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5-3-5 ナノフェーズ・テクノロジーズ
(Nanophase Technologies Corp.)
設立年:1989年
代表者:Joseph E. Cross最高経営責任者(CEO)
企業形態:上場(NASDAQ: NANX)
 
(1)ビジネスの市場背景
 ナノ素材の開発及び製造会社。パーソナルケア商品、日焼け止め、耐磨耗製品、環境触媒、抗菌製品、及び半導体、ハードディスクドライブ、光製品向け研磨アプリケーションといった多方面の市場を対象にナノ素材を提供する。顧客には多国籍企業やフォーチュン500企業が含まれる。
 特定のアプリケーション向けに顧客と共同開発することで、開発期間の短縮を実現した。アプリケーション開発から試作品製造、大量生産まで一貫したサービスを提供できるのが強みである。すでに市場に流通チャンネルを持った企業と戦略的に提携することで、市場を一気に拡大する戦略を取る。
 例えば、BASFとは日焼け止め製品向けナノ素材の独占供給契約を締結、ローム・ハース・エレクトロニクス・マテリアルズ(Rohm and Haas Electronic Materials)の1部門、ロデル(Rodel)とは半導体研磨アプリケーション向けナノ素材の提供で提携関係にある。
 ナノ素材を商業用途に大量生産する数少ない上場企業の1つである。工場及び研究開発施設をシカゴに持つ。同社によると顧客満足度は99%以上と高く、22件(米国のみ。申請中の8件を含む)の特許を所有する。
 
(2)主要技術
 ナノフェーズ開発する主な技術は以下のとおり。
(1)PVS (Physical Vapor Synthesis) : 同社が開発し、機能向上した最初のナノ粒子製造技術である。金属に高熱をあてて蒸気化させたところに反応ガスを加え、分子クラスタを生成させる仕組みである。これは、気相合成法とも呼ばれている。その結果、金属蒸気と反応ガスを冷却し、ナノ粒子を形成する。形成される粒子の平均サイズは8〜75nm。現在、この技術を使い、酸化亜鉛、酸化アルミニウムの商業生産を行っている。
 
図19: PVSの仕組み
 
(2)NAS (NanoArc Synthesis) : 同社が開発した第2世代ナノ粒子製造技術で気相合成法の1つである。PVSと比較して多様な先駆物質や化学合成品に対応したのが特徴で、ナノ粒子化できる物質の数を格段に拡大した。粒子の平均サイズは7〜45nm。超微細研磨等に使われる酸化セリウムSGを形成できる。
(3)個別粒子カプセル化技衛(ナノ粒子コーティング):ナノ粒子の表面を薄い重合体シェルで被う技術。流体、樹脂、重合体(ポリマー)の異なる粒子の親和性を確立する。
 
(3)将来的に見込める市場
 同社は、抗菌製品、触媒、パフォーマンス・コーティング、パーソナルケア、研磨の5市場で製品開発を行っている。
 海洋分野への応用では、海洋防汚粒子がある。ナノ素材はサイズが小さいため、塗料から粒子が漏れ出して海洋を汚染するという問題がある。これに対し、同社は塗料から滲み出しにくい粒子を開発し、環境汚染への対策も講じている。米国では2003年末をもって防汚塗料としてこれまで使われてきた有機スズ化合物の使用が禁止されており、環境保全への関心が高まる中、同社製品の需要増加が期待される。
 このほか、酸化亜鉛ナノ粒子を用いた日焼け止め剤、木材保存、プラスチック等に応用できる抗菌コーティング剤、燃料電池、ガラス研磨、半導体研磨製品を開発している。
 前述のとおり、BASFとロデルと世界的規模で提携関係にある。ほかにも提携企業はあるが、同社はこれら2社以外との関係は公表していない。
 
(4)考察
 大手企業と提携し、すでにナノ粒子及び応用製品の商業生産を行っているのが同社の強みである。長年の研究と経験で蓄積した専門知識と実績が信頼となり同社の強みになっている。
 パーソナルケア部門に強いのも特徴である。海洋関係の開発は、環境保全への関心が高まる中、今後の需要増加が期待される。
 
5-3-6 アルテアー・ナノテクノロジーズ
(Altair Nanotechnologies Inc.)
設立年:1973年
代表者:Alan J. Gotcher最高経営責任者(CEO)
企業形態:上場(NASDAQ: ALTI)
 
(1)ビジネスの市場背景
 同社は、塗料やセンサーに使われるナノサイズの二酸化チタンの製造及びナノサイズ・セラミクスの開発と製造を行っている。カナダの会社だが事業の本体は米国にある。現在、数百トン規模のナノ素材の生産能力を持つという。同社は1973年にディバーシファイド・マインズ(Diversified Mines Limited)として設立され、その後複数の社名に変更しながら2002年に現在の名前になった。
 研究、技術の商業化開発、製品販売の各段階で業界リーダーと提携し、提携先から開発資金・契約金・ライセンス収入・製品売上高に対するロイヤルティ収入を回収する。開発資金・契約金収入には連邦・州・地方政府による開発助成金も含まれる。
 同社の事業は「生命科学」と「パフォーマンス・マテリアル」の2部門から成る。2005年1〜9月期の各部門売上高はそれぞれ約72万ドルと139万ドルだった。生命科学部門は製薬及びバイオテク分野の製品及びアプリケーション開発に注力しており、具体的な製品としてはドラッグデリバリーシステム、末期肝臓病患者のリン酸塩除去治療向け薬剤、歯科用充填材等がある。
 一方、主力のパフォーマンス・マテリアル部門が注力するのは以下の部門である。
(1)先端マテリアル:二酸化チタン顔料の製造技術マーケティング、熱スプレー・アプリケーション向けナノ・セラミクス粉末の販売と生産、ナノセンサー・アプリケーション向けナノ・セラミクス粉末の開発、金属チタンと関連合金の低コスト生産プロセス開発を目的とした研究プログラムの一環としての二酸化チタン電極の開発
(2)空気・水処理:空気洗浄のための光触媒活性マテリアルの開発、レクレーション水域及び工業水域における藻の成長を阻止、又は軽減するための触媒の販売・ライセンス・製造
(3)代替エネルギー:高性能電池、光電池、水素発生及び燃料電池向け透明電極のマテリアル開発
 
 同社の従業員数は37名(2005年7月時点)。すでに取得した特許件数は30件強で、このほか50件強を申請中である。
 
(2)主要技術
 二酸化チタンのナノ粒子及びナノサイズ・セラミクスの製造技術が同社の主要技術である。低コストの素材を加工し、高価値製品に仕上げる独自のプロセスを開発し、結晶のサイズ・形・位相及び製品の化学的・物理的・電気的・光特性を調節できるのが特徴である。
 
(3)将来的に見込める市場
 同社はナノ粒子を使った次世代リチウムイオン・バッテリ用電極素材を開発した。2005年2月、中国のアドバンスト・バッテリ・テクノロジーズ(Advanced Battery Technologies)と電気自動車向けバッテリの開発で提携した。この電極素材は、すでに商業化された最高性能の電極技術と比較して性能や安定性等が優れており、高速充電もできるという。自動車のほか、携帯機器への応用も期待している。
 4月には、白色顔料の原料である二酸化チタン製造技術の商業化でオランダのベイテマン・エンジニアリング(Bateman Engineering)と提携した。これを機にナノ粉末の製造から販売までを手がけ、顔料市場への本格参入を狙っている。すでに環太平洋地域や北米の潜在顧客との商談を進めているという。
 このほか、これまでの主な開発契約は以下のとおりである。
 
(1)ウエスタン・オイル・サンズ(Western Oil Sands)とライセンス契約。オイルサンドを使った二酸化チタン製造技術を開発。
(2)スペクトラム・ファーマスーティカルズとライセンス契約。リン酸塩結合薬剤候補を開発。
(3)ジェネシス・エアと提携。二酸化チタンを使った空気洗浄用光触媒を開発。また、最近の政府機関及び研究機関との開発契約は以下のとおりである。
(4)国立科学財団(NSF)から10万ドルの助成金を獲得。自動車向けに高速充電が可能な高出力リチウムイオン電池を開発する。
(5)米国防総省国防高等研究事業局(DARPA)から30万ドルの助成金を獲得。チタン製造向けの電極を開発・提供する。
(6)ネバダ大学及びハイドロジェン・ソーラーと協力し、太陽エネルギーを利用する水素発生技術を開発する。助成金は総額80万ドル。
(7)ナノテク及びナノセンサー開発、ナノ素材研究・開発費用として、連邦政府から250万ドルの追加支援を獲得(2006-2007年度)。
 
(4)考察
 2月に発表したADBとの自動車用バッテリの共同開発契約は市場の注目を集め、同社の株価は一時6ドル程度にまで急上昇した。しかし、その後、進捗状況や製品開発見込みの発表がないため株価は70%近くも暴落している。当初予定された2005年第4四半期の車両試験も詳細はまだ発表されていない。自動車及び携帯機器向けともに、市場性は高く今後の開発が待たれる。
 電池事業は今後も強化していく計画で、直近四半期に同分野の専門家13名を新たに雇用した。インドとネバダ州の工場にリチウムイオン・バッテリの試作品製造施設を導入する計画で、動力工具や車両向けに市場を開拓してくると考えられている。
 一方、顔料分野ではデュポン(DuPont)、熱塗料分野ではナノフェーズ(Nanophase)といった大手と競合する。これら大手と比べた同社製造技術のメリットはまだ具体的に示されておらず、今後に不安材料を残している。
 
5-3-7 ナノシス(Nanosys, Inc.)
設立年:2001年
代表者:Calvin Chow最高経営責任者(CEO)
企業形態:未上場
 
(1)ビジネスの市場背景
 同社は、ナノワイヤー、ナノチューブ、ナノドット技術を応用したデバイス製造技術と、その応用デバイスの開発会社である。自社で特定の製品を開発、販売するのではなく、コンピュータ、通信といった複数の業界のリーダーと提携し、既存製品や技術の改良・改善を目的とした共同開発に特化したビジネスモデルが特徴である。マサチューセッツ工科大学(MIT)、コロンビア大学、カリフォルニア大学バークレー校等からナノテクに関する基本技術の独占的ライセンスを取得し、応用技術を開発、特許を取得している。
 創業時は、前最高経営責任者(CEO)で現会長のラリー・ボック(Larry Bock)氏ら5人の創業者が全員ハイテク・ベンチャー起業や経営に豊かな経験を持つことで注目された。同社に特許を提供したMITやハーバード大学等の著名な科学者が同社科学諮問委員会に名を連ねている。2002年には、インテルのマイクロプロセッサ、アップル・コンピュータのパソコン事業立ち上げに協力し、シリコンバレーの伝説的人物として知られるコンサルタント企業、マッケナ・グループ(McKenna Group)のレジス・マッケナ会長を取締役に迎え、マーケティングの強化を図った。
 創業間もない新興企業でありながら、経営経験豊かな経営者が持つ人的ネットワークを利用し、大手メーカーとの提携を相次ぎ実現した。米中央情報局(CIA)のベンチャー・キャピタル部門、In-Q-Telとも提携し、投資を受けている。
 2004年に新規株式公開(IPO)を申請した時には、「ナノテク分野最初の大型IPO」と期待されたが、同社はその後、IPOを延期した。現在、同社が注力する分野として、(1)コンピュータ(2)光電子工学(3)通信(4)エネルギー(5)防衛(6)エレクトロニクス(7)ライフサイエンス等がある。
 前述のとおり、同社は標的とする市場・業界のリーダーと提携し、ナノテク技術の商業開発を行う戦略を実行しており、これまでにも(1)インテル(2)デュポン(3)シャープ(4)松下電工(5)SAICの民間大手ほか、米国政府機関等とも提携している。今年5月にはレッドヘリング誌の北米100企業(非公開企業)に選出された。従業員数は、31名(2002年10月時点)。特許は申請中のものを含めておよそ400件強を保有する。
 
(2)主要技術
 同社のデバイス製造技術及び応用デバイス開発技術に関する基本特許は外部から調達したものである。同社のコア技術は、これら基本技術を応用してデバイスを開発するにあたり必要となる、ナノ構造体の物理的、機能的、そして性能的特性をエンジニアし統合するための技術プラットフォームである。これにより、コンポジション(ナノ構造体の材料)、形(球体、棒、ワイヤー、リボン等。ナノ構造体の形を制御することで製造の複雑さと製品コストを低減し、さらにナノ構造体の機能追加や性能向上を可能にする)、サイズ、界面化学等、ナノ構造体にとって重要な化学及び物理的パラメータの多くをアプリケーションに応じて決定、制御することを可能にしている。
 
(3)将来的に見込める市場
 同社が応用デバイスとして想定する製品(市場)は以下のとおりである。
 
(1)太陽電池:従来の太陽電池と違い、軽量かつ柔らかなプラスチック状の新型太陽電池。低コスト太陽エネルギーとしての利用が見込まれている。同社は同分野では複数の米国政府機関と協力関係にある。
(2)生命科学分野で使われる使い捨て基板:製薬及びバイオテク業界で大型分子の分析のために広く利用されている、質量分析向けの基板。複数の米国政府機関と提携している。
(3)フレキシブル・エレクトロニクス(柔軟性のある電気製品):大型及び携帯型ディスプレイ、低コスト無線IDタグ、無線通信用電気可動型アンテナアレー等。複数の政府機関と製品開発で提携している。軽量で大型のフレキシブル基板上にシリコン・ウエハーの電気性能を実現する、薄膜エレクトロニクスの開発もこれに含まれる。
(4)不揮発性メモリ:デジタルカメラ、MP3楽曲プレーヤ、携帯電話といったアプリケーションでの利用を想定。この分野ではインテルと提携している。
(5)燃料電池:ノートパソコン、携帯電話、デジタルカメラといった携帯型民生電子機器向け高性能燃料電池。携帯型電子機器の普及にともない電池寿命の長期化が望まれるなか、従来の電池に比べてエネルギー密度の高い燃料電池は次世代携帯電子機器の長寿命化ニーズに応えるものと期待されている。この分野ではシャープと提携している。
 
図20: ナノシスが狙う主な製品
Conformal Solar Cells
 
Flexible Electronics
 
Memory
 
Drug Discovery Substrates
出典:ナノシス
 
 創業者の1人で事業開発ディレクターのステファン・エンペドクルス(Stephen Empedocles)氏は同社技術の応用分野について、USAトゥデー紙の2004年の取材に答え、次のように例を挙げて説明している。まず、提携企業と共同開発中のナノ構造表面塗料について、原子を変えることによってこれまで不可能だった新しい塗料の開発が可能になる。例えば、超疎水性塗料。この塗料を車両のフロントガラスに貼付すれば、雨が降ってもワイパーが不要になる。また、洋服生地に使えば、雨に打たれても濡れない洋服等が可能になると言う。
 薄膜エレクトロニクスの開発では、特にノートパソコンや携帯電話搭載ディスプレイヘの応用に注目している。従来のディスプレイ技術は数百万個という極小トランジスタを高温で焼き付ける必要があり、基板は高温に耐えられるガラスが使われていた。このため、ディスプレイが重くなり、製造コストも高いという難点があった。これに対し、ナノシスは、ナノワイヤー技術を応用し、軽量かつ薄くて柔らかいプラスチック基板をディスプレイに変換する「液体エレクトロニクス」とでも呼べるべきものを開発している。この技術を利用すればデバイスの軽量化と製造コストの低減が可能になるという。
 同社技術の応用範囲を具体的に説明するため、以下では最近の共同開発契約の内容を紹介する。
 
(1)インテルとの提携:2004年1月にメモリ・システム開発で協力。詳細は明らかでないが、携帯電話やPDA向け不揮発性メモリを開発する。インテルはかねてから次世代メモリ技術としてカーボン・ナノチューブとナノワイヤーに興味を示していた。インテルは2003年5月には投資部門インテル・キャピタルを通じナノシスに投資も行っている。
(2)シャープとの提携:2005年10月にナノテクを応用したディスプレイ技術の開発で複数年の開発契約を提携。両社は1月には携帯電子機器向け燃料電池開発でも提携を発表している。
(3)In-Q-Tel(CIAベンチャーグループ)との提携:2005年8月、既存の提携を拡張する契約に署名。ナノシスの高性能薄膜エレクトロニクス技術(マクロエレクトロニクス)を利用して米国政府向けのアンテナを開発する。契約の一環としてIn-Q-Telがナノシスに出資する。
(4)松下電工との提携:2002年、建造物向け次世代太陽電池の共同開発で提携。表面にかけるだけでその基板を太陽エネルギーパネルに変えられるような、光電池液体を開発する。これにより、例えば屋根にはるタイルを太陽エネルギーパネルとして利用することも可能になる。現在のガラス基板のパネルに比べ、格段にコストも低減できると期待されている。松下電工は2007年の事業化を目指している。
 
(4)考察
 複数の業界に注目し、各業界リーダーと提携した製品開発を行っている点が同社の特徴だが、これにより市場の将来的ニーズに沿った開発を可能にしている。例えば、楽曲プレーヤ、ノートパソコン、携帯電話等、携帯型電子機器向けの電池やディスプレイの開発は、その好例である。予めニーズを把握し、メーカーと共同開発することで、膨大な投資を行って開発した技術・製品の将来の市場を確保するという狙いもある。また、開発段階からメーカーを巻き込むことで、開発コストとリスクの低減も図っている。
 技術の応用分野に際立った新規性はないが、前述のように、将来の顧客、つまり技術・製品のエンドユーザを開発段階から取り込む戦略は注目に値する。また、大学で開発された特許技術の独占的ライセンスの商業化ユニットとしての側面を持つ点も興味深い。特許技術の開発者も多くが同社科学諮問委員会に参加しており、技術と商業化のバランスを取った開発という点で、同社は好位置につけていると言える。


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