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競艇沿革史

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


芦屋町外二ケ町競艇施行組合
 九州の北端、遠く英彦山にその源を発し、玄海の荒海に注ぐ遠賀川、その遠賀の流れつきるところに福岡県芦屋町がある。
 芦屋町の中央部を縦断した河口部に、今日も太陽の光をうけて川面一杯に金属性の爆音を轟かせて、スピード豊かに走りまわるモーターボート。「芦屋競艇」の誕生は、北九州のひなびた町の町長以下、すべての町民、故郷に愛情をそそぐ町出身の人々の「汗」と「脂」と「涙」で創りあげられたものであり、爾来十六年間、この小さな町の生命の源になっている。
 「芦屋競艇」の発端は、昭和二十六年春に挙行された戦後二度目の統一地方選に始まったのである。この選挙に、同年三月まで、町の公安委員会で委員長の職責にあった黒山高麿氏が町長選に初出馬して当選。五月一日第九代の芦屋町長に就任。同時に議会議員二十二名もそれぞれ当選、就任したが、そのおよそ半数は、新しい議員で占められていた。
 こうして黒山町長と新議会は、刷新的な雰囲気のうちに新鋭の意気に燃えて、町政に取り組もうとしていたのである。
 しかし、当時の芦屋町は、年間予算の規模は僅かに五、三〇〇万円程度で、多くの潜在赤字を抱えこみ、町内部にもまた沢山の問題が残されており、これ等と対決すべく努力が開始された矢先であった。
 そうした日々が過ぎて約二ヵ月ほどした六月末の或る日町議会副議長の坂口新氏と新議員の藤崎一馬氏が町長室を訪れ、「このたび国会でモーターボート競走法という法律が可決成立したが、財政難にあえぐ芦屋町としては、モーターボート競走を施行し、その収益によって財政を建直し町づくりを進めてはどうか。」と進言したのである。
 勿論、黒山町長も同法の成立は新聞報道で知ってはいたものの、その時まではこれをとりあげる気など、さらさらなかったのである。だが両議員の進言によって西北方を玄海灘に面し、町の中央を貫流した遠賀川をもつ芦屋町が、この天恵ともいうべき自然を活用し財源を得ることができれば・・・
 『天の与うる。これをとらざれば罰あり!』古訓が電光のように町長の頭脳を走った。そこで両議員に対しては、「原則的には賛成です。しかしこのことについては、全然内容がどんなものか知らない。十分に調査をし、研究したうえで自信を得ることができれば実行しましょう。ついては、あなた方二人で秘密裡に調べ研究して報告して下さい。」と依頼して会談は終ったのである。
 依頼はされたものの、我国において競馬は既に四十年の歴史を有し、競輪もまた数ヵ年の経験を積んで来ている。しかるに競艇とは初めての試みであってその法律も出来たばかりで全国どこにも実施されていない。・・・
 調査、研究するといってもまるで闇夜に物を探るようなものであって、坂口、藤崎両氏もはたと困惑した。
 法律研究、関係官庁への問い合わせに始まり苦労しながらも時日は経過して行ったが、同年の十一月から十二月頃にかけて大体の輪郭がはっきりとして来た。その間の状況は逐一町長に報告され、町長の腹もだんだんと実行への線に固まっていったのである。
 越えて昭和二十七年一月、初町議会の会期中に開かれた全員協議会に、町長はこの案件を提示して議会の賛成と協力とを要請した。
 全議員、一瞬驚きの色を現わし、議場はざわめいたが、かねて薄々聞き知っていた関係で特に反対を唱える人もなく、全員一致の形でこれを承認したのである。
骰子(さいころ)は遂に投ぜられた!
 この時から芦屋町の命運をかけ、競艇施行という大冒険が多くの人々の命がけの決意のもとに開始されたのであります。
 特に黒山町長の心境たるや事業がもしも失敗するようなことになれば、永い歴史を誇る芦屋町を破滅させ、後世の町民にまで負担をかけることになる。実行決意をかためるまでには幾日となく煩悶した夜が続いたことであろう。そして遂にこの日、この瞬間から芦屋町は黒山町長以下全力をあげて施行認可獲得への猛運動が始まった訳である。
 しかしながら、実行に移るといっても具体的にどこから手をつけてよいのか些か戸惑いがちであった。
 同年三月中旬、町の有志である吉田三郎氏が町長を私宅に訪ね、競艇事業がいかに町のため役立つものであるかを説き、その実行を熱望し、町民の一人として大いに協力したいと申し入れた。同氏は黒山町長と同じく芦屋町生え抜きの町民であり、少年時代からの友人であったから、町長はその申し入れを喜び、協力を請い、運動の進めかたについてあれこれと相談し合い、吉田氏はとに角上京して中央部の様子を知り、運動方法も研究する必要があると門下にあたる芦屋町出身の小田十壮氏をともなって上京した。
 吉田氏等は、たまたま上京中のやはり町出身者である井華砿業株式会社九州支店長である桑原千秋氏に会い、協力を求めるとともに年来の友人である在京の有力者、三浦義一氏に支援を乞い、そのほか必要な方面にワタリをつけて数日後に帰芦した。
 一方、町当局も町出身の県会議員三原朝雄氏の支援を受けつつ、福岡県の諒解とりつけの運動を開始した。だがここで欠くことのできないのは福岡県モーターボート競走会の設立である。法律によれば競走会なしに競艇の施行はできない。芦屋町が施行者となるためには県のモーターボート競走会の設立こそ先決問題であり、前提となることだった。
 そこで、町出身の当時西日本新聞社の社長であった田中斉之氏に相談したところ、福岡証券取引所理事長、吉次鹿蔵氏とも話し合いのうえ、両氏と親交があり、また町長や吉田三郎氏とも中学時代の同窓である木曽鉱業株式会社の社長、木曽重義氏に頼んでこれが設立に盡力してもらい、会長になってもらうのがよかろうということになったのである。
 ところが丁度その時、木曽氏は社用その他で上京中であり、帰りを待っていては時機的におくれる恐れがある。やむを得ないので町長、吉田氏の二人が木曽氏を追って急ぎ上京することになった。
 東京の旅館で木曽氏に会い、競走会の設立と会長就任を懇請したのだが、木曽氏としては寝耳に水、しかも内容がよくわからないことであり、容易に承知の返事がもらえない。一、二日たつうちに、吉次鹿蔵氏が上京して来られたので木曽氏の勧誘説得を頼んだ。
 その甲斐あって数日後、ついに木曽氏の承諾が得られ、町長等も一安心、更に東京での運動を続けて帰芦した。
 木曽氏は、帰福したあと直ちにその力を発揮し、迅速に会員の獲得と競走会の基礎固めに成功されたのである。
 他方、競走会の設立、施行者、競走場の認可登録等については、どうしても福岡県の承認と副申が必要であり、三原朝雄氏の斡旋を受けながら担当部課はもちろん、杉本勝次福岡県知事にも面会懇願したが、ことギャンブルレースであるため、なかなか承諾が得られず数回にわたってお願いした結果、ようやく目的を達してホッとした状況だった。この間、吉田三郎氏一流の強引過激な言葉に知事が腹を立てるという一幕もあり、ヒヤヒヤさせられたがとに角安心したものである。
 さてこのような時、即ち、昭和二十七年四月六日、長崎県大村市で同市施行のモーターボートレースが開催された。これは我国で最初の競艇事業の実施であり、まことに記念すべき意義ある日といわねばならない。
 大村市と長崎県モーターボート競走会が全国にさきがけこの実行に踏み切った勇断と努力には大いに敬意を表するものである。
 芦屋町も早速その実状を見学調査するため、町長、助役を始め、鶴原繁喜議長等、議会、執行部及び吉田三郎氏などが大村市を訪れ競艇というものを初めて視察したのである。
 普通のモーターボートを予想していた関係者は、競走用ボートが小さな身体に似合わず波を豪快にはねあげたスピード感あふれる走りっぷり、カーブにかかっての横すべりなどその勇壮なレースに驚いたり、またハイドロプレンとか、ランナバウトなどという名前やフライングスタート方式にめんくらったり、すっかり競艇に魅せられてしまったのである。この時、この催しのために現地に出張中であった全国モーターボート競走会連合会の運営委員長矢次一夫氏、同総務部長平野晃氏、同事業部長原田綱嘉氏、運輸省船舶局監理課、山岸謙二氏などに面会して町の企画を説明その指導と援助をお願いした。こうして一同相ついで帰任したが、町長は福岡で下車、翌日町から出張して来た議員、職員と落ちあって県庁を訪れ、更に陳情運動を進めていった。
 そもそも芦屋町がこの事業を行なうことを発意した趣旨目的は、前にもちょっと触れたように、町財政の窮乏を打開し、他市町に比べてひどく遅れている公共施設の整備や住民福祉の向上に役立てようとするものであり、これが総てである。
 本来、芦屋町は、古事記や日本書紀でも明らかにされているが、神武天皇ご東征の際、暫く逗留(とうりゅう)された、いわゆる、筑紫の岡ノ湊、岡田宮のあったところで由緒の古い町である。それ以降二千数百年にわたって北九州の一角、遠賀月河口に位置し、いろんな地理的、人文的条件に阻まれて大都会には発展せず、地方的小都邑として続いて来た町である。
 その盛衰は時代とともに変遷し、旧藩時代から明治にかけては北九州における中核的な存在として現在の北九州市戸畑区、若松区、八幡区や遠賀郡を傘下におさめて繁栄した。「芦屋千軒、関千軒」と呼ばれて下関や博多と比較されたのもこの頃のことである。
 しかし、明治末期から大正にかけては鉄道の発展とともに漸次衰微の運命をたどり、遂には敗残の様相を呈するに至ったのであります。そして昭和に入ると北九州工業地帯防衛の目的で海岸添いの広大な三里松原を切り開いて帝国陸軍飛行場の建設が始められ、若干の息吹きをみたものの間もなく大東亜戦争となり、やがて敗戦の日を迎えたのである。
 昭和二十一年初頭、進駐して来た米国空軍部隊がトラックを連ねて基地に入り、西日本における有数の大規模な米軍基地として朝鮮動乱をピークに皮肉にも町一般の景気をあおり、街は原色鮮やかなペンキの色とジャズ、酒、女にむせかえる特殊な雰囲気をかもし出していったのである。
 しかし、自治体としての芦屋町には、殆どプラスとなるような材料もなく、逆に基地の町として目に見えぬ経費の支出が必要となる有様であった。そればかりでなく、戦後間もなく、新しい自治体のあり方が求められ、それは自治法として、また六三制教育制度による中学校建設経営の責任並びに自治体警察制度の設置等、町はその経済的負担に町民は重税に喘いだのである。
 このことは独り芦屋町ばかりでなく、全国の弱小市町村が共通してなめた苦難ではあったが、芦屋町の場合は、税収入も少なく、他に財源もまったく考えられずその苦しみはまた格別であった。例えば、基地の特殊性に目をつけ、広告税、接客人税、特別固定資産税などの法定外普通税を創設して増収をはかったり、庁用購入品代金の支払いに困って業者から以降の納品を拒否されたり、職員給与の支払いの遅れも毎月のことというような状況であった。こうした困窮は黒山新町政にもそのまま持ち越され、従って黒山町長に課せられた使命は、どうしてこの町財政を救済し、町の運命を打開していくかであった。


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