日本財団 図書館


5. 民間企業の取り組みと市場規模
5-1 民間企集の取り組みと市場規模
 ここでは、民間セクターにおけるナノテク動向について見ていく。
 米国におけるナノテク市場はまだ成熟段階に達していない。特殊技術(ナノテク関連で)を開発した研究者らが研究所から独立し、新たに企業を設立する。その結果、無数の新興企業が乱立しているというのが現状である。そして、その多くはいまだ技術の商用化にたどり着いていないという厳しい現状がある。
 2004年に世界で企業がナノテク研究開発に費やした額が38億ドルである。そのうち、17億ドルが米国内の企業によって費やされている(調査会社ラックス・リサーチ)。ナノテク研究開発にかける予算について、米国は、政府機関の拠出額が世界一であるが、民間企業の拠出額でも世界一であり、その額は政府機関の拠出額の2倍近くにも上っている。
 
図12: 2004年における企集のナノテクR&D投資額
(単位:10億ドル)
出典:ラックス・リサーチ
 
 図からもわかるように、明らかに米国企業が他国の企業に比べてナノテクヘの進出を本格化している。また、米国企業のナノテク研究開発(R&D)が他国に比べて盛んであることは、特許の出願状況からも把握できる。米特許商標局(USPTO)が許可したナノテク関連特許の69%が米国企業に対してあてがわれている。
 米国企業が他国に比べてナノテク開発で有利な点がいくつかある。まず、同国はすでに、IT、バイオテクという2大テクノロジー産業で世界をリードし、企業が新しい技術へ取り組むための地盤ができあがっている。ここで留意すべき点は、「ナノテク」という言葉の定義である。
 ITやバイオテクはそれだけで市場を形成する。しかし、ナノテクはそれ自体として市場が存在するのではなく、あくまでも「極小世界の技術を他の市場へ応用していく」という意味を持つ。従って、バイオテク企業がより効果の高い薬を開発するためにナノテクを導入し、情報通信会社がより高速のデータ転送や処理を実現するためにナノテクを導入するという応用が発生する。これらは、もちろん、バイオテク市場や通信市場のカテゴリであり、ナノテク市場として一まとめにできるものではない。
 ベンチャー・キャピタル(VC)として新規株式公開(IPO)を果たしたハリス&ハリス・グループのチャールズ・ハリス(最高経営責任者)(CEO)は、「我々が投資するのはマイクロ技術」だと実際に「ナノテク」という言葉をあえて使っていない。同社はナノテク企業ナノシスに投資をしたVCとして注目を集めているが、そのほかさまざまなナノテク関連企業に投資している。いずれも、一般で言うところの「ナノテク企業」である。ハリスは、巷で受け止められている「ナノテク市場」という一種ブーム的な定義を避けて、確実に商品化へとつながる極小微細技術を開発する企業を探しだし、投資していく。
 ハリス氏が指摘するように、ITやバイオテク等、すでに基盤ができ上がった各方面の産業界がナノテク研究開発を強化することによって、飛躍的な進歩が期待できる。
 
図13: ナノテク応用分野
 
5-1-1 大企業の企業開発
 現在、民間セクターの中で、もっとも精力的にナノテクに投資をしているのは大企業である。莫大な資金力を持つこれらの企業は、来るべきナノテク商品の開発に向けて先手を打つべく、自社の研究開発(R&D)部門への投資や、新興企業との提携を強化している。例えば、航空防衛大手ロッキード・マーチン及びボーイングは、ナノテクが将来的に自社製品に強烈なインパクトを与えるという認識を持っているという。同社は積極的にナノテクの研究開発に乗り出している。しかし、採用や商品化に対しては市場動向を踏まえながら慎重な姿勢を取っている。
 ナノテク市場が未成熟な段階にある中、当面は大企業の投資が民間セクターの成長を牽引していくと考えられている。アナリストらも、リスクの高いナノテク関連市場で、比較的安全なのが大手企業の同分野への投資と見ている。上記のボーイング(航空宇宙開発)、ロッキード(航空宇宙開発)のほか、BASF(化学薬品)、ダウ・ケミカル(化学薬品)、デュポン(化学薬品)、GE(総合電気メーカー)、HP(コンピュータ)、IBM(コンピュータ)、NEC(コンピュータ)等の大手はすでにナノテクの基礎技術に関連する特許のほとんどを所有。昨年に米国の大手企業が費やした研究開発費用は、民間企業の研究開発費17億ドルのうち13億ドルに達している。
 今のところ、これらの大企業は、投資に対する利益を得る段階までにいたっていない。しかし、ナノテクの重要性と近い将来の市場を見据えているこれら企業にしてみれば、市場が成熟する以前に、イニシアチブを取っていくというのが戦略である。
 メーカーがナノテク開発に取り組む背景には、既存の技術を打破し、製品の性能を飛躍的に高めることができるという期待感がある。特に、微細加工技術が限界に近づきつつある半導体業界ではナノテクヘの期待が高まる一方である。
 しかし、ナノテク投資には、長期の投資と短期の投資リターンという、相反する条件が突きつけられる。こうした中で、一部の大企業はナノテク事業部門を独立させ(スピンオフ)、企業全体にかかるリスクを回避するという方法を取っている。例えば、バーリントン・ファブリクス(Burlington Fabrics)から独立したナノテクス(Nanotex)や3Mから独立したAVEKA等がある。
 大企業はまた、潤沢な資金や研究開発力を駆使することで、資金のやり繰りに奔走する新興企業に対して圧倒的に有利な立場にある。2006年以後、資金繰りに苦しむ小規模事業者の多くが統廃合を繰り返す「淘汰」の時期にさしかかる。このときに、資金力が豊富なこれら大手企業が将来有望と見込んだ企業を買収、又は支援するという形が主流になると見られている。
 
5-1-2 ベンチャー企業の動向
 米国企業が他国に比べてナノテク開発で有利な点がある。米国はすでに、IT、バイオテクというテクノロジー産業で世界をリードし、企業が新しい技術へ取り組むための基盤ができあがっている。そして、その主役となっているのが、投資から資金を得て起業する新興企業(ベンチャー企業)である。ベンチャー企業が、技術開発をビジネス化していく過程は、おおむね次のようなものである。
(1)技術者や研究者が政府機関や大学等から得た資金で技術開発を行う。
(2)大学側が技術特許の取得を支援する。一般的には、大学の研究室で生み出された特許は大学側に帰属し、これを開発した研究者にライセンスを供与するという形が取られる。米国の大学では、それぞれ独自の起業家育成プログラムを持っており、起業のノウハウがない技術者や研究者が起業するのを支援する。
(3)研究者は、大学等の支援を受けて、新技術を開発して商品化するためベンチャー企業を設立する。(技術の商品化であり、必ずしも製品化とは限らない)
(4)地方自治体や大学は、関係の大手メーカーと提携して、ベンチャー企業の活動を支援するため、新技術開発に必要な設備や施設を提供するインキュベーション施設を設ける。
(5)ベンチャー企業活動のための資金は、ベンチャー・キャピタル(VC)によりまかなうことができる。VCとは、将来性のある新技術を有するベンチャー企業に投資することであり、その企業の新技術のビジネス化が成功した暁にその企業が行う新規株式公開(IPO)から得られる巨額の利益を得るために行うものである。ハイリスク・ハイリターンな投資であるため、VCによる新技術への評価は厳しく、また新技術のビジネス化成功のためベンチャー企業は大いなる努力を強いられることになる。
(6)開発された新技術(seeds: シーズ)を必要とする人(needs: ニーズ)に商品として販売するために、会議、展示会等のマッチングビジネスがある。
 
 このように、新技術をビジネス化するために、知的財産(IP)が保護され、ベンチャー企業が設立でき、活動するための施設(インキュベーション施設)と資金(VC)を調達でき、新技術(シーズ)とニーズのマッチングが行われるというビジネスプロセスが確立されている。これにより、商品の製造を行い資金繰りも潤沢な大手メーカーでなければ技術開発が難しい日本と異なり、製品としてではなく新技術のみを売るベンチャービジネスが成立している。そして、これが固定概念にとらわれない画期的な新技術を迅速に生み出す原動力になっている。
 例えば、シリコンバレーのように、ITとバイオテクの新興企業が乱立している地域等は、産学民が共同して事業を起こしていくシステムが以前からできあがっている。ナノテク関連企業の多くが、ITやバイオテク同様に、有名な大学研究機関等の周囲に密集しており、(シリコンバレー、テキサス州オースチン、マサチューセッツ州ボストン周辺等)ナノテクの研究開発もITとバイオテクと同様にベンチャー企業が大きな役割を担うものと期待されている。
 ナノテクに関するインキュベーション施設では、ニューヨーク州が実施しているイニシアチブ「オルバニー・ナノテク(Albany Nanotech)」が有名で、試作品の製造施設等も完備し技術の商業化に力を入れている。その他カリフォルニア州等合計で15の州で産学官の連携を取ってインキュベーション施設等を提供している。
 しかし、実際のところ、ナノテクに対するVCの投資は非常に冷え込んでいる。まず、ナノテクというこれまでなかった分野に対してVCが慎重になっている点が挙げられる。製薬のように開発から商品化まで10年以上の年月を費やす程ではないが、それでも開発には数年を費やすことになる。その間に、投資した企業の技術が目を出すかどうかを見極めるのが非常に難しい。このため、VCの投資熱が高まるまではしばらく時間がかかるとの見方が強い。
 
図14: VCによるナノテク企業への投資額(単位:100万ドル)
出典:VentureOne


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION