傾向を示し、報道陣がこれをかき立てるという悪条件下におかれて困惑している折から、昭和三十四年六月二十三日、松戸競輪場に起きた騒擾事件を契機に、更に廃止論に拍車をかけることになりました。


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