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「日印関係;更なる発展への取り組み課題」/特命全権大使 榎 泰邦
 最近の日印関係の発展振りには目を見張るものがあり、1950年代のネルー時代に次ぐ「第2の日印黄金時代」と称するインド人有識者もいます。しかし、現状に満足しているかと問われれば、在印大使としては決して満足はしていないと答えざるをえません。日印関係はもっと大きな発展を遂げる潜在的可能性を有しているものと確信するからです。
 本日は、時間の限りもありこれまでの日印関係発展の軌跡を紹介するのではなく、日印関係が更なる発展を遂げるために我々が取り組むべき課題はなにか、につき3点に集約して大使としての所信を述べたいと思います。
 
 第1は、「点から面への拡大」です。関係拡大への拠点作りは出来てきたと考えます。本年4月に訪印した小泉総理からの最も重要なメッセージは、「インドを日本、中国と並ぶアジアの3大国の一つとして日本の対アジア外交に明確に位置づけ、そのインドとのグローバルな規模での戦略的パートナーシップを構築していく」との点にあったと理解しています。日本はあまりにも長い間、インドをパキスタンとハイフンで繋げ、南アジアの地方的存在として位置づけてきました。小泉総理訪印によってインドの位置づけにつけ一大転換が行われました。
 近年、政治リーダー間の交流も順調に発展しており、前閣僚、副大臣をも含めたいわゆる閣僚レベルの往来を見れば、昨2004年は日本からインドへ15人、インドから日本へは3人が訪問しています。これが2005年には日本から20人、インドから7人がそれぞれ相手国を訪問しています。かかるトレンドを更に次世代を担う若手政治家間の交流へと拡大していくことが期待されています。幸い、インド側では昨04年、チャタジー下院議長訪日の機会を捉え印日友好議連の再発足がされ、また本年4月にはインド商工会議所連盟(FICCI)の支援のもと印日議員フォーラムが結成されるなど議員交流への機運が盛り上がって来ています。インド経団連(CII)による若手議員団の訪日派遣も順調に進んでいます。
 経済関係に目を転じても、自動車産業を中心にして日本の製造業拠点がここインドに定着してきています。更に新聞報道に基づく当大使館の集計では、わが国の対印直接投資は今後3年間で20億ドル超、年間平均7億ドル超と予想されます。今後の新規進出次第では更に額が膨らむものと考えられます。過去のピークが1997年の年間5億ドル超でしたので、日印経済関係発展への流れは出来上がったと言えましょう。
 但し、日印関係を日中関係と比較しますと、貿易、投資、観光客数、どの指標を取っても、約30分の1のレベルでしかありません。地理的距離が違いますので、日印が日中と同レベルになる必要はありませんが、インドの重要性に鑑みれば、せめて3分の1ほどのレベルに拡大しても不思議ではありません。即ち、日印関係を現在の10倍のレベルに引き上げることが望まれます。
 面への拡大を、対印投資を例に述べれば、第一に現在の対印投資は約8割が自動車分野となっていますが、今後、IT分野、医薬品、バイオ、他の製造業分野などへの拡大が望まれます。第二に、現在は大企業中心の進出ですが、投資が本格化する時には大使館では把握出来ないほど多数の優良中小企業が進出して面の広がりができるものです。明06年2月の中小企業中心のJETROミッションの訪印などここに来て中小企業の動きも活発化していることは心強い限りです。第三に、現在、対印進出日本企業数は約300社に及びますが、地理的には大デリー圏、バンガロール・チェンナイ圏、ムンバイ・プネ圏の3地域に集中しています。広大なインドには、魅力的な投資先拠点が数多く存在します。地理的な広がりも課題の一つです。
 面への拡大と言えば、何と言っても人的往来の活発化が望まれます。現在、日本からインドへは年間10万人、インドから日本へは5万人が訪問していますが、人口10億の国との交流としては驚くべき少なさです。日本から中国各都市へは毎週JAL、ANA併せて274便が就航していますが、インドとの間を飛ぶわが国商業フライトはJALの週3便のみです。日本語普及も課題の一つです。現在、インドにおける日本語学習者数は5千人余りで、スリランカとほぼ同じ規模です。2010年までには、日本が学習者数を3万人に拡大することを目標にしています。
 
 課題の第2は、戦略的視点からの二国間関係の再定義です。かっての日印関係は二国間関係の視点からだけで足りました。精々印パ関係を中心とする南アジア地域情勢の考慮が入るだけでした。しかし、現在の両国関係は、インドが世界の大国として急速に存在感を増しているだけに、アジアの将来像作り、国際社会全体の運営、大国間の相互作用等々といった戦略的視点を抜きにして語ることは出来なくなりました。小泉総理訪印に加え、日印両国首脳は、昨年9月の国連総会時・G4首脳会議から、本年7月の先進国サミット時を経て、12月の東アジア首脳会議まで世界の重役会議とも言うべき国際会議で僅か1年余りの間に5回も席を同じくしていることは象徴的です。
 東アジア首脳会議と日・印・中さらには米国との関係、日印ハイテク貿易と印米民生原子力合意、安保理改革G4と対米・対中関係など日印間の懸案事項のどれ一つを取ってみても大国間の動向が複雑に絡み合い、また国際社会全体の運営如何との視点を等閑視することは出来なくなりました。戦略的視点から二国間関係を再定義する努力が必要とされる所以です。
 日印間の戦略的協力関係を強化していく上で、私は2つのことが重要であると認識しています。一つは共同事業の遂行です。理屈だけでは関係は育ちません。国際社会運営への具体的な共同作業を通じてこそ真の協力関係が定着していきます。安保理改革G4作業のプロセスの中で、日印両国はお互いの共通項とアプローチの違いを学んできました。東アジア首脳会議、G8サミット・アウトリーチ、熱核融合国際協力(ITER)など日印共同作業の進展を歓迎したいと思います。さらにPSIなど核不拡散協力、アジア経済統合など様々な分野で協力が進んでいくことを期待しています。第2に国際政治の主要プレーヤーに対する評価の摺り合わせを含めた戦略対話を深めていくことが肝心です。常時、国際社会の戦略的環境への評価とそれぞれの役割への相互認識を確認し合っていくことが重要と考えます。
 
 第3の課題は、日印関係に長期的視野を組み込むことです。日印関係は、752年の東大寺大仏殿開眼供養をインド僧菩提センナが導師として取り仕切って以来の長い交流史があります。それにも拘わらず、両国関係は点としての関係に止まり、長期的展望が欠如してきたように思えてなりません。戦後に限定しても、ネルー外交華やかなりし頃の1950年代は、日印関係ハネムーンとも言うべき時期で、要人往来がひっきりなし続くとともに、日本の鉄鋼業界にとってインド産鉄鉱石の輸入確保が出来るか否かは死活問題でした。それが、1961年の池田勇人総理の訪印を最後として、1984年の中曽根総理まで何と23年間もの長きに亘って総理訪印が途絶える期間が続きました。1991年の経済自由化後、日本の経済界の対印関心も高まり、ちょっとしたミニ・インドブームがありましたが、1998年の核実験後、両国関係は急速に冷え込みます。現在、日本ではかってない程のインド・ブームが起きていますが、冷静に考えれば、これとても僅かここ2年間の現象です。
 お陰様で、民間企業も大使館も日本からの要人来訪で忙しくしている昨今ですが、こういう時期だからこそ、日印関係に長期的視野をビルドインして、長期に亘って緊密な関係が継続するよう着実に手を打っていくことが肝要ではないでしょうか。私は、かかる観点から特に次の3点が重要と考えます。
 第1は、お互いの国家としての存立条件、安全保障政策を含む基本政策につての相互理解を深める努力を尽くすことです。安保対話、戦略対話の欠如が、1998年核実験後の日印関係を不必要なまでにぎくしゃくさせてしまったように思えてなりません。一方で、日本人は、広島、長崎の被爆体験を背景とする核廃絶への祈願を無視するものと怒り、他方でインド側は、日本は米国の核の傘の下で安全を担保しつつ、核兵器国に囲まれるインドの安全保障上の要請を少しも理解してくれないと不満を持つ事態が現出しました。国と国の関係にはアップダウンがあり得ましょうが、お互いに国家として存立していく以上、ここから先は譲ることができないという基本ラインが何かという点について深い相互理解を持つことが、長い友好関係を維持するうえでの要諦と考えます。
 第2は、相手国の重要性と外交政策上での位置づけを常に明確化させておく努力です。日本にとって、インドはアジア3大国の一つであり、21世紀におけるアジアの安定と繁栄へ向けてのパートナーです。また、わが国エネルギー安保が大きく依存するインド洋シーレーンにあって唯一信頼しうる海軍を有する域内海洋大国でもあります。更には、日本、ASEAN中心国とともにアジアにおける民主ベルトを形成する世界最大の民主主義国家でもあります。同様に、インド側においても日本の重要な戦略的位置づけを常に明確化しておく努力が払われることを期待するものです。そのためにも、今回のダイアローグの如きセカンド・トラックでの戦略対話は極めて貴重な機会であると考えます。
 第3は、「両国の歴史的紐帯への国民的理解」と「将来への投資としての青少年交流」の促進です。幅広い国民交流の基盤なしには、如何なる二国間関係も長続きしません。私は、東京の吉祥寺から来ていますが、この「吉祥」というのはヒンヅー教の女神ラクシミのことです。殆どの人がこの事実を知りません。こと程左様に日本とインドとは歴史的、文化的に深く結びついています。歴史的紐帯への理解を深めることが国民交流の基盤作りの第一歩でしょう。同時に、若い世代の交流促進を通じ未来の日印関係への基盤作りに投資する努力が肝要です。
 
ムカジー国防相基調講演要旨
 ムカジー国防省は、12月14日、海洋政策研究財団とインド洋海洋学会が企画した国際会議『海洋の安全保障と海洋協力に関する日印対話』における基調講演で、海洋資源を活用し、海洋における犯罪に対処するための努力の一環として、情報交換、海洋技術、海底採掘に関して友好国との間で海洋協力を進めていく、と述べた。
 
 更に、国防相は、海賊、シーレーンの防衛、麻薬や武器の密輸、海洋を経由する大量破壊兵器の輸送を、共通の国際的関心事項と指摘し、友好国との緊密な安全保障対話と防衛協力の強化がインドの全般的な外交、防衛政策における主たる目標であり、日印両国はアジア太平洋地域における安全と安定の維持に共通の利益を有している、と強調した。
 
 インド洋を通過して供給されるエネルギーを確保するための共同努力こそ、インドと日本のグローバルなパートナーシップ形成の基礎となるものである。両国は、専らペルシャ湾からインド洋を経由して輸入されるエネルギーに依拠しており、テロや麻薬の不法取引や密輸といった「非対称な脅威」に対処するため、「より強力な海洋協力が必要であり、海事分野における環境分野や資源開発分野における包括的な取り組みが不可避」である。
 
 現在、インドでは「年間2億2千万トン、インドの貿易量の95%に相当する貨物が海上輸送」されており、これは毎日10億ドル相当の貨物が毎日インド洋を通る商船によって運ばれている計算になる。「40隻のタンカーを含む300席の船舶が毎日インド近海を通過」しており、今や活気ある貿易は「大西洋―太平洋地域から太平洋―インド洋地域に」移った感がある。
 
 同時にインドをはじめとする海洋国家は、増大するエネルギー需要に対処するため、広大なEEZの海底エネルギー資源の開発にますます力を注ぎつつある。紛争や非対称な脅威は、こうした活動に影響を与えずにはおかない。
 
 したがって、インドは日本等関係国とアジア太平洋地域の海洋安全保障に係る協力方策を作り上げ、域内の安全と安定を維持していくことに重大な関心を有している。「友好国とのより緊密な対話と防衛協力がインドの防衛・外交政策における重要目標であることに変わりはない。」


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